第37話 INTERMISSION EXTRA SIDE 2

共和国標準時ザナドゥエデン 共和国暦RD30052年5月12日PM17:01

 四災の槍ディザスターランス旗艦ケルベロス謁見の間


 四災の槍ディザスターランス総司令官にして歴戦のドミネーター、トレガー・ガウ・エアオーベルングは、副官である蛇女鬼ラミアのネスリン・デ・ハニカを伴って、旗艦ケルベロスの謁見の間にいた。

 謁見の前は立体映像ホログラフティを通して蛮族帝国アスヴァロスエンパイア皇帝アマデウスと対話をするための部屋だが、人族ヒューマンの同じ用途の部屋と違い装飾は一切なく、磨き抜かれてはいるものの無骨な強化鋼鉄デュラスチールと強化プラスチックが剥き出しである。

 誰もが畏れる万年皇帝と謁見するとはいえダミエッタ星系を(ほぼ)手中に収め、これまでの功績で覚えもめでたいトレーガーの表情には余裕があり、賞賛さえ期待しているようだ。

 二人の前方の空間で立体映像が像を結ぶ前兆であるスパークが起こり、艦隊の司令と副指令が片膝を着き深く頭を垂れる。

 数秒してスパークが結晶して万年皇帝の尊顔が形作られた。

 アマデウスの長い黒髪は癖がなく絹のように美しく、肌は新雪のように白く木目が細かくいかなる人族の美女でも羨みそうだ。美形揃いのドミネーターの中でも容姿は極めて美しく、極緋眼ごくひがんの皇帝の由来である両の瞳は、まさに最高級の紅玉ルビーの如く極上の夕日の如く深い紅く。顔立ちで瞳の次に目を引くのは眉で柳眉だが途中で二股に別れており、左右のこめかみからは捻じくれた山羊の、額の両端からは弓の矢じりのような、それぞれ一対二本の角が生えている。

 帝国本星から数万光年の距離を経ているのでさすがに映像には、いくつもノイズが入っているがアマデウスの美しさは微塵も損なわれていない。

『トレガー・ガウ・エアオーベルング、ネスリン・デ・ハニカ。面を上げい』

 皇帝の言葉に従って顔を上げた二人の蛮族の表情はさきほどより緊張していた。

「戦況はご送信したとおりでございます」

 人族の皇帝と臣下なら社交辞令として世事のひとつも言うのだろうが、蛮族にそんな習慣はなく事実のみを告げた。

「…………」

 数万年に渡って膠着状態だった戦線の一部を切り崩しかけているのだから、アマデウスも嬉しくないはずのない彼は沈黙しており、重苦しくはないものの不自然な沈黙が発生した。

 予想外の展開にトレガーは引き締まった表情を保っているものの、双眸には困惑の彩が浮かび、内心の動揺のため前髪がかすかに揺れる。

「陛下?」

『……ダミエッタ星であるレリクスが起動された。それ・・が使用されれば一気に戦況を覆される』

 あまりにも唐突な言葉にトレガーの顔に予想外の伏兵に急襲されたときのような、いやそれ以上の――鋼の精神力と底無しの胆力、自らの実力に絶対の自信を持つ彼はそのような状況が発生しても動じない――動揺が浮かぶ。

「お待ちください! 先任の艦隊の調査リサーチでも四災の槍わたくし達の調査でもそのような情報は一切得られませんでした! なぜ陛下はレリクスが起動されたことをご存知なのですか!?」

 一見上官に対する理不尽な言葉に怒ったように見えるが、実際は彼女の仕事――諜報は彼女の直轄――を侮辱されたことへの怒りと、蛇女鬼特有の知的好奇心からである。

『レリクスが使用にされる前にダミエッタ星を制圧し、レリクスを確保せよ』

 言葉が終わると同時に皇帝の像は原子分解ディステングレイトの呪文をかけられたように、粒子ドットに分解して消滅し謁見は終わった。

 アマデウスは冷酷ではあるが有能な者や才能のある者には一度や二度の失敗は許すほど寛容で、叛逆や下剋上を企むような者も――蛮族の社会ではそれが普通あり、彼は自らの戦闘力に絶対の自信を持っている――気骨があると好む傾向があるので、寝耳に水に理不尽な命令を受けたトレガーの表情は怒りよりも戸惑いが濃いようである。

「…………っ」

 まだ皇帝の意図は理解できていないのだろうが、強靭な精神力で混乱を抑え込んだらしくトレガーが立ち上がり、それを確認したネスリンも立ち上がった。

司令コマンダー……」

「陛下の勅命なら達成するしかない」

 普段のアマデウスの方針と性格なら幾多の戦功があり有能利用価値のあるなトレガーは、勅命を果たせずとも処刑されることはないが、今回は状況が尋常ではないのでその可能性もあると思っているのか、四災の槍の司令の表情は強張っている。

「いつレリクスが使用されるかわからぬ。一刻も早くダミエッタ星を墜とすためには突貫作戦しかないが、そのためにはシールドのもっとも脆弱な箇所をピンポイントで突く必要がある」

 今後の展開を予想したネスリンがその必要性を理解していても、嫌悪を抑えきれずないのか露骨に顔を顰めた。


 ケルベロスは全長十キロ近い巨体ゆえ艦内の移動にはビーグルやスピーダーを用い、下級兵士用――個人ビーグルの所有を許可されているのは将校だけ――のバスさえ走っているので、通常の通路以外にそれらが走行できる幅と高さの車路も存在していた。

 AI操縦の司令官ビーグルが無音で停まった。ここは酒場や賭場、踊り場ディスコや娼館などの将校用の娯楽施設がある区画で、大音響で派手な音楽が鳴り響き極彩色の照明が周囲を駆け巡っている――このあたりの嗜好は蛮族も人族もさほど変わらないようだ――。

 戦況は圧倒的に有利なので愉しんでいる蛮族達は皆弛んだ様子だ。

 人族の指揮官と違いトレガーとネスリンは任務さえ果たせばそれ以外のとき部下がどれだけ不真面目で怠惰でも咎めることはないが、いまは彼らの事情も知らず楽勝だと思って羽目を外している部下達が気に入らないらしく眉を潜め舌打ちした。

 二人が通路を(徒歩で)進んで行くと、部下達は人族のように姿勢を正して敬礼することはないものの、さすがに道は譲る。

 五分ほど歩くと音楽と照明が派手なものから落ち着いたものになり、様相が庶民の酒場から高級クラブやオペラハウスに変わり、まばらな通行人も気品と知性を備えた蛮族に変わった。

 この区画は佐官以上の高級将校だけが理由できる場所だ。

 ひとつの部屋の前でこの部屋ルームの管理人である非情に露出度の高い――隠しているのは乳首と股間だけ――衣装の蛇女鬼の美女がしかめっ面で椅子に座っている。

 トレガーとネスリンに気付いた管理人が立ち上がった。

亡命者ゲストの様子はどうだ?」

「もう何日もこの部屋に籠りぱっなしで遊んでいます! まさに酒池肉林という言葉が相応しい知性も品性も欠片もない雑食鬼ゴブリンよりも下劣な遊び方です!」

 いまは娼婦に身を落としているとはいえ蛮族の貴族階級である蛇女鬼の彼女は、当然幼少時は気品ある生活で高度な教育も受けてきたようで、亡命者どもの品性の無さにそうとう不満がたまっていたらしく、一気にまくし立てた。 

 一端部屋を見やって蛇女鬼の娼婦が眉を潜めた。

「……人間イノセントの黒人の女奴隷を性的快楽を得るためだけに何人も殺しています」

 蛮族である彼女は同じ女性としての犠牲者への同情や憐憫はなく――強いものが弱いものを支配し、命を奪う権利もあるのは蛮族の社会では常識の価値観だ――、女性とはいえ人間よりはるかに高い身体能力を持ち戦闘形態に変身もできるので、亡命者どもをまったく恐れておらず強い嫌悪だけがある。

「これで人族の社会では法を守る側だったいうのだからな!」

 あまりにも激しい嫌悪と憤りを抑えきれずついにネスリンが声を荒らげた。

「用が済んだらあいつらを私に殺させてください! 嬲り殺しにして肉を食ってやる!」

 トレガーも下衆どもと直接接するのはいやなようだが、ダミエッタ星攻略に必須なので亡命者どもに会うことにしたらしく扉の前へ歩を進めた。

「お待ちください!」

 あと一歩で自動ドアが開くというところで娼婦が、ドミネーターと扉の前に右腕を入れた。

「屑どもは強い麻薬ドラッグを使っております。有害ですので防毒マスクをお付けください」

 余計な手間が増えたことと情報を聞き出すためには亡命者どもを麻薬から覚ます必要があるかもしれないことから、時間の浪費をなにより嫌う司令官の紅眼に炎が灯る。

「すぐにマスクをお持ちしますのでここでお待ちください」

 娼婦が小走りに駆けて行く。

 残されたトレガーは無表情を保っているがかなり苛立っており、それを察したネスリンは必要な情報を聞き出したら、すぐに彼が亡命者どもを殺させてくれるのではないかと秘かに期待しているようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る