第38話 FINALPHASE CROSS SPIRIT OUTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 15

共和国標準時ザナドゥエデン 共和国暦RD30052年5月14日PМ14:05

 星系軍総本部


 本部の通路を歩くジュウザの表情は暗く、気配と敵意を捉えるための網は展開しているものの俯いて床を見ていた。

 数時間前から四災の槍の旗艦が文字通り騎馬突撃の長槍ランスと化して突貫を駆けてきており、(おそらく司令官の)強大なオラティオに守られた旗艦はダミエッタ星軍の全力の攻撃でも止められず、あと六時間で絶対防衛ラインに達するという情報を聞いたからだ。

 いかに巨大なオラティオの持ち主でも――神でもない限り――全長十キロの戦艦にこれほど強固な障壁を張るためには命を削る必要があり、圧倒的優勢であった蛮族軍がこんな特攻に近い捨て身の攻撃を行うのは、レリクスの起動を察知したとしか考えられず星全体が震撼している。

 総本部も大半が乱戦の戦場のように混乱の極にあるが、いまジュウザが歩いている高級将校用居住区は、住人の大半が出払っているのでかえって静かだった。

 ジュウザは一人前になるためとはいえ神具アーティファクトの情報を得るためにレリクスを奪うという、宝捜しトレジャーハンターの矜持に反することはできない=それで神具を手にしても胸を張って一人前を名乗れない。また、四災の槍が迫っている以上ゾーイをこれ以上危険に晒せない――本人は気にするな。(蛮族軍とのバトルは)血がたぎると言っていた――ことから、アンに蛮族との戦いに協力できないと伝えるために彼に会おうとしていた。

 いまジュウザが暗い表情なのは彼自身の命と妹を助けてもらった二つの”借り”があるアンの懇願に応じられないことと、ダミエッタ星系の百数十億の民を見捨てて彼らだけ安全なところへ退避する負い目からである。

 しかし、最初に足を向けた中央作戦室メインオペレーションルームにアンはおらず、居住区の与えられた部屋で民間人と面会している聞き、そこへ向かっているのだが外様の客将とはいえ現在の彼は将官に等しい立場であり、現在の切迫した状況では一秒でも無駄にできる時間はないはず――事実プリトマートとルックはずっと作戦室に詰めている――で、友の行動を理解できなかったらしく教えられたときジュウザは眉を潜めた。

 もうすぐアンの部屋だという地点で若き宝捜しが立ち止まり柳眉を上げる。

 アンの部屋のドアが開きっぱなしなのだ。軍人としても戦士としてもありえない迂闊さであり、好奇心を抑えきれないのか悪いとは思っているようだが、ジュウザは扉の影で聞き耳を立てた。

 そこから顔を半分だけ出して覗くとアンと会っているのは、泥と継ぎだらけの粗末な服を着た、一目で下層階級とわかる二人の黒人の男だった。

「ジョン・ブロイトさんはお元気ですか? 冤罪が立証されたのでだから新たな人生をはじめられてるのでしょう?」

 アンが快活な笑顔で無邪気に言葉を紡ぐ。しかし、二人の黒人は一度顔を見合わせもう一度救星拳騎士に向き直ると滂沱の涙を流した。

「どっ、どうしたんですか!? ジョンさんになにかあったんですか?」

 年長の黒人が膝の上に置いた拳に視線を落とすと、絞り出すような声音で語り出す。

「……ジョンは釈放ざれたあど家族と幸せに暮らじでまじただ。じがじ、数日もじないうぢに面子を潰ざれで罪に問われるごどを逆恨みじだ、担当だっだ刑事げいじ検事げんじに家族全員殺ざれだでずだ」

「っ!」

 思わず腰を浮かせたアンの両眼が眦が裂けそうなほど見開かれる。

 部屋の外で耳を澄ましていたジュウザも紅い瞳が燃え強く拳を握り込む。

「じがも刑事ど検事ば刑務所に入れられないだめにごの星のレーダー網ど防御ジールドの情報を見返りに蛮族に亡命じまじただ」

「…………っ!」

 救星拳騎士と若き宝捜しが同時に息を呑み、だから四災の槍はもっともシールドの薄弱な部分をピンポイントで、レーダー網をかいくぐって襲撃できたのだと理解したらしく、二人の驚愕の表情に納得の彩が加わった。

 二人の黒人が一斉にアンの足の縋りつく。

「アン王子様おうじざま! 奴らを警察に引ぎ渡じでもどうぜ白人の検事と裁判官が無罪にじぢまうだ! お願ぇです! 仇を、仇を討っでぐだぜぇ!!」

「ぞれをあんだに頼むだめに仲間の黒人だぢが、身を削ってごごまでぐる金をだじでぐれだだ!」

 いくらなんでも完全な国家反逆罪を犯した者が無罪になることはありえず確実に死刑なるのだが、彼らにはそれを理解できる法的知識や教養はないらしい。

 アンが椅子に腰を落としたがその姿は数瞬前までの青春の煌きに満ちた少年ではなく、人生に疲れ果てすべてに絶望した老人のようであり、二つのまなこからは瞳と同じ色の涙が止めどなく流れていた。

 救星拳騎士の纏う空気は底無しのアビスのように昏く陰鬱だったが、目の前のデスクを貫通するほど勢いで拳を叩きつけたあと、太陽の紅炎プロミネンスのように熱く激しいものに変わる。

 その凄まじさは歴戦の実力者で幾多の地獄を経験しているジュウザが、思わず後退り片手で顔を庇ったほどだ。

「ジュウザさん、そこで聞いてたんでしょう?」

 アンの声はひどく静かだったがそれだけに心中で渦巻く、太陽活動の如き灼熱の憤怒を感じジュウザは身震いした。

「……いつから気付いてた?」

「貴方が警察官達の非道に義憤を感じたところから。見事な隠形ですね。それまではわかりませんでした」

 突発的な感情を制御できなかったことをまだまだ未熟と思ったようで、罰の悪そうな顔でジュウザが通路を蹴る。

「ジュウザさんは賞金稼ぎバウンティハンターもされてましたね。警察官達のハントを”仕事”して依頼します」

 ジュウザの紅眼を葛藤と逡巡を示すさまざまな彩が通り過ぎて行き、数回唇が震えたが受諾の言葉は発せられない。

 無言で立ち上がるとアンはジュウザへ歩みより、彼の双眸を正面から見据えた。

 一度瞳を瞬かせたあとジュウザが視線を逸らす。

「『未定』では気付けませんでしたが貴方はゾーイさんを助けるため以外にも、どうしてもあの杖が必要な理由があるのですね? 極秘回線シークレットアドレスはお持ちなのでしょう? 杖そのものはお渡しできませんが今後半永久的にあのレリクスの解析データをお送りします」

 顔色を変えてジュウザがアンへ向き直る。

「おい、それは」

「わかっています。明確な共和国反逆罪です。発覚すれば極刑を免れないでしょう。しかし、僕はどうしてもあの警察官外道どもをぶち殺さなければ気がすまないんです!! 責任はすべて僕が取ります。貴方に累が及ぶことは決してありません」

 アンの覚悟と決意に若き宝捜しの漢気が震えたらしく、ここまでの友の想いに応えなければ一人前とは名乗れない、ゾーイは力づくでも星系外へ退避させ、この案件には彼とダニーで臨めばいいと思ったようで、ジュウザの目も座った。

「わかった。その依頼たしかに引き受けた。標的ターゲットを確保するための障害はすべて排除する・・・・・・・・・・

 破顔したアンが右手を差し出す。

 ジュウザはその手を固く握り、アンも強く握り返した。


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