第45話 FINALPHASE CROSS SPIRIT OUTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 20-②

「っ」

「的確な判断だな」

 ゾーイとプリトマートも使用された呪文と注射の内容を察したらしく、顔に浮かぶ緊張が深みを増す。

「~~~~~」

 蛇女鬼の呪文はさらに続く。

 今度こそ直接的な攻撃呪文かと二人の少女拳戦士は、魔法への抵抗力高めるため精神を集中し、防御の構えを取る。

 彼女達の予想は外れた。ネスリンの背中から鏃型で大きさサイズもそれぐらいの物体が十数個、蝶が舞い上がるように飛び立つ。

 鋼の蝶達がブリトマートとゾーイの頭上を、蝶の群れが花弁を囲むように覆い、旋回する。

「なっ、なに。あれ?」

 ゾーイは頭上の物体がなにであるか、これからなにが起こるのかまったくわからないようで怪訝な表情。

 褐色の少女より経験と知識が豊富なレオハロードの姫は、どこかひっかかるものがあるのか記憶を検索しているようで、鋼の蝶を睨み上げる碧眼が目まぐるしく瞬く。

 突如一斉に先端を二人の少女拳戦士に向ける鋼の蝶。様相が一瞬にして華の周囲を舞う蝶から、獲物へ飛びかかる直前の鷲に変転。

「なっ、なに?」

 脳内検索がヒットしたらしくプリトマートの、双眸が鋭くなり輝く。

「避けろ!」

 鏃が先端から極細の白色光条を射出。

 ゾーイとプリトマートが同時に――厳密には褐色の少女は零コンマ数秒遅れて――飛び退く。

 光条が一瞬前まで二人の立っていた個所を疾り抜ける。かなり高温で切断力も高いらしく、強化鋼鉄デュラスチールの床が深く溶断されている。

「なっ、なに。あれ!?」

「あの鏃は魔力によって起動する一種の魔法生物だ。術者の意思に従って自在に浮遊し、全角度オールレンジから攻撃を行う。攻撃の威力は術者の魔力に比例するが、見た限り戦艦の装甲も貫通できるようだ」

「…………っ」

 深く溶断された床を見て自分が光条を浴びた姿を想像したのだろう。ゾーイの顔が青ざめ強張る。

「臆するな! 星をも砕く神の一撃でも当たらなければどうということはない!」

「うっ、うん」

 一瞬とはいえ委縮したことを勝気なゾーイは恥じたようで、毅然と鏃を睨む。

「驚いたな。この技術を知っているとは。呼び名は術者によってさまざまだが私は隷鏃スレイブアロンと呼んでいる」

 十数個の隷鏃がネスリンを護るように彼女の前方に浮遊。

 陣を造っている隷鏃の上端の四個がそこから離れ、ゾーイとプリトマートを襲う。

「わっ!」

「くっ!」

 放たれた光条を再び飛び退いて躱す二人の少女拳戦士。

 だが、一度目と違いネスリンは攻撃の手を緩めず追撃。隷鏃が少女拳戦士達へ追いすがり次々と光条を斉射。

 それでもゾーイとプリトマートは雌豹のごとき敏捷さで、サイドステップやバック宙を繰り返し、攻撃をすべて回避する。

 だが、その結果ネスリンとかなり距離が開いてしまう。

「…………っ」

 女魔導士を倒すにはまず隷鏃を破壊する必要があると考えているのだろう。彼女とネスリンの間に槍衾のように浮かぶ隷鏃をプリトマートが睨む。

 全体の動きを把握しつつ、ひとつひとつの挙動も掴んでいるようだが、隙を見いだせないらしくレオハロードの姫が唇を噛む。

 気が短く好戦的なゾーイはかなり苛立っているようだが、光条によって網の目のように溶断された床を見ては、安易に飛び出せない。

 隷鏃の陣越しに少女拳戦士達を見やっていた女魔導士がニヤリと嗤う。

 ゆっくりと呪文を紡ぐネスリン。ゾーイとプリトマートへの悪意で、あきらかに意識的に遅くしている。

「くっ!」

 馬鹿にされたことを悟り勝気なゾーイは顔色を変える。だが、彼女を威嚇するように先端を光らせる、隷鏃の防壁の前ではなにもできず悔しさに奥歯を強く噛む。

 ネスリンの頭上に周囲の元素が集まり極彩色に瞬く。

「「 未定 」!」

 撃ち出された呪文は隷鏃の陣の上方を通過して、二人の少女拳戦士に炸裂。室内を極彩色に染める。

「きゃああぁっ!」

「くっ!」

 爆発の収まったときゾーイとプリトマートは防御の態勢で立っていた。しかし、爆圧で打撲を爆炎で火傷を負い、ダメージは少なくない。

 ゾーイが防御のために顔の前で交差させていた両腕を解き、プリトマートへ視線を向ける。

「スピードのある刺拳突剣スティンクレイピア突翔刺槍フェンシングスピアなら、光条が発射される前に隷鏃を撃墜できるんじゃない!?」

「隷鏃の動きからしてそれらの技を放てれば可能だろう。しかし、技を繰り出すにはオラティオ練るため一瞬の間が要る。その隙に攻撃されて実際には不可能だろう」

「くっ」

 悔しさからますます強く唇を噛み隷鏃の陣を睨むゾーイ。隷鏃が光っているのは単純に照明の光を反射しているだけなのだが、彼女には鼠を弄ぶ猫の挙動のように見えているようだ。

「…………」

 優勢なのにネスリンはなぜか攻撃せず、科学者が実験の経過を観察するような目で、あるいは鑑定士が美術品を見やるような目で、ゾーイとプリトマートを眺める。

「なっ、なによぉ……」

 情欲の視線で視姦されているような居心地の悪さを覚えたらしく、褐色の少女が身をよじる。

 細められた蛇女鬼の目にかすかに憧憬の色が浮かぶ。いや、妬みか。

「美しい……。おまえ達はどちらもタイプはまったく異なるが、実に美しい」

「!?」

「…………?」

 命のやり取りをしている敵からの思わぬ賛辞に、二人の少女が怪訝な表情を浮かべる。

「人族の社会では女性は美しいだけで尊ばれる。……いやすべての女性が産まれたときから人権、フェミニズムという強固なシールドで守られる」

 ネスリンの言葉の意味を理解できず困惑が深まったのか、ゾーイとプリトマートは互いに意見を求めるように視線を交わす。

「だが、蛮族の社会では女性といえど産まれた瞬間から闘いだ。弱ければ下級蛮族の性奴隷……、悪ければ食料にされる。私はその中を生き抜いてきたのだ!」

 全身にオラティオを巡らせたことで内側から爆破されたように、ネスリンの着衣がすべて弾け飛ぶ。

「!」

「…………っ」

 女魔導士の身体にはまるで前衛芸術の描かれたキャンバスのように、全体に無数の傷跡が刻まれていた。その数はあまりにも多くまるで傷の中に身体があるようだ。

 無論、蛮族帝国の医学レベルならどんな傷でも毛ほどの痕も残せず治せる。それどころか欠損した四肢や眼球の再生さえ容易だ。下級蛮族ならいざ知らずネスリンの地位なら間違いなく、そうした高度な医療を受診できるだろう。あきらかに意図的に疵を残しているのだ。

「数百年間苛烈な人生を生きてきた私が、十数年間ミルクのように生温い人生しか生きていない貴様達に負けるはずがない!」

 術者の気合に呼応して隷鏃達も咆哮するように輝く。

 ネスリンの気迫と疵だらけの肉体と、言葉に圧されてゾーイが無意識に一歩退く。

「怯むな! 戦場では実力で上回っていても臆した方が負けることは、おまえもわかっているはずだ!」

「うっ、うん」

 プリトマートの一喝で戦意を取り戻したらしいゾーイが、気合を入れるために掌で両頬をピシャンと打つ。

「問答は終わりだ! 行くぞ!」

 蛇女鬼の言葉と同時に十数個の隷鏃が、まさに獲物を狙う鷲のように室内を飛翔。先端から白き光条を次々と放つ。

 二人の少女拳戦士は床だけでなく、壁や天井まで縦横に跳び回り回避を試みる。だが、それだけではすべてを躱しきれず、ときには拳や脚で光条を防ぐ。レオハロードの姫は右腕の手甲と肩の装甲を巧みに用いて防御している。

 白き光を受け止めた部分は防護服が焼き裂け、肉体にも傷を負っている。装甲のぶんゾーイよりは少ないもののプリトマート無傷ではない。

 チラと傷を見やったらゾーイのこめかみを焦燥の汗が伝う。

「このままじゃやられちゃう!」 

 悲鳴を上げたゾーイとは対照的に、プリトマートは不敵に唇を歪める。

「すでに勝機は見出している」

 レオハロードの姫の言辞に蛇女鬼の片眉がピクッと動く。

「これまでの行動から見て彼女は魔法と隷鏃での攻撃を同時には行えないようだ。さきに隷鏃を潰せば勝てる!」

「そっ、そっか。そういえば彼女は隷鏃と攻撃呪文を併用してない」

 懸命の回避を続けながらとはいえ攻略の糸口を示唆されたことで、緊張の深かったゾーイの顔がわずかに緩む。

「よく看破したな。そのことは誉めてやろう。だが、どうやって隷鏃を破壊する?」

 ネスリンが挑発するためにいくつかの隷鏃を、二人の少女拳戦士の周囲を旋回させ、ふいに近づけたり遠ざけたりする。どうやら魔法の使用は不可能でも会話はできるらしい。

「それは……、っ! ハッ!」

 再び表情を強張らせるゾーイ。一瞬落胆によって集中力が途切れたことで足を滑らせる。だが、床に左手を着いて腕の力で跳躍。光条を回避。

「心配するな。私がになる」

 素早く繰り出した連続蹴りで光条を弾くプリトマート。

「えっ!?」

 反射的にレオハロードの姫を見やる褐色の少女。驚きながらも今度は集中力を途切れさせず、動きも鈍らない。

「そんなことしてもらうわけにはいかないよ! あたしだって一人前の宝捜しトレジャーハンターなんだから!」

 いかにも青い反発が微笑ましかったのか、プリトマートの口元がふっと綻ぶ。

「勘違いするな、おまえを気遣ってではない。私の方が実力耐久力は上で着用している防護服の性能スペックも高い。戦略上の冷徹な判断だ」

「でも……」

 蹴りと拳で雨のように降り注ぐ白き光を捌きつつ、器用に横目でゾーイに視線を向けるプリトマート。表情は決して嫌味ではなくむしろ眩しそうだ。

一人前・・・は合理的な判断には即座に従うものだぞ?」

 だが、かすかなからかいは含んでいる。

「っ。わかった!」

 彼女の予想通り、いや狙い通りのゾーイの反応がおかしかったのだろう。プリトマートは苦笑とも満足気ともつかぬ笑みを浮かべる。

「よし、行くぞ!」

 二人の少女拳戦士はこれまで並んでどちらかといえば”横”中心に動いていた。”縦”に動くと前に出すぎるとネスリンに直接攻撃を受けるし、うしろへ下がりすぎると壁に動きを阻害されるからだ。しかし、はじめて縦に大きく動きレオハロードの姫がネスリンへ飛び出すと同時に、褐色の少女が反対の壁際まで下がる。隷鏃は壁を貫通して起動できるかもしれないが、壁を突き破るとき一瞬動きが鈍るのは避けられない。

「むっ」

 やはりネスリンもそれを嫌ったらしくすべての隷鏃をプリトマートへ集中。各個撃破を狙っているようだ。

 十数本の糸のように細い純白の光がレオハロードの姫を急襲!

反楯蹴壁CLW!」

 CLWは無数の蹴打で自身の周囲に攻撃を防ぐ防御壁を作り出す技。白き光がプリトマートの爪先や踵で迎撃される。

「馬鹿な! 何時の間に”技”を使えるほどのオラティオの練っていたのだ!?」

 精神の冷厳さを表し凍てついたように無表情だった、蛇女鬼の白石の美貌がはじめて驚愕に歪む。

 CLWを維持しつつ会心の笑みを刻むプリトマート。

 極めて高度な技術だが精神をそのことだけに集中しなくても、別のことをしながら一定のリズムの呼吸と動きで少しずつ、オラティオを燃焼させ備蓄する技術がある。通常の(技の行使のための)オラティオの燃焼が水道の蛇口を全開にして器に必要量のオラティオを貯めるなら、この技術は一滴一滴時間をかけて貯めるのだ。性質上オラティオを燃やしていることを他者に気づかれにくい長所もある。余談だがケルベロスの艦橋でトレガーを襲った、下級ドミネーターの使った技術もこれだ。

「ハアアーッ! 貫突蹴刺ペネトレーションランス!」

 一瞬の遅滞の間にオラティオの練り上げたゾーイが、身体を騎馬槍ランスと化して突貫。

 大半の隷鏃を破壊。プリトマートが密かにオラティオを燃焼させていたことに驚いたが集中力は途切れさせなかった。二度同じ過ちを繰り返すような愚かな少女ではない。

螺転襲撃トルネードブレイク!」

 生じた空隙に全身を錐揉み回転させつつ飛び込みプリトマート。残存する隷鏃もすべて撃墜。

「っ」

 床に降りた立った二人の少女拳戦士が、肩を並べて女魔導士を睨む。

「これであんたの勝ちはなくなったよ!」

「投降するか!?」

 たしかに反応速度が圧倒的に違う拳戦士と魔導士で、二対一では後者に勝ち目はない。

「人族の軍人なら降伏を選ぶのだろうが……。蛮族アスヴァロスに後退はない!」

 身体を屈め特攻の姿勢を取るネスリン。

 プリトマートはこの回答を予想していたようで無表情。だが、ゾーイはかすかに眉を寄せ目を伏せる。いかに蛮族とはいえ圧倒的有利な状況で、相手を殺すことを躊躇しているのだろう。

「躊躇うな。相手が望んだことだ。それに余計な配慮は彼女の覚悟への侮辱だ」

「っ。わかった!」

 並んでオラティオを極限まで高める褐色の少女とレオハロードの姫。威力の点ではオーバーキルだがネスリンの覚悟への敬意と餞として、彼女達の最大奥義を放つつもりだ。

 オラティオの燃焼に伴ってゾーイの頭上に神々しい光が、プリトマートの周囲にいくつもの星の輝きが生じる。

「ぬうああぁぁーっ!」

 二人のオラティオの強さを見て敗北を確信したらしい。両目を瞑って突貫する蛇女鬼。

 疾走に連れてその身は蛇女鬼ラミアの戦闘形態である下半身大蛇へと変じていく。

 二人の少女拳戦士も彼女達へ特攻していく女魔導士から決して目を逸らさない。

遊暴託神槌フリーガンオラクル!!」

覇邪天流拳ロイヤルカーリージュシード!!」

 ゾーイの背後に一瞬超越存在が浮かび、それが振り下ろす鉄槌に重なって光の奔流が迸る。

プリトマートの右拳が聖なる光を纏う流星と化して宇宙を駆ける。

 光の奔流と流星に飲み込まれ半蛇体は消滅した。



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