第36話 PHASE3 OUTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 14-②

部屋を出たジュウザは懊悩を糊塗するため通路を目的もなく歩き続けたが、十分ほど経ったとき「これじゃ半人前どころ”ガキ”じゃねぇか」と零し、苦笑と呼ぶにはあまりにも苦い笑みを浮かべた。

「それは犯罪ですよ!?」

 ジュウザが声の方を見やるとアンが軍の高官らしきスクィーラルと廊下で話している。

 宝捜しが自宅以外の場所でその場所や建物と構造と、いま自分がどこに居るか把握できていなければ命がいくつあっても足りないのに、いつの間にか作戦室オペレーションルームのある区画まで来ていたことにやっと気付いたジュウザは愕然とした顔になった。

「かまいません。法のために人があるのではなく人のために法があるんです。法を守って難民の人達が死んでしまったら本末転倒です。責任は僕が取ります」

 スクィーラルの高官はまだ逡巡していたが、レオハロードの王子に強い視線で押され、頷くと駆け出した。

「…………」

 無表情を保ったジュウザが両手をズボンのポケットに突っ込んだままアンに歩み寄る。

 ジュウザに気付いたアンが彼に向き直り照れ臭そうに頭を掻く。

「恥ずかしいところを見られちゃいましたね」

 アンの前で立ち止まったジュウザが両手の親指をズボンのベルトにかけ、彼を頭頂から爪先まで舐めるように見やった。

「意外だな。そういうことをするタイプとは思わなかった」

「僕の人生の目的は一人でも多くの人を救うこと幸せにしてあげることです。……個人がエゴを剥き出しにすれば衝突が起き大勢の人が不幸になります。以前はすべての人が規則を遵守することが、多くの人を幸福にすると信じていました。でも……」

 表情を引き締めたアンはジュウザの目で視線を止めた。

「数か月前ある友人に教えてもらったんです。規則を守ることで人が不幸になることもあると」

 思い当たるものがあったようで若き宝捜しがかすかに口を開く。

「実は僕は高校生で生徒会役員もやってるんです。生徒会に在籍している生徒はバイト禁止なんですが、一人の女生徒がこっそりバイトしてたんです。僕はそのことを告発して彼女はバイトを辞めざる得なかったんですが……」

 アンは表情を強張らせ奥歯を強く噛み、拳を握りしめた。

「……一か月ほどして彼女は高校を退学したんです。彼女の家はすごく貧しく奨学金ももらえてなかったので、バイトは学費を得るためにどうしても必要だったんです……!」

 自分が一人の少女の人生を狂わせ不幸にしたことの後悔を咀嚼するように、強く握りしめたアンの拳から血が滴った。

「…………っ」

 その言葉をレオハロードの王子に言ったのはジュウザだったが、そのときは女生徒の事情を知らず単純にクソ真面目なアンを揶揄するつもりで言ったのだ。自分の言辞が思いがけず正鵠を得ていただけでなく、一人の少年の人生観まで変えていたことが気まずいのだろう。ジュウザが思い切り片足で床を蹴る。

「ジュウザさん?」

「っ。なんでもねぇ」

 どちらも紡ぐ言葉を見つけられないらしくしばし無言で、二人の少年は互いの顔を見やっていた。

 さきに沈黙に耐えられなくなったのはやはり負い目のある若き宝捜しだった。

「じゅあな」

「ジュウザさん!」

 立ち去りかけたジュウザが足を止め振り返る。

「僕と貴方は似てますね」

「はぁ!? オレは無頼の宝捜しトレジャーハンターでおめぇはご立派でお堅い救星拳騎団メサイヤフィストでどっかの国の王子様だろ? 全然違ーよ」

「いいえ似ています」

 レオハロードの王子は戦闘や権謀術数が日常の救星拳騎士にしては、あまりにも無邪気な笑みを浮かべた。

「~~~~っ」

 こそばゆいような照れ臭いような微妙な空気をごまかすためジュウザが乱暴に髪を掻く。

「~~っ。じゅあな」

「待ってください」

「今度はな……」

 駆け寄ったアンがジュウザの襟に手を伸ばす。

「失礼。襟が曲がってるじゃないですか。油顔だし髪も乱れてますよ。ハンサムが台無しです」

 言いながらアンは襟を正し、さらにポケットから取り出したハンカチでジュウザの顔を拭き、櫛で髪もとかす。

 一瞬表情が引きつり制止のため右腕も動きかけたものの、すぐに認識阻害化粧は専用の分解剤でなければ落とせないことを思い出し、ジュウザは頬を緩めた。

「……オッ」

 正体がバレるかもしれないことに思い至り「オカンか!? おまえは!?」という言葉をジュウザは危ういところで飲み込む。

「はい。終わりましたよ」

 一歩離れてアンは彼の”作業”の結果を眺めたが、出来栄えに満足したらしく頷いた。

「……じゃあな」

 三度同じ言葉を言うと背を向け今度こそジュウザは立ち去った。

 決して振り返らかなかったが彼の瞳と顔からは油とともに憂いが拭われ、足取りもずっと軽くなっていた。



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