第33話 PHASE3 生命の巫女 OUTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 12ー②

 両者の中間の石畳は大きく抉られて巨大なクレーターが生じていた。穴の底の大地は溶融し、エネルギーの残滓が熾火のように瞬いている。

 クレーターからは深く大きな亀裂が刻まれ、爆風で石畳が吹き飛びさらにその下の地面も抉られ、弾け飛んだ奔流と光条によって、顔面像と環状列石まで粉砕されていた。

 無論ジュウザとアンから離れたところで戦っていたダニーとプリトマート、ルックも爆風で飛ばされたが、三人とも態勢を整えて着地していた。

 ゾーイを乗せた浮遊担架も舞台外に浮かんでいたのでなんとか無事だ。

 歴戦の実力者である三人もこれほどの凄まじい激突は稀な経験なのだろう。蒼白な顔で唾を飲んでクレーターを眺めている。

 倒れていたジュウザとアンの指が同時にピクリと動く。

「くっ」

「痛ぅ」

 意識をはっきりさせるためどちらも頭を振りながら立ち上がり、互いを見据える。彼らの紅い瞳には相手の力量への驚嘆と敬意があった。

 一瞬視線を流しゾーイの無事を確認した若き宝捜しの口元が安堵で綻ぶ。

「ジュウザ!」

「アン!」「王子!」

 二人の少年が仲間へ片手を上げて制止する。

「引っこんでろ。おまえの手には負えねぇ」

「ここは僕に任せてください」

 さきほどの必殺拳の威力から考えて彼らでは敵わない、むしろ足手纏いになると悟ったらしい。プリトマートとルック、ダニーは素直に従った。

 互いを倒すことがリーダーへの最大の貢献と判断した、二人の救星拳騎士と銀河忍者が同時に石畳を蹴る。

 それを見たジュウザとアンは頷き再び互いへ視線を戻す。

 どちらも必殺拳を再度使用しても同じ結果を繰り返すだけで、相手に有効打を与えられずむしろ仲間を巻き込み可能性リスクがあると、躊躇しているようだ。

爆炎螺撃弾バンデッドリボルバー!!」

聖星光衝波セイクリッドコーション!!」

 回転式拳銃から発射された炎弾と星の光が転じた光条がまたも激突するが、結果は数日前と同じ。

 この結果を予想していたのか二人の少年は表情を変えない。

「「…………っ!」」

 若き宝捜しの双眸が鋭さを増す。

曲撃拳打ブーメランストライク!」

 閃光と化したジュウザが光速でアンに肉薄。

 彼の右拳が曲線を描く。

 抜群の柔軟性で上体を逸らし回避するアン。

 その態勢のまま蹴り上げた右足を振り下ろす。

撃踵槌打フォールハンマー!」

 ジュウザは右へ三十cmサイドステップして躱す。

 アンはそのまま右足を振り下ろしていれば一瞬とはいえ動きが止まり格好の的だった。だが、踵が地に達する前に左足のバネでバック宙。

 ジュウザの戦術は通常技で攻めて隙を作り、そこへ必殺技を叩き込んで一気に決めるという定番にして王道のものだったようだ。しかし、容易にアンに隙を作れずこのままでは何日も膠着状態が続きかねないと悟ったらしく、苛立ちから唇を噛む。

 とはいえ本当に焦燥に焼かれているのはアンだろう。彼も現状では膠着状態が何日も続くと予想しており、妹の容体が安定していてまだしも時間的な余裕のあるジュウザと違い、ダミエッタ星の戦況が逼迫している彼は、一刻も早く起動させた杖を持ち帰らなければならない。

「っ」

 再び必殺拳を放つためオラティオを極限まで高めるアン。虹色の雲が輝き蒼穹が光り天使達が長剣を構える。

「…………っ」

 アンの意図を悟り奥歯を噛むジュウザ。だが、逃げることはせず真っ向勝負を受けて立つ。ブラックホールが星間物質を吸収し螺旋が生じ、それが中核へ収束していく。

 それに連動シンクロして渾身の一矢いっしを射るため極限まで弓を引き絞るように、二人の少年は腰を落とし右腕を引く。

「熾星法平拳!!」

 右拳を繰り出すアンの背後で、天使達が一斉に長剣で刺突を放ち、その先端から光条が疾る。

「展破星……っ!」

 必殺拳を放とうとしたジュウザの目が見開かれ表情が凍りつき、こぶしが途中で止まった。

 幾何学模様を描いて空間を疾った無数の光条がジュウザを貫く。

「ぐわああぁぁっ!!」

 数多の光条に撃たれジュウザの身体が旋毛風に翻弄される枯葉のように宙に舞う。

「カハッ!」

 額から舞台に落下したジュウザの身体が仰向けで大の字に倒れた。舞台に激突したショックで額が大きく割れ、上半身の着衣はすべて破れ跳び、全身のいたるところから血が流れており、あちこち骨折もしているようだ。

「ジュウザ!」

 仲間の敗北を知ったダニーが駆け寄ろうとしたものの、プリトマートとルックに阻まれ、戦闘が続く。

「っ」

 倒れたジュウザにゆっくりと歩み寄るアンは、彼が必殺拳を繰り出すのを中止した理由を理解できないらしく怪訝な表情だ。

「なぜです!? なぜ拳を途中で止めたんですか!?」

 ジュウザは無言だが彼の視線が自分ではなく、その背後に向いていることに気付いたのだろう。アンがそちらへ振り向く。

 そこにはゾーイを乗せた浮遊担架が浮かんでいた。

「貴方は……」

 事情を悟ったアンの双眸が見開かれ唇から感嘆の息が零れた。

「命乞いはしねぇ。やれよ」

 殺していいのは殺される覚悟のある者だけであり、相手を殺そうとしておいて命乞いはできないと考えているジュウザはそうした言葉を一切発しない。アンの言動から認識阻害化粧はまだ取れておらず、彼に自分が”ジョン”であることは知られていないとわかっているようで、心優しいアンに友人殺しの負い目を背負わさなくてすむと思っており、ジュウザの顔には達観だけでなく安堵もあった。

「っ」

 若き宝差しはチラと妹を見やると「助けてやれなくてすまん」という意思を込めて目を伏せた。

「…………」

 無言でアンが倒れたジュウザへ右手を差し出す。

「?」

「被害が及ばない可能性もあるのに、万が一にも妹が傷つかないように己の身を犠牲にした……。やっぱり僕には貴方が悪い人だとは思えません」

 いままで濃い化粧メイクのように顔に張り付いていた強い怒りと戦意は拭われたように消え、アンの顔には十六歳にしてはあまりにも無邪気な笑みが浮かんでいた。

「…………」

 ああっ、そうだ。こいつはこういう奴だったと改めて納得したのか苦笑を刻み、ジュウザが痛みを堪えて上体を起こし友の手を取った。

「許してくれるのか?」

 手を取りそうとは知らず友を助け起こしながらアンも笑みを深くする。

「はい。ただし姉さんとルックさんには謝ってください」

 若き宝捜しは一端は立ち上がったものの傷が痛んだようで、顔を顰めよろめきアンに支えられた。

「ジュウザ」

「アン」「王子」

 視界に互いのリーダーの握手を捉えたのだろう。ダニーとプリマート、ルックも戦闘を止め駆け寄ってきた。

「すぐ救急メディカルキットを持ってくる」

 ジュウザの負傷を見たダニーが踵を返す。


 ダニーが取ってきた救急キットの中に入っていた医療用接着剤でジュウザは傷を塞ぎ、細胞賦活剤や消毒液が塗られた包帯を巻いてテープを張り、ギブスで固定し、最後に細胞賦活のカプセルを飲んだ。

 治療が終わるとダニーが新しい上着を肩にかけてくれた。この星は暖かいので保温ではなく、精神的な癒しのためだろう。

「エッ、プリトマート、ルック。すまなかった」

 ダニーに支えられて立ったジュウザは腰を直角まで折った。

 それだけでは怒りが収まらないルックが踏み出して怒鳴りかけたが、プリトマートが彼の――肩には届かないので――前腕を掴んで止める。

「私も戦士だ。並の女ように傷のひとつや二つで目くじらは立てん。だが、完全に信用されたとは思わんことだ」

 ある程度の許しの言葉を聞いたジュウザが顔を上げ、アンへ視線を向ける。

「おまえはレリクス本体と生命の巫女だけで杖を起動させられると思っているのか?」

「違うんですか!?」

 思いがけない言葉にアンの顔色が変わり、プリトマートとルックも顔を見合わせた。

「ああ。杖の起動にはもうひとつ必要なものがある。それは……」

 遠方に着陸しているアレイファルコンに目を向けたジュウザに、阿吽の呼吸でダニーがトレダスト星のアイテムを差し出す。

「必要になるだろうと思って医療キットと一緒に持ってきておいた」

 若き宝捜しが銀河忍者にニヤと笑う。

「さすが手際がいいな」

 ジュウザが右手で聖火トーチのように掲げたペン先に三人の救星拳騎士の視線が集中する。

「それが!?」

「これ自体はなんの役にも立たねぇガラクタだが、重要なのはここに刻まれている呪文コードだ。やり方も聞いてる」

 若き宝捜しが目配せすると銀河忍者が彼の通信端末を操作して、ゾーイの乗せられている浮遊担架を呼び寄せた。

 いまだ眠っている妹に一瞥を投じると、ジュウザは足元はふらついているものの一人で、神像の前まで歩を進めペン先を彼の顔の前に持ち上げた。

「△×〇◎~~♪~」

 決して大きくはないが朗々とよく通る声音で呪文を紡ぐ。

 詠唱が終わると同時に大地が揺れはじめ、神像が燐光のような淡い、それいでやけに目に刺さる光を発する。

 神像の額と思われる部分から担架のゾーイへ、スポットライトを思わせる光が降り注ぐ。

 蒼白だった少女の肌に急速に赤みが増し、豊かな胸がはっきりとわかるほど大きく上下し始める。

 桜色の唇が薄く開き長い睫毛もかすかに震え、頭上の空そのままの蒼さの瞳が姿を表す。

「ゾーイ!」

 よろめき転びながら駆け寄ったジュウザが妹の手を取ったが、彼の表情はまだ不安げだった。

 褐色の少女が寝転んだまま首だけを動かし兄を見やる。

「アニキ……」

「大丈夫か!?」

「うん……」

 ようやく安堵したらしくジュウザの表情が和らぎ、両目に涙が込み上げる。

「眠ってたけど周囲のことは全部わかってたんだ……。アニキとダニーが必死であたしのこと助けようとしてくれてたこと……」

 兄へ向けた少女の顔は泣き笑いで瞳には涙が宿っていく。

「アニキはあたしを助けるために一番大切にしていた宝捜しハンターの矜持まで捨てて……。ごめんね……。あたしが無理についてきたせいで……」

 もう片方の手で労わるように兄の頬を撫でた少女は哀し気で、目の端から空色の真珠が零れた。

 それまでゾーイの手を握っていた手の人差し指で彼女の涙を拭うと、ジュウザは快活に微笑み妹の髪をクシャクシャにした。

「気にするな。家族も助けられない息子を親父が”一人前”と認めてくれるわけがねぇ」

 兄妹を見守る仲間達は……。ダニーは泣き顔を他の人間に見られたくないのか、帽子の唾を深く降ろし無言で佇んでいる。アンとプリトマートは微笑んでいるが涙を堪えており、逆にジュウザ達への怒りはまだくすぶっていても人情家のルックが落涙していた。

 ふいにアンが遠くを見る視線で空を見上げた。彼の紅眼にはダミエッタ星が映っているのだろう。



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