第37話 INTERMISSION EXTRA SIDE 2
謁見の前は
誰もが畏れる万年皇帝と謁見するとはいえダミエッタ星系を(ほぼ)手中に収め、これまでの功績で覚えもめでたいトレーガーの表情には余裕があり、賞賛さえ期待しているようだ。
二人の前方の空間で立体映像が像を結ぶ前兆であるスパークが起こり、艦隊の司令と副指令が片膝を着き深く頭を垂れる。
数秒してスパークが結晶して万年皇帝の尊顔が形作られた。
アマデウスの長い黒髪は癖がなく絹のように美しく、肌は新雪のように白く木目が細かくいかなる人族の美女でも羨みそうだ。美形揃いのドミネーターの中でも容姿は極めて美しく、
帝国本星から数万光年の距離を経ているのでさすがに映像には、いくつもノイズが入っているがアマデウスの美しさは微塵も損なわれていない。
『トレガー・ガウ・エアオーベルング、ネスリン・デ・ハニカ。面を上げい』
皇帝の言葉に従って顔を上げた二人の蛮族の表情はさきほどより緊張していた。
「戦況はご送信したとおりでございます」
人族の皇帝と臣下なら社交辞令として世事のひとつも言うのだろうが、蛮族にそんな習慣はなく事実のみを告げた。
「…………」
数万年に渡って膠着状態だった戦線の一部を切り崩しかけているのだから、アマデウスも嬉しくないはずのない彼は沈黙しており、重苦しくはないものの不自然な沈黙が発生した。
予想外の展開にトレガーは引き締まった表情を保っているものの、双眸には困惑の彩が浮かび、内心の動揺のため前髪がかすかに揺れる。
「陛下?」
『……ダミエッタ星であるレリクスが起動された。
あまりにも唐突な言葉にトレガーの顔に予想外の伏兵に急襲されたときのような、いやそれ以上の――鋼の精神力と底無しの胆力、自らの実力に絶対の自信を持つ彼はそのような状況が発生しても動じない――動揺が浮かぶ。
「お待ちください! 先任の艦隊の
一見上官に対する理不尽な言葉に怒ったように見えるが、実際は彼女の仕事――諜報は彼女の直轄――を侮辱されたことへの怒りと、蛇女鬼特有の知的好奇心からである。
『レリクスが使用にされる前にダミエッタ星を制圧し、レリクスを確保せよ』
言葉が終わると同時に皇帝の像は
アマデウスは冷酷ではあるが有能な者や才能のある者には一度や二度の失敗は許すほど寛容で、叛逆や下剋上を企むような者も――蛮族の社会ではそれが普通あり、彼は自らの戦闘力に絶対の自信を持っている――気骨があると好む傾向があるので、寝耳に水に理不尽な命令を受けたトレガーの表情は怒りよりも戸惑いが濃いようである。
「…………っ」
まだ皇帝の意図は理解できていないのだろうが、強靭な精神力で混乱を抑え込んだらしくトレガーが立ち上がり、それを確認したネスリンも立ち上がった。
「
「陛下の勅命なら達成するしかない」
普段のアマデウスの方針と性格なら幾多の戦功があり
「いつレリクスが使用されるかわからぬ。一刻も早くダミエッタ星を墜とすためには突貫作戦しかないが、そのためにはシールドのもっとも脆弱な箇所をピンポイントで突く必要がある」
今後の展開を予想したネスリンがその必要性を理解していても、嫌悪を抑えきれずないのか露骨に顔を顰めた。
ケルベロスは全長十キロ近い巨体ゆえ艦内の移動にはビーグルやスピーダーを用い、下級兵士用――個人ビーグルの所有を許可されているのは将校だけ――のバスさえ走っているので、通常の通路以外にそれらが走行できる幅と高さの車路も存在していた。
AI操縦の司令官ビーグルが無音で停まった。ここは酒場や賭場、
戦況は圧倒的に有利なので愉しんでいる蛮族達は皆弛んだ様子だ。
人族の指揮官と違いトレガーとネスリンは任務さえ果たせばそれ以外のとき部下がどれだけ不真面目で怠惰でも咎めることはないが、いまは彼らの事情も知らず楽勝だと思って羽目を外している部下達が気に入らないらしく眉を潜め舌打ちした。
二人が通路を(徒歩で)進んで行くと、部下達は人族のように姿勢を正して敬礼することはないものの、さすがに道は譲る。
五分ほど歩くと音楽と照明が派手なものから落ち着いたものになり、様相が庶民の酒場から高級クラブやオペラハウスに変わり、まばらな通行人も気品と知性を備えた蛮族に変わった。
この区画は佐官以上の高級将校だけが理由できる場所だ。
ひとつの部屋の前でこの
トレガーとネスリンに気付いた管理人が立ち上がった。
「
「もう何日もこの部屋に籠りぱっなしで遊んでいます! まさに酒池肉林という言葉が相応しい知性も品性も欠片もない
いまは娼婦に身を落としているとはいえ蛮族の貴族階級である蛇女鬼の彼女は、当然幼少時は気品ある生活で高度な教育も受けてきたようで、亡命者どもの品性の無さにそうとう不満がたまっていたらしく、一気にまくし立てた。
一端部屋を見やって蛇女鬼の娼婦が眉を潜めた。
「……
蛮族である彼女は同じ女性としての犠牲者への同情や憐憫はなく――強いものが弱いものを支配し、命を奪う権利もあるのは蛮族の社会では常識の価値観だ――、女性とはいえ人間よりはるかに高い身体能力を持ち戦闘形態に変身もできるので、亡命者どもをまったく恐れておらず強い嫌悪だけがある。
「これで人族の社会では法を守る側だったいうのだからな!」
あまりにも激しい嫌悪と憤りを抑えきれずついにネスリンが声を荒らげた。
「用が済んだらあいつらを私に殺させてください! 嬲り殺しにして肉を食ってやる!」
トレガーも下衆どもと直接接するのはいやなようだが、ダミエッタ星攻略に必須なので亡命者どもに会うことにしたらしく扉の前へ歩を進めた。
「お待ちください!」
あと一歩で自動ドアが開くというところで娼婦が、ドミネーターと扉の前に右腕を入れた。
「屑どもは強い
余計な手間が増えたことと情報を聞き出すためには亡命者どもを麻薬から覚ます必要があるかもしれないことから、時間の浪費をなにより嫌う司令官の紅眼に炎が灯る。
「すぐにマスクをお持ちしますのでここでお待ちください」
娼婦が小走りに駆けて行く。
残されたトレガーは無表情を保っているがかなり苛立っており、それを察したネスリンは必要な情報を聞き出したら、すぐに彼が亡命者どもを殺させてくれるのではないかと秘かに期待しているようだ。
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