第48話 FINALPHASE CROSS SPIRIT OUTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 21ー③

壁の破片がいくつも床に落ち、跳ねる。

 数舜の遅滞のあと二人の身体は壁から剥離して、床に落ちた。

「ぐっ……」「うっ……」

 懸命に立ち上がろうとしているものの、四肢の先端まで痺れ、身体を意思通りに動かせないようだ。無理もない。戦艦の副砲も跳ね返すぶ厚い特殊鋼がへこむほどの勢いで叩きつけられたのだ。ダメージは半端ではないだろう。

 ゆっくりとした。だが、靴音は高い足取りで四災の槍の司令官が、倒れた少年達へ歩み寄っていく。あきらかに意図的にそうしている。彼の顔は無表情で下級蛮族のように下卑た笑みを浮かべたり、殺戮への期待に涎を垂らしたりはしていない。しかし、紅瞳の彩は弄び飽きた鼠に止めを刺す直前の猫の瞳の彩。

 やはり表面をどれだけ上品に取り繕っても、これが蛮族アスヴァロスの本性らしい。

 響く長靴の音に危機感を掻き立てられたのだろう。ジュウザとアンの激痛に歪んでいた顔が強張り、痛みに耐え渾身の努力で顔を上げる。

 迫るトレガーの姿に強烈な危機感と焦燥を覚えた二人は、苦痛を堪え懸命に手足を動かし立ち上がろうとしたが、爪で床を掻くのが精一杯のようだ。

 二人の眼前でトレガーが足を止めた。彼らの視界にはドミネーターの長靴の爪先が映っているだろう。

「君たちの友情に敬意を表し二人同時に冥界へ葬送おくってやろう」

 二発の攻撃を同時に放つために、トレガーが手刀を形作った両手を上げる。

嵐回旋裂刀ワーリギングインヴォルヴ!!」

 トレガーとジュウザ&アンの間に光速で回転する巨大な独楽が飛び込む!

 反射的に跳び退りトレガー。

獣配猛掌撃ビーステッドラム!!」

 追撃の掌圧がトレガーが着地した場所へ炸裂。

 彼はさらに跳び退きジュウザ&アンと大きく距離が開く。

 四災の槍の司令が数秒前まで彼が立っていたところを見やると、僅かな間にプリトマートとゾーイが、それぞれアンとジュウザの傍らで片膝を着いている。弟と兄に向けられた二人の掌は柔らかい光を放っていた。

 そして四人の前には彼らを守るべくルックが巨体で壁を作っており、そこへ巨大独楽が滑り込む。

 回転が止まった独楽は忍者刀を持った両腕を左右に水平に伸ばし、右足の爪先で爪先だったダニーへ姿を変える。

「君達はたしか……。君達がここに居るということは、ネスリンと格納庫の部下達はすべて斃されたということか」

 妹と姉の治療呪文ヒーリングでダメージの回復したジュウザとアンが、彼女達に支えられて立ち上がる。

「オレの妹と相棒だ。蛮族ごときに遅れはとらねぇ」

「僕は姉さんとルックさんの勝利を信じていましたよ」

 六人の拳戦士が一列に並んでトレガーを睨み据え、彼と対峙した。

 四災の槍の司令がかすかに眉根を寄せ、視線を上げる。

「ネスリン……」

「部下の死を悼んでんの?」

 意外そうにゾーイが片眉を上げ、少し首を傾げる。

「いや、敗れた以上死んで当然だ。敗者への惜別の情はない。彼女は優秀で四災の槍艦隊のことを熟知していたので、同等の能力と熟練度の部下を見つけるのに苦労すると思っただけだ」

「…………っ!」

 あまりに冷酷なトレガーの言辞に義憤にかられたらしく、ゾーイが一歩踏み出す。

 だが、うしろからジュウザに肩を掴まれる。

「アニキ」

 褐色の少女は首だけで振り返ると、、兄に非難の目を向ける。

「蛮族の価値観ではあれが普通だ。冷静さを失うな」

 怒りは収まっていないようだが、冷静さを失うのはまずいと思ったらしく、ゾーイが首肯し一歩引く。

 弟の視線に促され彼に肩を貸していた女救星拳騎士が、すっと離れる。

 四災の槍を司令を見やる、レオハロードの王子の目には、深い畏怖がある。

「彼はとてつもなく強い。僕達六人が力を合わせないと勝てない」

 力量を図るようにトレガーの五体に視線を走らせていた、ドラゴノイドも唸る。

「私が金剛攻遮楯を展開してじっくり時間をかけて攻略するのが、最適手なのでしょうが、その時間はないでしょうな」

即席インスタントチームでも連携コンビネーションで攻めるしかない!」

 アンの言葉に六人は視線アイコンタクトを交わし、同時に六方へ跳ぶ。

 先鋒はルック。肉体の頑健さに絶対の自信を持っている彼は、一切己を庇わず正面からトレガーへ突撃。

「うおおぉぉっ! 獣配猛掌撃!!」

 五指を開いた巨大な掌が叩きつけられる。

 トレガーがドラゴノイドの手首を右腕で掴んで攻撃を止める。

 手首リストの力だけでルックの巨体を軽々と逆さまにし、持ち上げる。

「ぐわああぁぁっ!」

 四災の槍の司令の右手から噴き上がった、漆黒の炎のようなオーラにルックの全身が焼かれる。

 ゴミのようにルックを投げ捨てるトレガー。

 次の獲物を捜して紅瞳を動かす。

 背後からダニーが腰へ飛びつく。素人の喧嘩のような無様で短絡敵な行動は、トレガーとの実力差をゆえ。

 腰に回された銀河忍者の両腕を、自身の両腕で掴むとトレガーは、恐るべき膂力で苦も無く彼を振り払う。

 トレガーを斃すには最大の必殺技しかない! そう悟った二人の少女は臨界までオラティオを高めようとしている。

 少女達の前へ跳び込むトレガー。

 右足による回し蹴りでプリトマートを、左の裏拳でゾーイを吹き飛ばす。トレガーの顔から汗が飛び散り、荒い息を吐く。一瞬片膝が折れる。

撃圧肘炸プレッシャーズボンバー!」

転踵搾槌撃スクイーローテーション!」

 肘から突貫するジュウザと、回転し踵を振り下ろすアンを、トレガーが空中で撃墜。

 一瞬の攻防で六人の拳戦士は叩き伏せられた。

「くっ……」

「なっ、なんて強さだよ」

渦回旋黒嵐アーテルシュヴァルツストーム!!」

 六人の拳戦士はトレガーの生み出した漆黒の嵐に巻き上げられ、文字通り嵐に翻弄される木の葉のように宙を踊り、痛めつけられる。

「ぐわっ!」「かはっ!」「痛っ!」

 飛ばされた方向はさまざまだがジュウザやアン、ゾーイやプリトマートは残らず、床や壁、天井へ激突した。

 渦回旋黒嵐の暴風によって床は裂け壁は崩れ天井は大穴が空き、特殊鋼製の闘想の間は半壊していた。

 それでも傷つけないよう細心の配慮をしたらしく、黒瑪瑙には髪の毛ほどの亀裂も入っていない。

「ぐっ……」「痛っ……」「ぬうっ……」

 拳戦士達は痛む身体を叱咤して立ち上がろうとしているが、四肢は麻痺して力が思うように力が入らず、目的を果たせない。

「六対一で手も足も出ないなんて……」

 隔壁に人型を刻んだまま褐色の少女が、絶望の目で四災の槍の司令を見やる。

 圧倒的優勢であるはずの彼は片膝を着き、大きく肩を上下させ、火のような吐いていた。

「えっ……?」

 予想外の光景に壁にめり込んだままゾーイが両目を見開く。

 片膝立ちになりながらジュウザが不敵な笑みを刻む。

「そいつはついさっきまでこの艦を守る障壁を造ってたんで、かなり消耗してる! オレとアンにも必殺拳を連発できなかった! いま・・の奴になら決して勝てねぇことはねぇ!」

 アンも崩れた壁に片手を着き、身体を支え立ち上がりつつ叫ぶ。

「戦場では絶望した者から死ぬ! 最後の最後まで希望を持ち、諦めない者こそ勝利できる! 戦士なら誰でも知っていることです!」

 二人の少年の鼓舞と叱咤に他の四人の戦意が再燃する。勝機があるということが鞴となり、さらに闘志を燃やす。人は瀕死でも希望さえあれば再起できる。

 他の四人も立ち上がる、あるいは天井や壁から身を引き抜き、床へ降り立つ。

 彼らのダメージは甚大だが、トレガーの疲労もかなり大きい。見方によっては勝負は五部と五部だ。

 まだ脚はふらついているものの、気丈にトレガーを睨み据えていた、女救星拳騎士が弟と宝探しに視線を移す。

「こちらの最大戦力はアンおまえとジュウザだ。私達がトレガーを陽動し消耗させる」

 瞳にかすかな怯えはあるが、その言葉に頷いた褐色の少女も、拳を握りトントンと身軽に跳ねる。

「あたしはあいつを斃せる力はないけど、陽動なら任せといて。あたしがすばしっこいのアニキも知ってるだろ」

 改めてプリトマートがアンへ微笑みかけ、ゾーイがジュウザへ親指を立てる。

 ドラゴノイドの全身の筋肉が隆起し、意識が高ぶったことで鼻孔と牙の隙間から炎が噴き出す

「王族の”楯”になるのがわたしの本来の務めです!」

 銀河忍者は不動でトレガーを睨み続けているが、帽子を被っていたらグッと唾を引き下ろしていただろう。

「忍者はやるべきことは必ずやる。命と引き換えにしても!」

 ダニーとルックも決意の表情で胸を張り、片膝を着いたままのトレガーを視線の矢で射貫く。

「…………っ」

 六人の拳戦士は四災の槍の司令を決然と睨み据えている。十二の瞳に浮かぶ決意には微塵の揺らぎもない。しかし、拭い難い不安はある。ドミネーターは戦闘形態に”変身”することで、戦闘力を数倍に上昇させる特殊能力を持つ。いまのトレガー―は変身前だ。それでこれだけの実力差があるのに、変身されたら完全に勝ち目はないと誰もが考えているのだろう。

「六人が力を合わせれば君達ごときが”いまの”私になら勝てるとは。舐められたものだな」

 顎から滴っていた汗を右手で拭いトレガーが立ち上がる。顔の血色は悪く、目の下に隈もできており、疲労は深いようだが呼吸の乱れは収まっていた。

 トレガーから視線を外さずレオハロードの王子が、一言一言区切り、想いを込めて言葉を紡ぐ。

「この艦の阻止限界点到達まであとわずかしかありません。トレガーは同じ戦法が何度も通用する相手じゃない。一発勝負です。皆さん、渾身のオラティオを燃焼させてください!」

「これで斃せなきゃ次はねぇ。ぶっ倒れたら面倒は見てやる。余力を残さず全力を絞り出せ!」

「「「おう!」」」

 二人のリーダーの言葉に他の四人は咆え、不退転の表情でオラティオを燃やす。

 それを見たジュウザとアンも視線を交わし、オラティオを燃焼させる。

 六人の拳戦士の身体からそれぞれ色の異なる炎のようなオーラが立ち昇り、その余波で床に散らばっていた瓦礫が一斉に宙に浮く。

「「「っ!」」」

 六人の目が野獣の鋭さになるのと同時に、それぞれのオーラが収束し六色の光柱と化す。

「「いくぞ(きますよ)!」」

「「「おう!」」」

 ただ独りをその場に残し、他の五人が一斉に五方へ跳ぶ!

 残されたルックの右腕には限界までオラティオが漲り、手甲と肩甲が軋むほど張りつめている。

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