第31話 PHASE3 生命の巫女 KNIGHT SIDE11ー②

「…………っ」

 彼方より到来しつつある巨大な意思と力を感じ、無意識に喉がゴクリと鳴り掌も汗ばみました。チラと見やるとプリトマートが畏怖の視線を最高司祭殿の頭上に向けています。姉は僕より魔法の素養があるので、知恵の神がおぼろに見えているのかもしれません。

「…………。ハァーーーッ!」

 気合の声が終わると同時に不可視の落雷が最高司祭殿を打ち、巨大な存在が現出したのを感じました!

「っ」

 吹きつける圧倒的な気に思わず右手で顔を庇いました。実際には最高司祭殿の姿はまったく変わっていないのに、別人のようで大きさサイズさえ数十倍巨大に見え、絵画が一色で塗り潰された如く室内を単一の”気”が支配します。

「人間達よ。なに用か?」

 間違いなく最高司祭殿の声帯が発しているはずなのに、声音もさっきまでとはまるで違って聞こえました。

「…………。ハッ!」

 圧倒されていたとはいえ神の御前で棒立ちという礼を失し態度だったことに気付き、慌てて片膝を着き頭も垂れました。隣でプリトマートも同じことをしており、背後でルックさんが跪いた気配も感じます。

「偉大なら知恵の神トトリスメギストスよ。貴男の叡智をお借りしたいのです」

 最高司祭殿=知恵の神が空中に浮かんでいる杖へ視線を向けられます。

「この杖についてか?」

「ハッ」

 窺うように上目遣いに見やると驚くべきことに、最高司祭殿は訝し気に眉を寄せ首を傾げています。つまりこのレリクスは神でさえ興味を覚えるアイテムだということです!

「これは……、とても古い物だ。我らツゥアハー・デ・ダナーンより古き、現在では名も姿も忘れられた古の神の創ったレリクスだ」

「!」

 驚きのあまり姉と顔を見合わせると、彼女も愕然とした表情です。

「そのレリクスはダミエッタ星をひいては共和国を護るために必要なアイテムなのです! 起動法をお教えください!」

これ・・を起動させるには生命いのちの巫女が必要だ。起動に成功すればその後の操作は高位の司祭か魔術師でも可能だが、最初の起動スタートは生命の巫女以外にはできん」

 杖へ向けられた最高司祭殿の指は震え出しており、早くも神が体内に宿っている負荷に耐えきれなくなっているのかもしれません。

「生命の巫女とはどのような女性なのですか!? どこにいるのですか!?」

「生命の巫女は極限られた星だけに産まれ受け継がれている存在だ。かつてはザナドゥエデンにも居たがいまはおらん。その所在は……うっ!」

 一度大きく仰け反ると最高司祭殿が床に両手と両膝を着きました。

「トトリスメギストス!?」

「所在は……、所在は……、「未定」星に迎え。そこで手がかりが……、カハッ!」

 吐血と同時に最高司祭殿の身体からガクッと力が抜け、同時に室内の色がもとに戻りました。司祭殿の肉体から神の意識が離脱したのでしょう。

「トトリスメギストス!? いえ、最高司祭殿!?」

 駆け寄って床に両手両膝を着いている最高司祭殿を助け起こすと、彼女の肌は蒼白で全身に滝のように汗をかき、なにも塗っていない唇からは短く鋭い呼気が漏れていました。

「もうしわけありません。これ以上知恵の神を留めておくことができませんでした。普段なら十分は持つのですが今日はトトリスメギストが興奮しておられたので、肉体への負荷がいつになく大きかったのです」

 歩み寄ったプリトマートが片膝を着き最高司祭殿に治療呪文をかけ、額に浮かんだ汗を彼女の白く無地のシルクのハンカチで拭いてあげています。

 回復呪文をかけたのに華奢な肩は小刻みに痙攣し呼吸も途切れがちで、最高司祭殿はそうとう衰弱しており、再度の神召喚はとても無理でしょう。

「ルックさん、神殿の救護班を呼んでください!」

 ルックさんはもう一度神召喚を頼みたいのか一瞬躊躇しましたが、僕が睨むと踵を返して駆け出してくれました。

 

 程なくして救護班の人族とドロイドが到着して、最高司祭殿は自立型浮遊担架リパルサーストレッチャーで運ばれて行きましたが、最後まで名残惜しそうにレリクスに好奇心の目を向けていたのが研究者らしかったです。

 救護班が降臨の間を出て扉が閉められると、すぐにルックさんが難しい顔になります。

「進展はしましたが……、星図のない航海ですな。「未定」星に行っても生命の巫女殿がそこにおられるとは限りません」

 ルックさんは悲嘆的に頭を振るものの僕は生命の巫女に心当たりがあったのでそうではなく、チラと視線を向けると姉も同じ様子です。

「いや、事態はそう悲観的ではない」

「と、おっしゃいますと?」

 顔を上げるとルックさんは訝し気な表情でプリトマートを見やりました。

「ダミエッタ星の遺跡で戦った宝捜しトレジャーハンターの少女。彼女は生命の巫女以外には起動させられないはずのレリクスを不完全にですが操っていました。彼女が生命の巫女ではないでしょうか」

「……っ、たしかに! しかし、彼女の所在がわからないことには……」

「彼女が生命の巫女で昏倒の原因が杖の影響なら尋常な手段では目覚めさせられないはずだ。あのジュウザという男も彼女を助けるため「未定」星へ向かうのではないか?」

 ルックさんが岩塊のような右拳でグローブのような左の掌をポンと打ちます。

「さすがはアン王子とプリトマート姫! わたくしのようなぼんくらには考えも及ばぬ精妙無比な推理の冴え!」

 あまりの賛辞に言われた僕と姉の方が羞恥を覚え、顔を見合わせて苦笑してしまいます。

「希望はあります! 「未定」に向かいましょう!」


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