第24話 PHASE2 邂逅《エンカウント》 交わる路《クロスロード》 OUT LAW SIDE & KNIGHT SIDE 8-③

巨躯に似合わぬ敏捷さで跳躍したルックが、ショルダーアタックでゾーイを弾き飛ばす。

 褐色の少女は空中で蜻蛉を切って両脚で着地。

 さすがに危険を察したらしく顔を上げたアンは、ジュウザの雰囲気が和らいだことで、懇願の受諾を予想していたようで愕然とした表情である。

「ゾッ……」

 同じく唖然としていたジュウザが妹へ声をかけたが、その言葉は怒声に遮られる。

「油断させておいて不意打ちとはな! 卑劣にもほどがある! 瞬きよりも短い刹那でも貴様達を信じた私が愚かだった!」

 常に冷静沈着な女救星拳騎士も可愛い弟を卑怯な手段で殺されかけたことで激怒しており、普段は石化石膏の白さの顔も熟した赤薔薇のように紅潮していた。

 咄嗟に彼女の怒りを抑えるためか、誤解を払拭するためか、ジュウザが広げた両掌を振る。

「ちっ、違……」

「甘いよ! アニキ!」

 普段は聞く者を明るい気分にさせるほど闊達で明朗な少女の声音は、いまは濁り沸騰したような憤怒で染まっていた。

あれはあたしのものだ! 何十億人死のうがあたしのものだ! 誰にも渡すもんか!!」

 レリクスを睨む少女の空色の眸は血走り日没間近の曇天の如く紅く濁り、愛らしい顔は赤子さえ平然と殺すほどの妄執に囚われているかの如く歪んでいる。

 一同を睥睨する壇上の杖はいくつかの神言語と紋章を輝かせていた。

「……ゾー……イ……?……」

 はじめて見る妹の姿にジュウザの顔に、入室者がクラスメイトだと理解したときと、同じくらい激しい動揺が浮かぶ。

 その場にいた誰も気付いていなかった……。杖を巡る競合者かもしれない存在を認識すると同時に、少女の瞳に陰火の如き火種が産まれ、それは静謐なまま次第に昏さと激しさを増していたことを……。

 兄の言葉を無視して褐色の少女が若き救星拳騎士を睨む。蒼天に稲妻が走るように空の色の瞳がキラと輝く。どうやらアンが相手の側のリーダーだと判断したらしい。

 ゾーイが右肘をアンに向かって構え、さらにその腕に左腕を添える。

「シッ!」という短い呼気とともに、石畳が砕けるほどの勢いで床を蹴る。

「! 待て!」

撃圧肘搾プッレシャーズボンバー!」

「! 王子、姫、お下がりください!」

 アンとプリトマートの前に跳び出て、褐色の弾丸と化した少女を受け止めるルック。

 ゾーイが彼女の十倍を超える巨体のドラゴノイドを三メートル以上押し込む。鍵爪のある両脚で轍を刻まれ石畳が白煙を上げる。

「ぬうっ……」

 一見ルックはゾーイを受けとめたように見える。だが、ドラゴノイドの両掌と少女の右肘の間でまだ威力はくすぶっている。

 ふいにゾーイが力を抜く。

 つんのめるルック。

 すでにそのとき褐色の少女はドラゴノイドの頭上に跳躍していた。

 回転しさらに全体重をかけて、光速に近い速度で右の踵を振り下ろす。

転踵搾槌撃スクイーズローション!」

 ルックが反射的に頭上で両腕を交差させて防御しようとする。

 だが、間に合わず右足が狭間をすり抜け、右踵が彼の頭頂を直撃。皮革が割れ噴き出す鮮血。両脚の裏が床にその形の窪みを作る。

 少女の体重は四十キロそこそこであるものの、ドラゴノイドに加わった負荷は大型戦車の重量をはるかに超える。

 着地すると同時に間髪を入れず追撃を行うゾーイ。膂力だけでなく立ち上がる力も加えてルックの顎に拳を繰り出す。

噴上射拳ジェットランチャー!」

 まさに火山の噴火の如き勢いで血を巻きながら吹き飛ばされるルック。

 天井に激突してもなお勢いが余り石面に身体がめり込む。

 わずかな遅滞のあと受け身も取れず床に落下した。

「ゾーイ……!」

「…………!」

 ジュウザとダニーはともに双眸を見開き、絶句していた。

「ゾーイにあんなオラティオ戦闘力があったのか!?」

「あれはあきらかに相手を殺すつもりの連撃だぞ!」

 彼らより甘ちゃん優しいと思っていた少女の非情な行動と、想像外の強大な戦闘力に驚き、二人の保護者が顔を見合わせた。

「ルックさん! ……っ」

 従者を気遣い彼に駆け寄ったアンとプリトマートも、愕然とした表情をゾーイに向ける。拳戦士フィスターの戦闘力は肉体の優劣ではなくオラティオで決まる。そうわかっていても年端もいかず、華奢で愛らしい少女がこれほどの実力とは思っていなかったのだろう。あるいは余りに苛烈な攻撃に驚いたのかもしれない。

「だっ、大丈夫……です。しかし、あの少女は侮り難い拳戦士ですぞ」

 額と牙の隙間から血が流れているもののルックは頭を振りつつ立ち上がった。同程度のオラティオで肉体を強靭化していたとしても人間では重傷だったろうが、ドラゴノイドの頑健な肉体は軽傷に留めている。

「っ」

 放ったオーラで流星のように尾を引きながら、ゾーイが三人の救星拳騎士へ突貫。

 拳、手刀、肘打ち、蹴り。各種技術をフル動員して加えられる猛烈な攻撃ラッシュ

「ゾーイ! ……ダニー!」

「わかっている」

 ようやく我に返ったジュウザとダニーは、ゾーイを止めるには力尽くしかないと悟ったようで、頷き合い同時に飛び出そうとした。

 天井が夜空に塗り替えられ二人の頭上に半月が浮かぶ。

 半月を切り裂いて舞い降りるしなやかな肢体。

半月鞭襲撃クレセントウィップ!」

 女救星拳騎士必殺の蹴り技によって石畳が大きく切り裂かれる。あたかも巨大なレーザーソードが振り下ろされたようだ。裂けめの底は見えない。

「くっ」

 さしもの宝捜し達も跳び退かざるえない。

 咄嗟に腕で噴き出した白埃から目を庇うジュウザ。

「仲間を助けには行かせん!」

「っ。違う! オレ達は……、!」

 この場でジュウザが言葉を尽くして釈明していれば、あるいは展開は変わっていたかもしれない。しかし、ゾーイがルックの岩塊ような拳で顔を殴られ、血を吐きながら吹き飛ばされる姿を見た、彼の血は瞬時に沸騰。予想外の事態の連続に若き宝捜しの精神は、揺さぶられてお混乱しており普段なら、抑えられる怒りを抑えられない。

「どけぇっ!!」

 激情のままに拳を振るう。無造作だったが怒りで上昇したオラティオによって、威力は侮れない。

 冷静だったプリトマートには感情に任せた拳を防ぐことは難しくない。右腕で防御ガード

 すかさずダニーが追撃を入れ女救星拳騎士の態勢を崩す。

 ジュウザは一瞥も投じず心の中だけでダニーに礼を言い、妹へ向かって跳躍。

「待て! くっ」

「おまえの相手は俺だ!」

 プリトマートが追いすがろうとしたが、ダニーに阻まれた。

 床に叩きつけられたゾーイは上体は起こしているものの、まだ立ち上がれていない。

 倒れたままの少女へアンの制止を無視してルックが攻撃が放つ。

「やらせるか! 野光閃遊拳(ランペイジストライク》!」

 憤怒で高まったオラティオは刹那で必殺拳の発動を可能にしている。右肩を起点に描かれる幾何学模様。打ち込みの途中で軌道を変えることの得意なジュウザは巧みに妹を避け、アンとルックのみに拳撃を命中させる。

 アンとルックは両腕で防いだものの威力で数十センチ押され、一瞬動きも止まった。

「ゾーイ、大丈……、やめろ!」

 その一瞬でオラテイオを燃やし力を取り戻したゾーイが、アンへ躍りかかる。憑りつかれたように我武者羅に蹴りと拳を繰り出す。

「くっ」

 妹を制止ししようと床を蹴ったジュウザの前に、ルックが立ちはだかった。

「お主の相手は私だ!」

「…………っ!」

 ドラゴノイドの巨体によってゾーイの姿がジュウザから見えない。それが焦燥をかきたてたらしく若き宝探しの顔が怒りに歪む。

 さらに不運が連鎖していく。

 もはや相手を気遣う余裕はなく本気の一撃を放つジュウザ。本気で応じるルック。

 アンとゾーイ、プリトマートとダニーの攻防もますます激しさを増していく。

 六人の拳戦士が宝物の間を光速で、あるいはそれに近い速度で跳び交う。室内全域に閃光で描かれる幾何学模様。交差した瞬間に交わされる拳。激突よって破裂する空気。柱に床に天井に拳痕と亀裂が刻まれていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る