第29話 PHASE3 生命の巫女 OUTLAW SIDE 11ー①
オレの前方には草一本生えていないテラフォーミング前の月面のような風景を背景に、銀河一の情報屋グノーシスの館がそびえていた。
館は太古の時代にこの星に生息していた巨獣の骨と牙で造られており、支柱は大腿骨などの一本の太く大きな骨で、壁や天井、床は骨を裂いて糸状にしたものを網のように組み合わせて作成されていて、主の強大な魔力の加護で完成してから数万年が経過しているはずだが、劣化はまったくしていない。内部は
頭上を見上げたオレは顔をしかめた。空は星ひとつない完全な暗黒、いや、ただの黒じゃなくタールの浮いた夜の海のように闇が濁り揺れ渦巻いている。何度見ても暗鬱な気分になる風景だが、なぜこんな有様なのかというと周囲数光年にこの星を取り巻くようにして、七つものブラックホールが存在しているからだ。普通なら数光年の距離にブラックホールがあれば惑星はおろか恒星でも吸い込まれちまうが、この星の星域は奇跡的に七つのブラックホールの重力が打ち消し合い均衡しているので存在していられるんだ。その特殊な環境ゆえ遠方からは光学的手段はおろか電波的方法でも内部を窺えず――その代わり内部から外部へも電波や光はおろか量子
もちろんこの場所を知っている奴は
(オレの親父はその数少ない一人だった)
チラと見やるとオレの左側の少し離れたところに立つダニーは一見無表情だが、心中を表すように右のこめかみの皮膚とその上のゲジゲジ眉が痙攣していた。
(こいつは魔導士が苦手だったな)
オレとダニーの間には眠り続けているゾーイを乗せた
担架の傍に跪き胴体の横に伸ばされている妹の左手を取ったが、心拍数が極限まで低下しているので氷のように冷たく肌も蒼白い。
「必ず助けてやるからな。
胸を張って一人前を名乗るためにも妹を死なせるものか!
視線を感じ顔を上げるとオレを見下ろすダニーの目尻と口元が、かすかに綻んでいた。
ダニーが頷いたので頷き返して、ゾーイの手をもとに位置に戻して立ち上がる。
目の前にある館の入り口は骨の糸を組み合わせて造った両開きの扉で、普通の奴なら巨獣の頭蓋骨を玄関にして口を入り口に歯を門扉にするだろうが、屋敷の制作者にはそんな洒落気もなかったらしい。
「…………っ」
ダニーのさらに左には館の主への報酬を乗せた
(持ってきた額で足りるといいが……)
充分な額を用意したつもりだが問題が問題だけに不安を払拭しきれねぇ。
オレは頭を振り無理矢理憂鬱を吹き飛ばすと、もう一度ダニーと頷き合い、白い門扉を叩いた。
数分して服を着た等身大の
だが、杞憂だったようでほどなくして主の部屋の前に到着し、木の人形も頭も下げてどこかに消えて行く。
やはり骨製の扉はぴったりと閉じられ微動もせず、主が向こうから開けてくれる親切心も洒落気も期待できないことはわかっている。オレ達が訪ねてきてることを理解しているのは間違いないので、礼儀で一度ノックしたあと扉を開いた。
それと同時に強烈な薬品の匂いとコポポッという気泡の漏れる音が聞こえてくる。
オレの学校の教室くらいの面積と天井の高さの窓のない部屋で、光源は四隅を中心に室内に何百本も置かれた蝋燭のみであり、扉の両側を含めて全面に天井まで達するサイズの木製の本棚が置かれ、それには紙一枚ねじ込む隙間もないほどびっしり古びた本が詰め込まれていた。室内に数個ある木の机の上には埃を被った羊皮紙や巻物、本棚に入りきらない書物、あるいはオレでさえ名前もわからない奇怪な生物が入れられた水槽、ビーカーなどの実験器具が所狭しと置かれており、匂いの発生源はこれらだ。
魔法の苦手なダニーが右手で鼻を覆うとしたが、目配せすると主の機嫌を損ねるかもしれないと気付いたらしく、顔をしかめながらも手を降ろした。
浮遊担架を引いたオレが最初に扉を潜って運搬車ドロイドが続き、最後のダニーが扉を閉める。
室内の中央の樫の木で造られたテーブル上に巨大な球形の水槽があり、その中に小さななにかが
「久しぶりじゃな。若き
水槽の内側から発せられたのに言葉は完全に正常に聞こえた。どこかにマイクが仕込んであるのか、特殊な発声法なのか誰にもわからない。
言葉を発した水槽の中の影は
こいつがこの館の主である銀河一の情報屋グノーシスだ。
「わたしのもとを訪れたということはそうとうな厄介な問題を抱えているのじゃろう? 妹のことか?」
人造人間の眼がギョロリと動きゾーイに視線が投じられた。
彼は情報料を依頼の内容で決めるので頷くとオレはここ数日のことを話した。特に重要だと思ったダミエッタ星の
その間グノーシスは質問や相槌を打つこともなく微動もせず聞いていた。もちろん必要なことがあれば訊ねるが彼は基本的に無駄口は一切発しない。
「…………」
説明が終わってもグノーシスは無言のままで、もともと皺だらけなのでわかりにくいが、眉間を寄せているようだ。珍しいことである。
やはりあの
「……ゾーイに触れてもよいか?」
「あっ、ああ」
頷くとすぐに水槽から光る蛇のような触手が伸び、それは触診する医師の指のような動きで――実際触診しているんだろう――、ゾーイの頭頂や額、こめかみ、喉……、各所に触れていく。
数分すると診察は終わったらしく光る触手は、巣に逃げ戻る蛇のような俊敏さで水槽へ戻った。
「…………」
再び人造人間は沈黙に沈んだが口から気泡が立ち昇り、眼が細まって身体の周囲の薬液もわずかに揺れているので考え込んでいるようだ。
「……五百億クレジットじゃ」
情報料を要求したということは答えられるということであり、グノーシスでもわからないのかと思っていたオレは安堵する。
「わかった」
通信端末を操作すると運搬車ドロイドが胴体側面のシャッターを開き、五百億相当の
一分ほどで貴金属が床にオレの肩までの光り輝く山を作った。
黄金の山を見てわずかに顔を上下させると、グノーシスはもう一度ゾーイへ視線を向けた。
「あの
「!」
まさかそこまでの
「杖は小規模だがこの宇宙の森羅万象を操ることができる。アーティファクトには及ばぬが極めて強力な力を秘めたレリクスだ。しかし、それだけに誰にでも使えるわけではなく、扱えるのは
妹を見つめるグノーシスの目がまた細まり、口からコポッと気泡が生まれた。
強い好奇心が生じ言葉が喉まで出かけたものの、人造人間が話の腰を折られることを嫌うのを思い出し、拳を握りしめてグッと質問を飲み込む。
「生命の巫女は極限られた星だけに産まれ受け継がれる存在だ。ゾーイはチキュウの生命の巫女だ。それが自覚も知識もなく不用意に杖に接触したので、レリクスが誤作動しその影響で昏睡状態になったのだ」
ゾーイを目覚めさせる方法は!? 再び出かけた言葉を歯を食いしばって堪える。
「ゾーイを目覚めさせるには「未定」星の神殿にある神像との接触と、トレダスト星にある物品に刻まれた
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