第44話 FINALPHASE CROSS SPIRIT OUTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 20-①

共和国標準時ザナドゥエデンスタンダードタイム 共和国暦RD30052年5月14日PМ17:01


 四災の槍旗艦ケルベロス魔道の間


 ジュウザとゾーイ、アンとプリトマートはケルベロスを護る司令官を目指して同艦内を疾走していた。艦内は広大で迷路のように入り組んでいたものの、もっとも巨大なオラティオへ向かって――ときに隔壁をぶち破って――真っすぐ進めばよかったので迷うことはない。無論絶え間なく蛮族の攻撃を受けたが、格納庫ならいざ知らず通路に機動兵器を持ち込むことはできず、(拳戦士ではない)一般兵ばかりだったので数は多くても四人にとっては突破は容易だった。

 人族でも蛮族でも軍艦の内部が機能性最優先で殺風景であることに変わりなく、配線や配管はすべて壁の内側に内臓されているので、床だけでなく壁と天井も鏡のように平面で単色だ。蛮族は――下級も含めて――大半が暗視能力を持つので、人族の艦に比べて照明が極めて少ないので非常に暗く、巨漢の蛮族のために天井が高く横幅も広い。

 走りつつズボンのポケットから取り出した通信端末を一瞥した、プリトマートが顔をしかめる。一般人と違い拳戦士として鍛えられた彼女は星明りでも本が読めるので、この暗さでもディスプレイの文章を判読するのは問題ない。

「阻止限界点到達まであと一時間と少ししかないぞ!」

 それにも関わらず床の振動は劣弱な雑食鬼でも転ばないほど僅かであり、司令官の強大なオラティオに護られたケルベロスに、ダミエッタ艦隊は有効打を与えられていないということである。

 前を走るアンは一瞬眉間に皺を作り、チラと姉を見やったもののすぐに視線を前方へ戻した。

「急ごう!」

 レオハロードの王子と並走する若き宝探しは、厳しい表情で前を見据えているがなにも言わない。

「あっ、見て!」

 兄のうしろを走るゾーイが右手の人差し指で前方を指差す。

 それまで四人が走っていた通路は単色だったが、出口から見える風景は――少なくとも人族の感覚では――毒々しくはあったが豊かな色彩を備えていた。

「っ」

 四人の拳戦士が通路から飛び出したところで立ち止まったのは、奥の壁から放たれる強大なオラティオに気圧されたからだろう。

 そこはかなり広く天井も高い扇型の空間で、奥の壁が扇の尾部でジュウザ達の出てきた出口(入口か?)が先端だった。色彩は豊かであるものの装飾はなく平坦であり、どこか劇場やスタジオの舞台裏を思わせる雰囲気だ。

 奥の壁中央の両開きの鉄扉には簡素ながらも装飾がほどこされており、その前に一人の女性が立っている。

 タイトスカート型の軍服を纏った長身の女性で、ショートの黒髪を右の前髪だけ顎辺りまで伸ばし縁なしの眼鏡をかけていて、年齢は二十代後半で顔立ちは美しいが化粧気はまったくなく、凛とした理知的な風貌で黒瞳には強烈な戦意が漲っており、右手で魔導士の杖を軋むほど強く握りしめていた。

 四災の槍副官で蛇女鬼ラミアのネスリン・デ・ハニカである。

 ネスリンがジュウザ達を一瞥すると紅を引いてもいないのに、血のように紅い唇で言葉を紡ぐ。

「脆弱な人族でありながらよくここまでたどり着けたな」

「えっ、人間イノセント!?」

 蛇女鬼は蛮族にしては珍しく瞳が黒く容姿が極めて人間に近いのと、ネスリンの人族共通語ベーシックの発音があまりに完璧だったので、ゾーイが戸惑う。

「口元をよく見ろ。舌先が尖って二つに割れている。蛇女鬼だ」

「あっ……」

 プリトマートの説明にゾーイも敵の正体を理解したらしい。

 彼女の正体を見誤った褐色の少女の未熟さ短慮さを、蛇女鬼の魔導士は軽蔑したようで鼻を鳴らした。

「この扉の向こうは闘争の間だ。そこで四災の槍司令官ディザスターランストレガー様がこの艦を護るための闘想をしておられる」

「やはり……」

 扉と壁越しに波濤のように押し寄せる強大なオラティオに、挑むように前方を睨みながらアンが唇を噛む。

「ここの守りはおまえ一人か?」

伏兵がいないかを警戒しているのか、室内を観察しながらジュウザが問いを発した。

「そうだ。この面積では機動兵器は入れん。艦隊の拳戦士の大半は格納庫と外の戦闘に投入した。雑兵がいても邪魔なだけだ」

 蛮族の社会では戦闘力のない者は決して高位にはなれないことをよく理解しているので、ジュウザとアンもネスリンが女性であることや一人であることで、油断しておらず同時にそれぞれを構えを取りオラティオを燃やす。

 無言で杖を構え呪文を唱えようとする蛇女鬼の魔導士。

「待って、アニキ!」

「私達に任せろ!」

 ゾーイとプリトマートが同時に兄と弟の両側から飛び出し、左右からネスリンに踊りかかる。

 女魔導士は小さく舌打ちし詠唱は中断したものの、身軽に飛び退き攻撃を回避した。人族でも軍属の魔導士は体術や格闘術の履修が義務付けられている。蛮族ならば――生来の身体能力の高さもあり――ちょっとした人族の拳戦士なみだろう。

「ゾーイ!?」

「姉さん!?」

 二人の少女が同時に振り向き同時に不敵な笑みを刻む。

「時間がないんだよ。拳戦士ならともかく魔導士はいろいろ絡め手を使うから倒すのに時間がかかるよ」

「そのとおりだ。それに多対一は魔導士が相手ではあまり意味がない」

 二人の意見は正しいのでアンは納得し――姉の実力を信頼していることもあり――彼女達に任せる気なったらしい。だが、ジュウザは妹が心配なようで気遣わし気な視線をゾーイに向けている。

「しかし……」

「だいじょーぶだよ! シャビィタウンでもあたしは立派に戦っただろ!」

 右拳でゾーイが胸を打ち豊かな乳房がたぷんと揺れた。

「あのときといまでは敵のレベルが……」

「アニキ!!」

 ジュウザの言葉が止まるほどの大声だったが、ゾーイは俯いており握りしめた両拳も震えていた。

「あたしは強くなった、アニキやダニーの役に立てるつもりでついてきたのに、結局二人に迷惑かけただけだった……。これ以上足手纏いになったらもう恥ずかしくてアニキ達と一緒にいられないよ」

 褐色の少女の形のよい顎から光る球が真珠のように舞い落ちる。

「ゾーイ……」

 レオハロードの王子が若き宝探しの肩に手を置き、促すように頷く。

「兄だからといってゾーイさんの拳戦士としての矜持を踏みにじる権利はありません。これ以上は彼女の決意への侮辱です。……行きましょう。ジュウザさん」

「…………っ。…………、……わかった」

 内心の葛藤と逡巡を示して紅眼は瞬いているものの、どうにか踏ん切りをつけたらしくアンに頷き返して、若き宝探しが駆け出す。姉に「ゾーイさんを守ってあげてね」と瞳で伝えると、微笑みレオハロードの王子も床を蹴った。

「行かさん! ~~~」

「やらせないよ! 螺天蹴撃トルネードブレイク!」

 全身を錐揉み回転させながらの浴びせ蹴りを放つゾーイ。

 ネスリンが再び呪文を中断して飛び退く。

 追撃を警戒してさらに数回飛び退る。

 十分な距離を取り攻撃はないと判断したのかネスリンが、闘想の間への扉へと視線を向ける。

 扉の前にはプリトマートが両腕を広げて仁王立ちで立ちはだかっており、彼女の背後に見える扉はすでに開いていて、ジュウザとアンの姿はなかった。

 両目を細め舌打ちしたものの、すぐに気を取り直したようで、蛇女鬼の魔導士が二人の少女拳戦士に向き直る。

「……このうえは一刻も早く貴様達を斃してトレガー様のもとに駆けつける」

「それはこっちのセリフだよ!」

「脆弱な魔導士ごときに遅れは取らぬ」

 たしかに拳戦士と魔導士が正面から対決すれば身体能力差以上に、圧倒的な反応速度の差で拳戦士が絶対有利だ。

 だが、

「~~~~~」

 低く美しいがどこか蛇の膚を思わせる粘着質な声音でネスリンが呪文を紡ぐと、彼女の身体を半透明で球形の障壁が覆う。

 矢継ぎ早に呪文は唱えられそれに伴って、女魔導士の筋肉は軋み音を発して密度を増し、黒瞳が輝く。

 さらに彼女は左腕で腰の後ろから無針注射を取り出すと、首の血管に注射する。

 身体能力と反応速度の差を縮めるためネスリンはまず強固な防御壁を展開し、次いで自身の身体能力と神経の反射伝達速度を魔法によって上昇させ、さらに神経の反射伝達速度を加速する薬品ブースターを注射したのである。これによって彼女とゾーイ、プリトマートの反応速度差は大幅に縮まっただろう。


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