第42話 FINALPHASE CROSS SPIRIT OUTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 19-②

ジュウザは大技を放って周囲の敵を一気に吹き飛ばそうとしたが、蛮族の絶え間ない攻撃によってそのためにオラティオを高める時間を得られない。現在彼は――他の五人も――ある程度の高さまではオラティオを高めており、神経の反射・伝達速度、ならびに身体強度もそれなりのレベルを保っている――そうでなければ超音速のバトルの奔流にすり潰されとっくに挽肉ミンチになっている――が、大技を繰り出すにはさらに高い領域にまでオラティオを高める必要があり、人族の身でそのレベルを常時維持しようとすれば短時間で急速に消耗してしまうのだ。

「アニキ! あたしは大丈夫だよ、っきゃっ!」

 無理をして出しただろう少女の闊達な声は苦痛の叫びで遮られた。

「ゾーイ! くっ、この雑魚どもが!」

 ジュウザの視界では一匹一匹は劣弱だが、数万匹の群れになれば巨獣をも倒す軍隊蟻と、蛮族軍が重なっているようだ。

 圧倒的な物量を持つ蛮族軍は三層に陣を構え、それまでジュウザやアンと戦っていた前衛が負傷疲弊すると次の層に代わり、その間に消耗した層を回復させている。蛮族達の戦闘力を底上げしている各種支援魔法も地味に効いている。

 六人の拳戦士はいまや完全に分断されており背後を守る者はおらず、強化された肉体で特殊繊維の戦闘服を着込んでいてもじょじょに傷を負い始めていた。

蛮族アスヴァロス百鬼拳!」

 何十個もの蛮族の拳が巨大な”壁”となってジュウザに圧し潰そうとする。

「ぐっ」

 蛮族達の数十倍の速度で拳を撃ち”壁”を作り、若き宝探しはなんとか相殺した。

「ちっ……、っ?」

 いつの間にか近くにプリトマートがいることにジュウザは気づいた。一瞬二人の視線が重なり互いの存在を認識したらしいが、女救星騎士は近くの宝探しではなく、遠くのドラゴノイドの従者へ近づこうとしている。

 戦場でまして乱戦のさなかで背後を預けることは命を委ねるに等しく、やはり彼女は宝捜しトレジャーハンターにはそこまでの信頼は置いていないようだ。

 戦いながら器用に肩を竦めるとジュウザは、右フックで一度に三匹の蛮族の首を狩り宙に舞わせた。

蛮族アスヴァロスジェットスクエアーアタック!」

 再び蛮族拳戦士の集団闘技が放たれる。今度の技はさきほどのものより高度で強力らしく、拳圧が空間を飛び交う。

 現在のオラティオのレベルで行使できる技では完全に防御できず、幾発かの拳圧を撃ち漏らす。

「ジュウザさん!」

 近くにいたアンが濁流を突っ切るように、強引に蛮族の陣を割ってジュウザの前に立ち塞がった。 

 アンの戦闘服の拳圧が着弾した個所から煙が生じ、縫製がかすかに綻ぶ。

 レオハロードの王子が若き宝探しに背中を合わせながら叫ぶ。

「背後は任せてください!」

 一瞬緩んだ頬を引き締めジュウザが皮肉気に口角を上げる。

「いいのか!? オレみたいな無頼の輩アウトローを信用しちまって!? ヤバくなったらおめぇを蛮族に突き飛ばすかもしれねぇぞ!?」

「貴方は命を預けるに足る人です! これまでの言動からそれはわかります! 姉さんが失礼な態度を取ってもうしわけありません!」

 彼をクラスメイトの友人だと知らないのに心から信頼している、アンのあまりに無垢で純真な言葉にジュウザは思わず赤面した。

 レオハロードの王子と若き宝探しが背中合わせで戦う。相性がいいこともあり単なる加算以上の戦闘力を発揮しているものの、それでも圧倒的多数の蛮族を短時間で掃討することはできない。

 戦っているうちにアンの視界からプリトマートとルックが消え、彼の顔にかすかに焦燥が浮かび眉間にも皺が寄る。

「おめぇの姉と従者はたいしたケガもしてねぇ! 心配すんな! この程度の敵なら時間はかかっても確実に全滅させられる!」

 背中合わせ反対を向いているなのでジュウザからは、はっきりとプリトマートとルックの様子が視認可能だ。

 背後を守ってくれるだけでなく細かな気遣いまでしてくれる。毒舌で偽悪家だが根は誠実で優しいジュウザにアンはジョンの面影を見たらしく――面影もなにも同一人物だ――微笑んだ。

 しかし、すぐにレオハロードの王子の表情は引き締まった。蛮族達はまだ七割は残っており、予想より倒すのに時間がかかっていて、アン達の消耗も激しい。

 ジュウザをはじめ他の五人も同じことを感じているようで、一様に顔には焦燥が浮かんでいた。特にゾーイはかなり呼吸も乱れている。

 切れ目ない蛮族の攻撃を捌きながら彼らが皆「まずい。ここまで時間をとられるとは」「オラティオを高める時間を得られて必殺技さえ使えればこんな奴ら……」と考えているのはあきらかだ。

 しかし、一人だけ口元に余裕の笑みを浮かべ、瞳を不敵に光らせている者がいる。

 ダニーだ。彼の左手からは数えきれない瞬く光の断線が伸びている。

「討魔千方陣」

 間近にいる人間でも聞き取れないほどかすかな呟きとともに、銀河忍者の左手から放たれたオラティオが不可視の糸を伝わっていく。

 ダニーをはじめとする六人の拳戦士に群がっていた、蛮族達の動きが同時に硬直。

 ダニーは戦いながら視認できないほど細く、同時に極めて柔軟で強靭な糸を周囲に張り巡らせており、それに麻痺パラライズの効果を乗せたオラティオを流したのだ。殺傷力切断力のある鋼の糸も持っていたが、そちらを使わなかったのはそれだと味方にも被害が出るからであり、その点殺傷力のない糸に麻痺のオラティオを流せば、ジュウザやアン、ゾーイなら絡めとられていても抵抗レジストできる。

 予想外の事態に鉄の統率を誇っていた蛮族軍も一瞬怯む。

「カアアァァーッ!!」

 その一瞬にオラティオを燃焼させたルックが渾身のファイヤーブレスを吐く。戦艦の主砲をも凌ぐ威力の灼熱の吐息は、射線上にいた数十の蛮族を焼滅させ、背後の隔壁にも大穴を穿つ。

「王子! 姫! いまです! ここは私に任せてさきにお進みください!」

 アンとプリトマートは一秒ごとに急変する戦況を的確に把握している。だが、それだけに逡巡しているらしい。

「しかし、ルックさん一人では!」

投操手裏剣マリオネーションカッター!」

 刹那の遅滞の間に蛮族達が割れ目を塞ごうとしたが、投じられたダニーの十数個の手裏剣が縦横に飛び回って彼らを切り裂き、隙間をさらに広げる。

「心配いらん! 俺も残る! ジュウザとゾーイも行け! いまの攻撃で敵は最初の半数以下に減っている。この程度なら二人で十分だ!」

「わかった! ジュウザさん! ゾーイさん!」

 銀河忍者の意見の正しさを認めた、それ以上に使命の重大さを思い出したレオハロードの姉弟が床を蹴る。

「おう!」

 宝探しの兄妹も後に続く。ゾーイは一瞬心配そうな目で残る二人を見やったが、それ以上躊躇しなかった。

「させん! カアァーッ!」

 四人を追撃しようとした蛮族達へドラゴノイドが再度ファイヤーブレスを撃ちこむ。

「アァァッー」

 恐るべき肺活量でファイヤーブレスを吐いたまま、ルックが頭を左右へ振り数えきれない蛮族達を焼き尽くす。

「やるな!」

 銀河忍者も再度投操手裏剣を繰り出し蛮族達を切り裂く。

 必殺技さえ使えればダニーやルックと蛮族拳戦士の実力差はあきらかで、いままでの苦戦が嘘のように蛮族軍は薙ぎ倒され、もう当初の三割も残っていない。

 とはいえ、さすが生き残っただけのことはあり残存する三割は、特に指揮官格らしき十数人は侮り難い実力のようだ。

 銀河忍者とドラゴノイドもそれは理解しているらしく、決して油断はしておらず厳しい表情である。

 身長四メートルを超える同種族としてもかなり巨大な暗褐色の肌の強闘鬼が、瞬きもせず二人を睨んでダニーとルックへにじり寄っていく。彼が両腕で持っている戦槌はかなりの業物んなのだろう。強い魔法のオーラが立ち昇っている。

 強闘鬼の左右には二匹の蛮族が続いている。右の走馬鬼は体格こそ同種族としては平均的だが引き締まった鋼のような肉体には贅肉の欠片もなく、右腕に突撃槍を構えた立ち姿には毛先ほどの隙もなく、眼光も鋭い。強化鋼鉄の床を蹴立てる前足の蹄からは、旺盛な戦意を示して火花が立っていた。左の蛇女鬼はすでに下半身大蛇の戦闘形態に変身しており、右腕に杖を持っていることから魔導士ソーサラーのようだが、肩や上腕の筋肉、割れた腹筋から戦士の心得もあるようだ。女性ながら多くの仲間が戦死しているのに臆した様子はまったくなく、むしろ戦功を上げる好機チャンスと燃えていた。

 その他の蛮族も怯えている者はほとんどいない。人族とは根本的に異なる(上級)蛮族の闘争本能だ。

 戦闘狂達を前に銀河忍者と王家の従者であるドラゴノイドは、苦笑とも呆れともつかぬ心境なのか。あるいは舌打ちしたいのかもしれない。

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