第50話 FINALPHASE CROSS SPIRIT OUTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 22 OUTLAW SIDE 23 KNIGHT SIDE 23

共和国標準時ザナドゥエデンスタンダードタイム 共和国暦RD30052年5月14日PМ18:51

 四災の鉄槌旗艦ケルベロス闘想の間


 黒瑪瑙が砕け散ると同時に蒼いほむらが闘想の間全体に吹き荒ぶ。

 それはダミエッタ艦隊の総攻撃からケルベロスを護っていた障壁の源だったが、意外なことに実態を伴っておらずその場にいた六人の拳戦士の髪一筋揺らさなかった。

 焔が吹き抜けるのを待っていたようなタイミングで、黒瑪瑙の破片が床に落ちて風鈴のような澄んだ音を立てる。

 「これで防護壁は消えたはずだ。もし消えなかったら……」と考えているのだろう。ジュウザ達とアン達は皆不安げな表情で伺うような目で黒瑪瑙の剥離した痕を見やっている。

 ふいに床が大きく揺れ轟音が轟く。

「いまのショック……、障壁がなくなって艦隊の攻撃がヒットしたんだ!」

 ゾーイの傷と痣だらけの顔がパッと明るくなり、同意を求めるようにジュウザを見やった。

 三人の宝探しの認識阻害化粧は四災の槍の司令官との激闘でも落ちておらず、彼らの正体を隠蔽し続けている。

 爆音は続き床は激しく鳴動し劣弱な雑食鬼はおろか、なみの人間の男性でも立っているのが難しくなりつつある。

「ああ。防御壁は消滅したらしい。ダミエッタ艦隊の攻撃が有効打を加えつつあるようだ。このぶんならじきに撃沈できるだろう」

 ジュウザの言葉にようやく作戦達成ミッションコンプリートを確信できたようで、アンとプリトマートが同時に破顔してガシッと手を握る。

 たしかに黒瑪瑙が破砕される前は闘想の間の内壁は間違いなく無機物なのに、どこか生物の膚のように見えていたのに、いまはあきらかに”物”に見える。まるで生身の人間が人形マネキンに変わったようだ。

「うっうっ……。やっ、やりまし……たな……」

 人情家のドラゴノイドは号泣のあまり言葉も満足に紡げない。

「これでレリクスが起動するまでの時間を得られるだろう。このいくさなんとか勝てそうだ」

 冷静に状況を分析していても内心は安堵し感動もしているらしく、ダニーの咥えた煙草の先端は小刻みに揺れていた。

 床に散らばっていた黒瑪瑙の破片が揃って宙に浮くほど激しい揺れが艦を襲う。

「っ。早くずらかろう! ミッションコンプリートしたのに、この艦と一緒にぶっ飛んだら笑い話コントだよ!」

 激しい振動にゾーイは一瞬身を縮こませたが、すぐに顔を上げ一同を見渡した。

 プリトマートとルック、ダニーは同意見らしく頷き合うと、同時に闘想の間の入口へ向き直った。

 だが、ジュウザとアンは――。

「ジュウザさん」

 満身創痍の身体でもう一仕事してもらわなければならないという、申し訳なさは隠せないもののアンが確固たる意志を込めて若き宝探し……いや、賞金稼ぎバウンティハンターを見やった。

「……わかっている」

 正面を向いたままだがジュウザはたしかに深く頷いた。

「アニキ?」

「ジュウザ?」

 事情を知らないゾーイとダニーは怪訝な表情で、艦の爆発を恐れて気が逸っているらしく、入口とジュウザの間で小刻みに視線を往復させていた。

「オレはまだやることがある。心配するな、すぐ追いつく。おまえ達はさきに脱出しろ!」

 言い終わらないうちに若き賞金稼ぎが床を蹴り駆け出す。

「待って! あたしも! っ!?」

 兄のあとを追おうとした褐色の少女の肩を、レオハロードの王子が強く掴む。

「ジュウザさんなら心配いらないことは貴女もよく理解しているはずです。彼のことを考えるなら急いで脱出して後顧の憂いを消すことです。ダニーさんも!」

「あっ、ああ……」

 銀河忍者はなにか言いたそうで事実ジュウザが消えた廊下へ視線を注いでいたが、ゾーイよりも彼を信頼していることと、アンの意見はたしかに正論なので不承不承のようだが同意したらしい。

「王子、ジュウザ殿はこれ以上なにを……?」

「たいしたことじゃないよ! ダミエッタ星系を救うことに比べたら些事だよ! さっ、行こう!」

 アン個人としてはジョンブロイト一家の仇を討つのは星系を護ることと同じぐらい重要なことだが、私事に従者と姉を巻き込むわけにはいかないと考えているのだろう。強引に誤魔化し、過剰なまでに闊達に振舞って二人を促す。

「あっ、ああ」

 プリトマートもルックは完全に納得はしてないようだが、状況が切迫しているので走り出す。

 二人に続いてゾーイとダニーも入り口から飛び出した。

 最後に廊下に出たアンはジュウザの消えた方角を一瞥すると、深く頭を下げ床を蹴った。





 ОUTLAWSIDE 23

 共和国標準時ザナドゥエデンスタンダードタイム 共和国暦RD30052年5月14日PМ19:04

 四災の鉄槌旗艦ケルベロス歓楽区画ブロック


 ふいに通路を走っていたオレの身体が宙に浮きあがる。オレだけでなく周囲の物すべて――どんな重い物でも――が同時に浮き、次の瞬間照明もすべて消え、大音量の音声も消えた。

 いまオレの居る歓楽街は蛮族の戦艦内にしては珍しく、ピンクを中心とした極彩色の照明で明るかったので、突然の暗転にさすがのオレも一瞬視力を奪われる。

 数秒後無明無音のままだがふいに五体に重力を覚え、次の瞬間両足(の裏)が床に着き、続いて照明と音楽も蘇った。

 損傷によってケルベロスの重力制御装置が一瞬停止し、それに伴って電力供給も止まったんだ。重力と電力が戻ったのは予備回線か動力炉リアクターに切り替わり、装置が再び起動したからだろう。

 いかに強大な力を持った蛮族でも無重力では正常な行動は困難であり、重力(慣性)制御装置は人族蛮族を問わずどの宇宙船でも最重要機関で、それが短時間とはいえ停止したということは、ケルベロスがそうとう深刻なダメージを受けたということだ。

「やばいな……」

 ダミエッタ星系にとって喜ばしいことだが、いまのオレの状況では手放しで喜べず唇を噛む。

 一秒でも早く脱出するべきだが、もちろん受諾した依頼を果たさねえうちはそんなことはできねえ。

 現在オレは同艦の歓楽ブロックメインストリートの中央に立っている。路の両側には酒場や賭場カジノ踊り場ディスコや娼館が軒を連ねているが、四災の槍の総力を結集しての特攻作戦の途中だったから人影――蛮族影か――はまばらだった。とはいえ皆無ではなく下級将校らしきドミネーターや蛇女鬼が――脱出したあと当座の生活費にするためだろう――賭場の金庫を漁っている。愁傷にもお気に入りのホステスや娼婦を助けようとしている奴もいる。雑食鬼や貧鬼の姿はない――奴らにはそんな度胸も知恵も情もない――。

 立ち並ぶ店舗の中にも無数の気配を感じる。大半が非戦闘員でだろうし、拉致された人族の奴隷も多いだろうから、後者はなんとか助けたいがそんな余裕はないので心をドミネーターにして視線を逸らす。

(トレガーの話じゃ人族の亡命者ゲストが居るのは将官用区画ブロックだ)

 将官区画があると聞いた方向を睨んでいたら再び床が大きく揺れた。

 本格的にヤバい。一秒も無駄にできねぇ。オレは再び走り出した。


 将官区画の高級娼館と思われる建物の前に乳首と秘所だけを隠した美女が倒れてる。紅を塗った唇から零れた舌先が二股に割れてるので蛇女鬼だろう。

 脈と呼吸を確認したらどちらも停止している。背中に熱線銃ブラスターの弾痕があることと愕然とした表情から、ふいに背後から射たれて殺されたらしい。

 高級娼館は素材は人工物ばかりだが蛮族帝国の古城を模したデザインで、人族の美的感覚では禍々しくはあるものの、同時に重厚さと落ち着きも感じさせた。

「っ」

 わずかに開いた娼館の扉――鉄扉を模しているが実際は強化プラスチック製――から漏れ出す麻薬の匂いに気づき、ショルダーパックから取り出した(防毒)マスクで顔を覆う。

(いくら蛮族でも有害な麻薬の漏洩には注意するはずだ。中はそうとう混乱してるな)

 一応警戒しオラティオもある程度燃やして扉を潜った。玄関はさすがに豪奢で広かった。絶え間なく続く振動と爆音に急かされつつ部屋をひとつひとつ確認していく。ほとんどの部屋は無人でベッドにも使用した形跡はなく、蛮族の娼婦達はさすが危機に敏感ですでに脱出したようだ。

 一階の一番奥の部屋に入った瞬間、全身がカッと熱くなり視界も燃えた。

 室内には何人もの人族の黒人女性――拉致された性奴隷だろう――の死体が転がっていて――十歳に満たない子供も数人いる――、彼女達はいずれも凄まじい苦通と恐怖の表情で肉体――特に乳房と秘書――が激しく損傷しており、加虐趣味サディズムを持った人間に責め殺されたことはあきらかだった。

「っ」

 気配を感じ視線を向けると部屋の隅で十人近い人族の白人男性達が、武器を手に身を寄せ合っていた。いずれも全裸か半裸で直前まで酒池肉林の乱痴騒ぎを繰り広げていたらしく、顔はアルコールで紅潮し眼は麻薬で濁り、胸毛と腋毛、脛毛で毛むくじゃらの身体は体液に塗れていた。

(こいつらが……)

「おっ、俺達は……」

 オレが人族の白人だったので上手く立ち回れば助かると思いやがったんだろう。ダミエッタ星の”元”警官どもが卑屈に醜顔を歪める。

「…………っ!」

 こっちは事情は全部わかってるんだ! こんな奴らと会話したら口が穢れる! 無言で先頭で歩み寄ってきた男の髭面を殴り飛ばす。

 血と折れた歯を盛大に撒き散らして男が吹っ飛ぶ。

「!? まっ、待ってくれ! こっ、これをやる! だから助けてくれ!」

 ケルベロスに逗留している間にコソ泥かハイエナのように、こすからく立ち回ってかき集めていたらしく、元警官達は大量の貴金属を隠し持っていて、それを差し出してきやがった。

「…………っ」

 こいつらも数週間前までは警官プロ――しかも法を守る立場――だったはずなのに、プロとしての倫理と矜持の欠片もねぇのか!? 全身の血が逆流した。

「依頼料が十クレジットでてめぇらから十億クレジット提示されても、一度受けた依頼は必ず果たす。それがプロ・・の矜持だ!」

 プロ意識をまったく理解できないらしく極悪警官達は困惑している。

 これ以上話すことはねぇ。オレは極悪警官どもに拳を振るった。





 KNIGHTSIDE 23

 共和国標準時ザナドゥエデンサタンダードタイム 共和国暦RD30052年5月14日PМ22:17

 ダミエッタ星第一大陸辺境の森林


 僕の頭上の夜空では星々以上に蛮族軍の戦艦や機動兵器が爆発する生命の華が、美しく煌びやかに輝いています。

 レリクスが起動されその力で四災の槍の艦隊が掃討されているのです。

 その光景を見上げて安堵で一瞬精神は弛緩しましたが、すぐに緊張、いや強張りを取り戻しました。勝利を得たとはいえ無謀と言っていい突貫作戦を行ったダミエッタ星軍の被害は甚大であり、今後も(蛮族との)戦線を維持するため、星系の内政を維持するための努力は並大抵ではなく、共和国からの支援も必須でしょう。

 星軍本部が半壊した艦隊や負傷兵の収容と治療で大混乱なのは間違いありません。本来なら将官待遇の僕も事務仕事デスクワークを手伝わなければならないのですが、無断で抜け出させてもらいました。

 ……あくまでもダミエッタ星系を四災の槍の侵攻から守るための外様の客将である僕は、任務を果たしたいま必須の人材ではなく、事後処理は姉さんとルックさんがしてくれるでしょう。それよりもあとで抜け出した理由を二人に説明する方がたいへんです。

「…………」

 僕はいまダミエッタ星第二大陸辺境の森林で岩に腰かけています。ケルベロス突入に関する会議の前にジュウザさんと打ち合わせておいた場所です。

 ……気は逸っていますが不安はまったくありません。ジュウザさんなら必ず依頼を果たしてくれると確信しています。

「…………」

 ……普段なら僕が自然の中に居ると夜でも小鳥や小動物が集まってくるのですが、いまは僕の”気”に怯えてまったく近づいてきません。半径百メートルは小虫や餓えた肉食獣さえ逃げ出しています。

(ちょうどいい。僕がこれからやることを動物や小鳥に見せたくない)

「っ」

 オラティオで強化こそしていませんでしたが研ぎ澄ましていた五感が、かすかな音と大気が”張る”のを感じました。見上げると生命の華で彩られた夜空に胡麻セサミほどの黒い染みがあります。

 注視していると数分で”染み”は眼前に降り立ち、蛮族軍の脱出ポッド――灰色グレーで楕円型の船体の下部にティカップの受け皿ソーサーのようなエンジンが付いており、全体的なデザインは苺を思わせます――に姿を変えました。反重力リパルサー起動なので静謐で軽やかな着地ですが、大きさは十人乗りの宇宙船ほどもあり、いくら戦勝で混乱しているとはいえ、よくこの星の防衛網とレーダー網を透過できたものです。

 搭乗口からシャッと音がしてレーンが斜めに地面へ伸び、続いてプシューと音がして搭乗口が開きました。

「よう」

 奥から現れたジュウザさんが右手を搭乗口の縁に、左手の親指をベルトにかけて口角をあげています。手当をする時間はなかったらしく顔は傷と痣だらけで、付着した血さえ拭かれいていませんでした。

 彼が左手でポケットから取り出した通信端末を操作すると、耳障りな駆動音とともにポッドの奥から合計で十人近い人族の白人男性を乗せた運搬車キャリアードロイドが出てきました。……漂ってくる悪臭と車体の汚れ方からして、ゴミ運搬用みたいです。

 ドロイドが文字通りゴミのように白人達を僕の足元に投げ出しました。全員手錠と足枷で後ろ手に拘束されています。普段なら同情しますが彼らにだけは憐憫の情はまったく湧きません。

「おっ、おまえは……」

 僕の顔を覚えていたようで彼らは驚きに目を見開きました。僕も彼らを覚えています。裁判所の前で僕に悪態をついたジョンさん事件の担当刑事と検察官です。

「依頼は果たしたぜ」

「ありがとうございました!」

 駆け寄って手を取ろとしましたが、ジュウザさんに手で制されました。

「礼を言われるほどの”仕事”じゃねぇ。それより教えた秘密回線シークレットアドレスにちゃんとレリクスの情報送れよ」

「はい! もちろんです!」

 微笑むと彼はポッドの奥からスピーダー――どうやって調達したのか不明ですが人族の会社の商品です――を運び出しました。

「それにしてもよく……」

 スピーダーに跨ったジュウザさんのうしろ姿からポッドに視線を移します。

「そいつらはレーダー網の”穴”をいろいろ知っていた。喋らせてそこを通った」

 なるほど。心から蔑視している相手の持っている情報でも有用ならば利用する。僕達救星拳騎士にはない発想です。

 無言でスピーダーのアイドリングを確認しているジュウザさんに声をかけます。

「また……逢えますか?」

 一瞬彼の動きが固まりました。

「…………。…………っ。…………縁があればな」

 それ以上なにも言わず走り去ったジュウザさんの後ろ姿に、心からの信愛と敬意と感謝を込めて、救星拳騎団式の敬礼をしました。

 ………………。

 …………。

 ……さて。

 ”元”警官達に向き直ります。彼らはまだ自分達がなにをされるのか半信半疑らしく、戸惑いと不安の入り混じった表情で、地面を転げまわっています。

「っ」

 表情でようやく僕がなにをするつもりか理解したようで、彼らは一斉に息を飲み顔を引きつらせました。

「ひっ、ひいいぃぃっ!」

 必死で逃げようとしますが両手足を後ろ手に拘束されているので、芋虫のように無様に地面を転げまわることしかできません。

 その姿を見ても憐憫の情も”行為”への躊躇もまったく覚えませんでした。

「まっ、待ってくれ! あっ、あんたは救星拳騎士、正義の味方なんだろ!? それが無抵抗の人間を殺すのか!?」

「おっ、俺達は自首する! 正当な法の裁きを要求する!」

 共和国反逆罪彼らの犯した罪状を考えれば極刑確実ですが、戦勝による恩赦で万が一の減刑をされ終身刑に望みを託しているようです。

 もちろん彼らにそんな”救い”を与えるつもりはありません。

「…………」

 一番近くにいた刑事の足首を踏み砕きました。

 濁った絶叫が森林に響きます。

 ……それから三日三晩僕の耳に絶叫と苦悶が絶えることはありませんでした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る