第39話 FINALPHASE CROSS SPIRIT OUTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 16 OUTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 17

共和国標準時《ザナドゥエデンスタンダードタイム】 共和国暦《RD】30052年5月14日PМ14:31

 星系軍総本部中央作戦室メインオペレーションルーム


 若き宝捜しと救星拳騎士が握手を交わした二十数分後、二人はそれぞれの仲間とともに中央作戦室にいた。ゾーイもおりジュウザは時間がなく彼女を気絶させる余裕がなかったらしい。


 中央作戦室は数十億のダミエッタ星系軍を指揮するには極めて簡素シンプル】な部屋で、現在そこにいる人族もジュウザ達《チームとアンチームを除けば二十人に満たないのは、ここがあくまでもおおまかな方針戦略を考えるための場だからであり、細かに軍や艦隊を動かす中央管制室メインコントロールルームは電子機器の要塞で千人以上にスタッフが常駐している。

 作戦室の真ん中に逆U型の巨大なテーブルが置かれており、着席している軍人は種族は多様だが全員将官(以上)で、ジュウザ達とアン達は尾部近く――外様の客将の立場ゆえ――に向き合って座っていた。

 無論、宝探し達は認識阻害化粧をしており、場慣れしていて胆力もあるジュウザとダニーは平静を保っているが、経験の浅いゾーイは本当に顔と声を欺けているか、周囲に自分の顔がどう見えているか気になっているらしく、何度も手で顔を触りそのたびに兄に注意されている。

 本来U字の先端に座るべき国王と近衛軍司令官の姿はなく、そのことに疑問を感じたアンが右手を挙げた。

「国王と近衛軍司令官殿はどうなさったのですか? 彼らがいなければ会議をはじめられません」

 途端に周囲の将官達がそわそわしだし、説明する役を譲り合う、いや押しつけ合うように目配せを交わす。アールヴの女性将官は最初からその役目を拒否して机に視線を落としていた。

 押しつけ合いの末もっとも高位である人族女性で七十代の元帥が、最上位者の責任でその役を引き受けたようだ。

「……陛下はアン殿がザナドゥエデンに発たれた直後に、ご家族とともに近衛軍に守られてこの星を脱出されました」

 主君のあまりに怯懦で破廉恥な振舞を恥じているらしく、元帥の声は絞り出すようで机に置いた右手は小刻みに震えている。

「なっ」

 絶句したアンが腰を浮かせるがなんとか怒りを抑えたようで再び腰を降ろす。ジュウザも床に唾を吐きかけたが辛うじて堪え、ゾーイとプリトマートも歯を食いしばってなにも言わず、ダニーは予想していたのか帽子を唾を降ろしただけだった。

 だが、人情家で実直なルックは憤りを抑えられない。

「やけにあっさり杖を渡したと思っていたら……。あの恥知らずがー!」

 絶叫とともに放たれた炎の息ファイヤーブレスは怒りの凄まじさを物語るように、数枚の強化鋼鉄デュラスチールを瞬時に溶融し貫通するほどだった。

 アンがルックの拳――座ったままではそこまでしか手が届かない――を掴む。

「ルックさん。王を糾弾するのはあとでもできます。いまは当面の問題を考えましょう」

 憤然とした様子でルックは椅子に戻ったが、まだ怒りは消えていないらしく鼻孔と牙の隙間からは炎が零れている。

 場が収まったのを悟りスクィーラルの情報将官がキーボードを操作して、全員の頭上に立体映像を浮かべた。それぞれの席に映写機は備わっているが、共通認識を持つため全員が同じ映像を見ることを選んだようである。

「四災の槍旗艦は猛スピードで最終防衛ラインに迫っており、このペースではあと五時間あまりで到達します」

 内心の動揺を表してスクィーラルの耳が揺れ、栗鼠そっくりの前歯が木の実を齧っているようにカカッと鳴った。

 もちろん作戦室は盗聴や透視を防ぐために、科学的魔法的に幾重にも防御陣が展開されているので、将官達も安心して会話できている。

「圧倒的優勢だった蛮族軍がこのような特攻に近い捨て身の攻撃をかけてきたのは、杖の起動を知ったとしか思えません。いかなる手段で情報を入手したのか……」

 室内を沈黙が支配するが空気の割合は悲観や絶望より困惑が強い。

 禿頭の人族男性の宙軍大将が説明を引き継ぐ。

「旗艦は強大なオラティオの防御壁シールドで守られており、我が軍の総力を結集した攻撃でも――微細な損傷は与えているものの――撃沈できません」

 元帥がアルーヴ女性――八百歳を超えているそうだが老いのない種族なので当然若々しい――の魔道軍司令へ視線を向ける。

レリクス充填チャージはどうなっていますか?」

「民間の魔導士と神官まで動員して全力で魔力譲渡トランスファーメンタルパワー、魔晶石からの譲渡、機械的な増幅ブーストまで用いてますが、旗艦の阻止限界点リミットライン到達には間に合いません」

 元帥が小さく嘆息して視線を落とし室内を重い空気が支配した。

 場を明るくしようとゾーイがおどけようとしたが、ジュウザが彼女の肩に手を置き「逆効果だと」と視線で諫める。

 救星拳騎士達も思うところはあるようだが、外様の彼らが会議の主導権を握るのは反発を招きかねないと自粛しているらしい。

 女性ながら星軍の最高位者である元帥が軍人の中では一番気丈のようで、わずかに頭を振ると顔を上げた。

「やはりこちらも突貫作戦で四災の槍の司令官を討つしかないようですね」

 拳戦士を統括する自身も拳戦士である壮年のドヴェルグが拳を握って席を立つ。

「完全実力主義の蛮族帝国では最高位の者、すなわち最強の者です! 事実小星しょうせい群の中の太陽にように、戦場に数多あるオラティオの中で一際巨大なオラティオを旗艦から感じます! 人族の拳戦士の奥義にも同種の技があります。旗艦は司令のオラティオで守られているのは間違いありません!」

 彼は「私にはとても使えませんが」と恥じるように付け加えた。

 それはジュウザ達とアン達も感じていたらしく六人が同時に頷く。

「では作戦は……」

 攻撃作戦は綿密な会議をする時間がなかったこともあり単純シンプルなもので、ダミエッタ軍が旗艦への活路を開き同時に周囲の蛮族艦を抑え、その間にジュウザ達とアン達を中核とした拳戦士チームがケルベロスへ乗り込み、司令を討つというものである。

 壮年のドヴェルグが力瘤を作ってジュウザを見やる。

「安心しろ。必ずジュウザ殿達を司令のところまで無傷で送り届けてやる」

「いや……」

 机を見つめたままの若き宝捜しの短い呟きに、一同が一斉に彼を見やった。

「あんた達は艦外で蛮族の拳戦士と一般兵を食い止めてくれ」

 実力を見下されたと思ったようでドヴェルグが唾を飛ばす。

「俺達は足手纏いだというのか!?」

「そうは言っていない。だが、オレ達人も急造インスタントチームで連携が取れるか怪しいんだ。人数が増えれば難度が増す。……それに潜入任務ミッションは少人数の方が小回りが効くし、発見されにくいから有利だ」

 まだドヴェルグは不満そうだったがジュウザの意見はたしかに正論なので――彼が自分達も急造チームと至らなさを認めたことが大きい――不承不承頷く。

 実は半分以上中途半端な実力の者が同行していると足手纏いだからなのだが、ドヴェルグは完全にジュウザに乗せられていた。

 対面から彼に微笑みかけるアンは目でやりますねと言っており、ジュウザもニヤッと笑って応える。

 ”五”人とジュウザはナチュラルに妹を人数から除いたのだが、あまりにもさりげなく滑らかな物言いだったので、まったくゾーイは気づいておらず、「よーし、ガンバルぞー」と拳を握っていた。

「……では作戦開始ミッションスタートは一標準時間後とします。ダミエッタの興廃この一戦に有り! 貴方達の奮起健闘を期待します!」

 元帥の言葉が終わると同時にその場の全員が席を立った。






 ОUTLAW&KNIGHTSIDE 17

 共和国標準時ザナドゥエデン 共和国暦RD30052年5月14日PМ14:47

 星系軍総本部駐機場


 ケルベロスが絶対防衛線に迫る中ジュウザはアレイファルコン内で、決戦のための準備をしていた。退避するつもりだったので装備を愛船に残していたからなのだが、作戦開始まで一時間しかないので、さすがの彼もかなり焦燥していた。

 だが、焦っている原因はどちらかといえば開始までに、ゾーイを気絶させて脱出船――アンに頼んで用意してもらった――に乗せなければならないかもしれない。時間はないのだが妹もかなりの実力なので、迂闊に手が出せないようだ。

 チラと棚の上の時計クロークを見たジュウザが顔をしかめ、彼に背を向けて着替えているゾーイに視線を移し表情を引き締める。

 若き宝捜しが片足の爪先を浮かせたとき、背を向けたまま着替えの手を止め妹が言葉を発した。

「アニキ、力づくであたしを気絶させて、この星から脱出させるつもりだろ?」

 明朗活発な少女の声音は普段からは考えられないほど、冷ややかで鋭利だった。

 浮きかけていたジュウザの爪先が床に着き、目が細まる。

「……何時から気付いていた?」

 褐色の少女が兄に向き直り、彼の目を見据える。

「最初からだよ。何年アニキの妹やってると思ってるんだよ。それに作戦室で”五”人って言っただろ」

 一瞬顔をしかめたものの意を決して若き宝捜しが言葉を紡ぐ。

「おまえは本物の戦争の怖さが、生命のやりとりの恐ろしさが――」

「アニキは毒アニキだね」

 妹の言葉に意表を突かれたらしく、ジュウザが口ごもり怪訝な表情になる。

「いまのアニキはこっちの方が堅実で安全だからと、子供の意思を無視した進路を強要する毒親と一緒だよ。善意からでもそんなのエゴだよ」

 気遣いをエゴと言われたジュウザが顔を紅潮させて一歩踏み出し、拳を握りしめる。

「それとこれとは状況が違う! おまえの命がかかってるんだぞ!」

「違わないよ! 会社勤めサラリーマンや自営業だって失職やパワハラが原因で、自殺することがよくあるじゃないか!」

「……っ」

「それに親が共和国を守るため軍人になろうとする子供を、死んでほしくないからって、民間に就職させようとするのを、過保護だ、みっともねぇ、親のエゴだって言ってたじゃないか! 物質的に豊かで安全でも望んでいない人生を強いられてその人が幸せだと思う!?」

「…………」

 ジュウザは言葉に詰まったようだ。過去に安易な発言をしてしまったことを後悔しているらしく渋面を浮かべ、妹を説得する言葉を探して紅眼をさ迷わせる。

「どうしてもあたしを脱出させるって言うなら、そんなアニキとはもう一緒に暮らせないよ。出ていく。もう二度とアニキに会わない。それに……」

 褐色の少女がすばやく机の上に置いてあったコンバットナイフを手に取り、切っ先を自分の喉に向けた。

「今度の戦いでアニキが死んだら、あたしはこうやって生命いのちを絶つ!」

「!」

 このゾーイの行動は決定打となったようだ。ジュウザは観念したようにうなだれた。

「……おまえはやると言ったらやるヤツだ。生きて帰る自信はあるが確実とは言えねぇ。いま避難させても自殺されたらもともこもねぇ」

 若き宝捜しが妹に歩み寄り、両肩に手を置く。

「オレの負けだ。たしかに傲慢だったかもしれねぇ。兄といえど妹の意思は尊重するべきだ」

 一旦言葉を切りジュウザが微笑む。

「同じ立場になって親父の気持ちがわかった気がする。おまえの”覚悟”は立派に一人前だ」

「アニキ……」

 兄を見上げる少女の双眸に涙が滲む。

「大好き!」

 ジュウザの胸に飛び込んでゾーイは子供のように泣きじゃくった。


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