第27話 PHASE3 生命の巫女 OUTLAW SAIDE 10
ふと気付くとオレは暗黒の中に一人で立っていた。光は一点もないがどこか作り物じみた闇で、俗な表現を用いるなら暗幕で囲まれた安物の舞台のようだ。
(オレはアレイファルコンで宇宙を翔んでいたはずだが……?)
首を捻っているとふいに眺めていた方向に、立体映像が投影されたように映像が浮かび、その中では幼い黒髪紅眼の少年が走っていた。
少年の走っている地面は石や樹の根、凹凸の多い悪路で周囲に数個の浮遊砲塔が浮かび、それらが一斉に光条を放つが、少年はジグザグに走り跳び巧みに回避する。腰のホルスターから光線銃を抜き、駆けながら砲塔を撃墜していく。だが、そちらに気を取られ足元への注意が疎かになったために凹凸に足を取られ転ぶ。
倒れた少年に雨のように光条が降り注いだものの、
(あれはオレだ。七歳ぐらいだから宝捜しとして、拳戦士として修行をはじめてから一年ぐらい経っている)
場面は変わり七歳の『オレ』は木造建築の道場らしき場所で結跏趺坐していた。眉間に深い皺が寄り額に球の汗が浮かび、小さな身体からオーラが立ち昇る。ふいにカッと両眼を開き立ち上がって前方へ
(あの道場もさっきオレが走っていた場所も実際は屋敷内の
いまきっとオレの唇は苦笑を形作っているだろう。
(親父は凝り性で湿度や木や雨の匂いまでリアルに再現していたな)
映像の中の『オレ』は次々と厳しい訓練をこなして続く。垂直でほとんど手がかりのない崖を素手で登攀し、反対に足がかりのない崖を素手で降りる――もちろん崖も立体映像だ――、鍵開けやさまざまな
覚えなければならないことは大学教授か
(共和国の法律じゃ明白に児童虐待の過酷な訓練だが、オレは弱音をまったく吐かず乗り越えていった)
そしてそのたびに逞しい身体つきの壮年の男が褒めてくれる。そのときだけは『オレ』も年相応の無邪気な笑みを浮かべていた。
(課題をクリアすれば頭を撫でてくれる、親父のでっかい手の温もりとそれ以上に暖かい笑顔……。それのためならどんな厳しい訓練にも耐えられた。……にしてもあのとき『オレ』はあんな顔をしてたのか)
幼少時の悪戯をいまのオレしか知らない人間に見られたようで恥ずかしく、映像から視線を逸らす。
光が瞬いたので再び映像を見やると場面が変わっており、少しだけ成長した『オレ』の前に親父が、サラサラの金髪で褐色の肌の愛らしい顔立ちの少女を連れてきていた。少女は親父の影から顔を半分だけ出して、怯えと好奇心の混じり合った顔で『オレ』を見ている。親父が「この子は今日からおまえの
(正直あのときは面食らちまった。親父はゾーイの出自についてほとんど教えてくれなかっかたが、不倫の子じゃないことと、自分やオレと血は繋がっていないことだけは断言した)
初対面では飢えていたところを拾われた雌の子猫みたいだったゾーイは、すぐにまるで生まれたときから居たようにフリベンチャー家に馴染んじまった。最初オレは戸惑いもあって冷淡な態度だったが、どんなに冷たくあしらっても罵倒しても蹴っても、まさに雌の子猫みたいに纏わりついてくるあいつに根負けして”妹”と認めたんだった。
(……いまにして思えばあいつがあれほどしつこく纏わりついてきたのは、それまで独りだったんで”家族”ができて嬉しくてしかたなかったのと、与えられた”居場所”を喪いたくなかったからだったんな)
それにしてもゾーイは最初”イングリッシュ”とかいう聞いたことのない言語しか喋れなかったが、あれはアースの言葉だったんだな。
だが、それまで教育の機会を与えられていなかっただけでゾーイは非情に頭がよく、すぐに共和国の言語やそれまでイングリッシュでもろくにできなかったらしい文章の必読、四則演算も覚えた。
そうなるとお転婆ぶりも発揮して
次の映像に推移した。また少し成長した『オレ』が柄と鍔に宝石がいくつもはめ込まれた、光り輝く純金製の長剣を親父に見せている。『オレ』はゲッツボールの大会で優勝した子供のようなドヤ顔で、親父も頭を撫でたあと『オレ』の両脇に腕を入れて抱き上げ「でかした!」と褒めてくれる。
(十一歳のときはじめて一人で
……オレはその後も一人で次々と
それなのに親父は一人前と認めてくれなかった……。
(……認めない理由も教えてくれなかった。そのせいで何度も親父と大喧嘩しちまった)
認めさせようと不満と苛立ちをぶつけるように、オレは次々と高難度の
(……それでも無駄だった。何時からだったかは覚えてねぇが親父は高難度の探索を成功させたと言うと、褒めてはくれたがどこか悲し気だったな)
………………。
……これまでの流れから次に現れる映像を予感し、胸に鈍い痛みが生じ、五体が緊張で強張る。
眼前に予想通りの光景が映し出された。半壊した神殿でボロボロのダニーが片膝を着いていた。帽子もなく右腕も肘で千切れているものの、上腕を固く縛って止血しているので出血はさほどでもない。彼の見つめる先で三年前の十三歳の『オレ』が、血塗れの親父に縋って泣いている。
(拳戦士としても超一流で救星拳騎団最強の拳騎士とも引き分けたことのある親父が、負けるなんて当時のオレは信じられずこれは夢だと思った)
親父の顔にはあきらかな死相が浮かんでいた。
「親父……、親父……、死なないでくれ……」
こんな普通の子供ような声を出していたのかと驚くほど、悲痛な声が耳に届き胸の痛みが増し顔を顰める。
それでも視線は逸らさない。いや、逸らせない。
「……ジュウザ、俺はもう助からん。おまえとゾーイが一人前になるまで、大人になるまで傍に居てやれなくてすまん……」
(日頃から
力を振り絞って親父が右腕で手招きをして、ダニーが両膝と左手で這い寄ってくる。
「ダニー、ジュウザとゾーイを頼む。大人になるまで見守ってやってくれ」
血と痣だらけの顔でダニーが頷くと、親父はわずかに安堵したようでかすかに頬を緩めた。
親父が血で汚れ爪も剥がれた震える右手で『オレ』の頬に触れる。
(掌はこれがあの暖かった親父の掌かと疑うほど冷たかった……。とっくに死んでる状態だったのを気力で生命を繋いでいたんだろう)
親父の血で濡れた唇が小刻みに痙攣しながら言葉を紡ぐ。
「……これから
言い終わると同時に大量に吐血した親父の身体から力が抜け、青い瞳からも光が消えていく。
「親父ぃーっ!!」
『オレ』がもう上下していない親父の胸に縋って号泣している。いまのオレも胸をレーザーソードで抉られたような痛みと熱さを感じ、耐えきれず顔を背けた。
(……親父が死んだこととダニーに子守を託された、最後まで”一人前”とも”大人”とも認めてもらえなかったことのどちらが哀しかったんだろう?)
自分で勝手に”一人前”を名乗れなかった。これがどれだけ実績を上げても周りから讃えられても、オレが一人前を自称しない理由である。
(死んじまった以上親父に一人前と認めてもらうことは永遠にできなくなっちまった。だが、一生半人前のままで終わるのは絶対いやだった)
親父は銀河最大のお宝である
そう考えて親父が死んで以来ずっと神具を探してる。前にも書いたが神具を見つけるのが生涯の目標だ。だが、いまだ目ぼしい情報は入手できていねぇ。
軽い苛立ちを覚えた次の瞬間次元湾曲のように周囲が揺れ、暗幕――布――のようだった周囲の黒が、金属の如くひび割れ剥離した。
「っ!」
視界にオレを見下ろす帽子を被っていないダニーの顔が飛び込んできた。
「大丈夫か? ひどくうなされていたぞ」
「……っ」
両頬は熱く鈍い痛みを放っており、どうやら頬を叩かれて起こされたらしい。
夢を見てたんだ。オレ達は銀河最高の情報屋を目指して、アレイファルコンで高次空間を翔んでいるんだった。
ダニーが差し出してきた水の入ったコップを左手を上げて固辞する。彼に心配させた不甲斐なさに苛立ち唾を吐きたくなったが船内なので自嘲する。
船窓の外は高次空間で漆黒を
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