第46話 FINALPHASE CROSS SPIRIT OUTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 21ー①

共和国標準時ザナドゥエデンスタンダードタイム 共和国暦RD30052年5月14日PМ18:06

 四災の鉄槌旗艦ケルベロス闘想の間


 ネスリンの待ち受けていた部屋と闘想の間は一定の間隔があけられた、厚さ一メートルの――強化鋼鉄よりさらに堅固な――特殊鋼の壁三枚で隔てられていたが、距離自体はさほど離れておらずジュウザとアンは、走るまでもなく一分とかからず闘想の間にたどり着いた。

 二人の前には全面に魔法的な意味を持つ文字と文様が描かれ、その狭間に各種電子機器が明滅する特殊鋼の扉がそびえていた。この場所は狭く殺風景で階段の踊り場を思わせる。

「ジュウザさん」

「ああ」

 扉越しに感じる強大無比なオラティオにさしもの豪胆な二人も表情には緊張が濃い。彼らには扉が迫ってくるように見えているのかもしれない。

 加えてジュウザはゾーイのことが気にかかるらしく一瞬背後へ視線を向ける。後方の壁の向こうではゾーイ(とプリトマート)、さらに彼方ではダニーとルックのオラティオが激しく燃焼している。

 誠実なアンは「姉さんが一緒なんだしゾーイさんは大丈夫ですよ」と安易な慰めは言えないようで、口を固く引き結んで気遣わし気な目でジュウザを見やっていた。

「心配するな。妹にかまけて仕事中・・・に集中力を乱すほどオレはアマチュアじゃねぇ」

 いますぐにでも妹のもとへ駆け付けたいはずなのに、あくまでプロとして受注したバウンティハンターとしての仕事を完遂しようとする、ジュウザの気丈さとプロ意識がかえって痛ましいのかアンは目を伏せた。

「……行きましょう」

 軽率な配慮や気遣いの言葉は、ジュウザの覚悟への侮辱になると思っているので、アンはこう言うしかないのだろう。


 ジュウザとアンが闘想の間に踏み込む。

 室内の風景を見てジュウザは鼻を鳴らし、アンは感嘆の息を吐く。

 室内はチェス盤のように床壁天井すべてが白と黒のモザイクで、白の升目にはパラボラアンテナのような円形の窪みが、黒の升目には精緻な魔方陣が描かれている。小まめにドロイドか下級兵が清掃しているようで床には埃ひとつ落ちていない。だが、直前まで生命体が居たというたしかな存在感があり、かすかに汗の匂いするため、二人の鼻がピクッと動く。

「誰も居ない!?」

「…………っ」

 周囲へ視線を巡らせたアンが困惑の表情を浮かべた。ジュウザも驚いたのだろうが感情を表面に出さなかった。

 代わりに彼は改めて精査スキャンするような目で闘想の間全体を見やった。

四災の槍ディザスターランス司令官コマンダーがここで戦闘的瞑想バトルメディテーションを行っていると思ってたんだが……」

 司令の姿が見えないこと以外にも不審に思うことがあるらしく、ジュウザが訝し眉を根を寄せた。

「ダミエッタ星の地表でも強烈に感じたオラティオをこの部屋からはほとんど感じねぇ。途上星の灯台の根元が暗いようなもんか?」

「……これが闘想の間」

 幾多の激戦を潜り抜けて辿り着いた決戦場に立っているというのに、アンははじめて都会に出た田舎者のように興味深そうに周囲を見やっていた。

「そんなに珍しいか?」

「闘想の間がどんなものかまったく想像できなかったんです」

 子供みたいに好奇心に目を輝かせて室内を見渡すアンに、堪え切れなくなったらしくジュウザが吹き出す。

「おまえ、ほんとに新人ルーキーなんだな!」

「ジュウザさんはわかってたんですか?」

 ジュウザが三度室内に視線を巡らせたあと、再び鼻を鳴らす。

「使用者のオラティオを吸収して艦全体に送るという、意図から輪郭ぐらいはな」

 素直に感心したようでアンが頷き、ジュウザに尊敬と賞賛の眼差しを向ける。

 それがこそばゆかったのかジュウザが鼻の頭を人差し指でかきつつ室内を睨む。

「いつまでも感動してんじゃねぇよ。オレ達はここに観光にきたんじゃねぇんだ」

「っ。すみません」

 床の中央に一際大きな魔方陣が描かれ、その周囲を二回り小さな魔方陣が円形に取り巻いていた。中央の魔方陣には汗と思われる水滴がいくつも落ちており汗の匂いもそこが一番濃く、直前まで誰かがこの場で瞑想していたのは間違いない。

「……この場に司令官が居ないのではどうやってこの艦を護る障壁を取り除いたらいいのか」

 レオハロードの王子の感知能力は依然この部屋から、艦全体にオラティオが供給されているのを感じているようだ。またそれによって作られた防御壁のためにダミエッタ艦隊がケルベロスに有効打を与えられていないのは、床が微動もしないことであきらかであり、彼の顔に戸惑いに続いて不安と焦燥が同時に浮かぶ。

「あれを見ろ」

 ジュウザが顎をしゃくったさきである天井の中央には、直径二メートルほどの黒瑪瑙が嵌め込まれており、それは心臓の鼓動のように明滅し強烈なオラティオを放っている。

あれ・・にこの艦を護るオラティオが充填されてるらしい」

 黒瑪瑙からオラティオを艦全域へ送り出す血管? あるいは神経系? は天井に埋め込まれているようで、視認できないものの”力”の伝導は感じ取っているらしく、ジュウザの双眸が細まる。

 黒瑪瑙に視線を移したアンの双眸も、温厚な彼に似合わず獲物を狙う獣のように鋭くなる。

「ではあれを破壊すれば」

「ああ。艦を護る防御壁は消えるはずだ」

 素早くズボンのポケットから通信端末を取り出し、時刻を確認したアンの目がさらに鋭さを増す。

「阻止限界点到達時刻まであと一時間と少しありません」

 明滅を続ける黒瑪瑙を睨むジュウザの視線が一瞬遠くを見るそれになる。

「……オラティオでわかる。ゾーイとダニー、おまえの姉と従者の戦いも終わってねぇ」

「一刻も早く姉さんやルックさんのところに戻らなければ! ジュウザさん!」

 勢いよく頷きアンがジュウザを見やった。

 楽観的な――あるいは短慮か? ――なアンと違い経験豊富なジュウザは、戦況の最重要点であるこの場が無人であることに強い警戒と違和感を覚えているらしく、表情は厳しく紅瞳も揺れていた。とはいえどんな裏事情があるにせよ黒瑪瑙を破壊しなければ、なにもはじまらないと割り切ったのか、頭を左右に振り大きく頷く。

「ああ、あれ・・をぶっ壊すぞ!」

 黒瑪瑙にどんな防御機構が施されているかわからないので、細心の注意を払いながらジュウザとアンが並んでオラティオを燃やす。

「それを破壊させるわけにはいかんな」 

 突如響いた声音に若き宝探しとレオハロードの王子が愕然として振り返ると、二人の背後――つまり闘想の間の入口の横に――長身痩躯で背に一対二枚の皮膜の翼を備えた美丈夫が立っていた。

 美丈夫を視界に収めた二人の少年の瞳が瞬き顔が強張る。

「おまえが……」

「貴方が……」

「お初にお目にかかる。私が四災の槍司令官ディザスターランストレガー・ガウ・エアオーベルングだ」

 トレガーが右腕を胸の前に左腕を腰の後ろに回し深く腰を折る。それは”蛮族”のイメージから乖離した宮廷の貴人のようなあまりに優雅な礼であり、人族の貴族の令嬢でも心を奪われるだろう。

 トレガーの顔立ちは非常に美しく腰まで伸びた大部分黒だが一部白い髪も絹のようでまさに貴人を思わせる。だが、両の瞳は紅く肌は病的なまでに青白く、左右のこめかみから一対二本の山羊のような捻じくれた角が生え、背にも一対二枚の被膜の翼がありあきらかに人族ではないことがわかる。二メートルを超える長身を”背の翼”という着用者の身体的特徴を考慮したデザインの、蛮族軍の将官の制服に包んでいた。

 その姿は威風堂々にして美麗だが、顔には一昼夜に渡る死闘を終えたあとのような、濃い疲労があった。

「どこに……」

 アンは困惑の表情だがジュウザは無表情でなにも言わず、右手でトレガーの左後方を指差す。

「あっ……」

 入口の左側の壁にトレガーの身体より少し大きいぐらいの長方形の窪みがあり、その前に透明なシートが落ちていた。ジュウザだけでなくアンもそれが周囲の風景に擬態するカメレオンシートだということが理解できたようだ。

「…………っ」

 種明かしはされたものの最大限警戒していたのに、容易く背後を取られまったく気付けなかった。相手がその気ならいつでも彼(とジュウザ)を殺せたという事実に、レオハロードの王子の顔は強張り蒼ざめ喉がゴクリとなった。

「ずいぶん芝居ががった真似をするんだな。蛮族にそんな洒落っ気があったとは驚いたぜ」

 若き宝探しも戦慄しているのだろうが場慣れしている彼は、恐怖を抑え込み――多少引きつっているものの――不敵に口角を上げた。

 心外だという風にトレガーが嘆息し肩を竦めたあと、観客の声援に答える舞台俳優のように両腕を広げる。

「下級蛮族ならいざしらず私達ドミネーターの平均知能は君達人間イノセントより上だ。豊かな文化を育んでいるよ。私の趣味は観劇でね。休暇のときはいつも城に劇団を招いているよ」

「劇の題材は侵略と虐殺、暴力か?」

 ジュウザの揶揄にそれまで被っていた紳士の仮面がずれ素顔が零れたらしく、トレガーの紅眼が爛と輝き獰猛な笑みが浮かぶ。

 ジュウザが軽蔑で鼻を鳴らす。

「やっぱそれが蛮族アスヴァロスの本性か」

 ジュウザとトレガーの軽口の応酬で恐懼から解放されたのか、アンが前に出て救星拳騎団の構えを取る。

「訊ねたいことがある。おまえ達がダミエッタ星のレーダー網と防御シールドの弱点を突けたのは亡命者の情報ゆえのはずだ。亡命者はいまどこに居る?」

 それまで上品な微笑で彩られていた四災の槍の司令官の美貌が嫌悪に歪む。

「……この艦の歓楽街の将官用娼館に入り浸っている」

 美意識から極力感情を抑えようとしたのだろうが、トレガーの声音は吐き捨てるようだった。

 アンとジュウザが視線を交わし頷き合う。 

「……っ」

 二人の少年がほぼ同時に一瞬だが頭上の黒瑪瑙へ視線を移す。

 刹那トレガーの研ぎ澄まされた騎馬槍ランスの如く鋭い視線と戦意に貫かれ、二人の五体はビクッと固まった。

「ジュウザさん」

「……こいつの目の前で黒瑪瑙あれをぶっ壊すのはとても無理だ。そのために動いた瞬間に斃される殺される


 チラと再び天井の黒瑪瑙を見やったあとアンは、両の拳を握りしめ決然と言い放った。

「これ以上お喋りをしている時間はありません。ジュウザさん、はじめましょう」

 さすがの底なしのお人好しもこの状況で相手が蛮族では、対話や交渉の余地はないらしくアンの紅瞳が強い戦意で夕日のように輝く。

 アンが駆け出そうとしたが、ジュウザが彼の左肩を背後から掴む。

「ジュウザさん?」

「先人はオレが行く。おまえはここで見てろ」

「そんな! あなただけに危険な冒させるわけにはいきません!」

「勘違いするな。あいつは確実にオレ達より強い。一人じゃとても敵わねぇ。勝つためには協力が不可欠だ。そのための様子見には気負ってるいまのおめぇより、経験豊富なオレの方が適任ってことだ」

「でも!」

 若き宝探しが口角を上げ親指を立てつつ、笑顔でおどけるように片目を瞑る。

「心配するな。オレはここで死ぬ気は微塵もねぇ。まだやりてぇこともやらなきゃいけないことも……」

 一旦言葉を切る毅然とトレガーを睨む。

「……山ほどあるからな!」

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