第23話 PHASE2 邂逅《エンカウント》 交わる路《クロスロード》 UOTLAW SIDE & KNIGHT SIDE 8ー②

 アンとプリトマート、ルックも先客の三人――特にジュウザ――の挙動に違和感を覚えたらしく無言で目配せアイコンタクトを繰り返していたが、このままでは埒があかないと思ったようでプリトマートの首肯に押され、代表としてアンが進み出る。

「王子」

「ここは僕に任せてください。僕がいいと言うまで絶対に攻撃はしないでください。いいですね」

 静かな口調でもアンの言葉には有無を言わさぬ強さがあり、それでもルックは逡巡しているのか助けを求めるようにプリトマートを見やったが、彼女が頷いて弟の意見を肯定したので、覚悟を決めたらしく嘆息したものの肩を竦めて退く。

 アンがルックに微笑みかけさらに一歩踏み出す。本来なら緊張の糸がピンと張り詰める場面なのに、ジュウザが混乱と戸惑いを払拭できていないので、どこか演劇で超科学都市を背景に古代英雄譚が演じられているような違和感があった。

「貴方達は宝捜しトレジャーハンターですね」

 泣いている迷子を安心させるときの笑顔と声音でアンが言葉を紡ぐ。

「っ」

「そうだ」

 思いがけず友人と遭遇したジュウザの混乱を気遣ったのだろう。彼が答える前にダニーが返答した。

「僕はアンフォアギヴン・ミクシード・レオハロードといいます。うしろにいるのは……」

 一端言葉を切りアンがうしろの二人を右手で指し示す。

「……僕の姉のプリトマート・ロゼ・レオハロード、ドラゴノイドの人が僕と姉の……従者のルック・ガード・スクワィアさんです。お察しのとおり三人とも救星拳騎団の拳騎士です」

 アンは人好きのする笑顔を崩さないが、ルックは強い警戒の目で三人の宝捜しを睨んでおり、プリトマートも彼らに好感は抱いていないようで、豊かな乳房を抱えるように双乳の下で腕を組み厳しい表情である。

「昨日シャビィタウンを襲撃した蛮族軍を撃退してくれたのも貴方達ですね」

「っ」

「そうだ」

 再びダニーが答えようとしたが、その前にジュウザが肩を掴んで彼を押し退けて前に出た。

 さらに若き宝捜しは妹よりも前に歩を進め彼女を背後に庇う。

 アンに気を取られるあまりジュウザはゾーイの顔を見なかった。

「共和国を代表して感謝を述べます。名乗り出れば数億クレジットの褒賞をもらえたのに、なぜそうしなかったのですか?」

「蛮族の討伐は町の住人に賞金稼ぎバウンティハントとして依頼された。二重契約はしない主義だ」

 ジュウザの姿勢に本物の敬意と好感を抱いたらしく、アンが心から微笑む。

「プロですね。すばらしいです」

「……お世辞はやめろ。本題を言え」

 無論ジュウザもアン達の目的の見当はついているのだろう。苦労し危険を冒してまで遺跡に挑む動機はひとつしかない。……そうであれば戦闘は避け難く「違ってくれ」という願いを込めて、彼はすがるような目でクラスメイトを見やった。

 一瞬紅眼に躊躇がよぎったものの比喩的な言い回しを用いるより、はっきりと言った方がいいと思ったようで、アンが一度杖レリクスを見据えたあと決意の表情で言葉を紡ぐ。

「単刀直入に言います。貴方達も命を懸けてそのレリクスを手に入れるためにここまで来たのでしょう。その努力には心から敬意を払います。ですがそのつえは蛮族軍からこの星を、ひいては共和国を護るためにどうしても必要なのです。もちろん代替としてそれなりのクレジットはお支払いします。僕達に杖を譲ってください」

「…………っ」

 予想通りのそして望んでいなかった回答にジュウザが、一瞬の沈黙のあと天を仰ぐ。

 改めて友を見やった若き宝捜しの紅い瞳は心中で渦巻く、さまざまな感情と激しい葛藤を表し万華鏡のように瞬く。友人とは戦いたくないのだろう。しかし ジュウザは奥歯が砕けるほど強く歯を食いしばり、手袋が爪で破けるほどの力で拳を握りしめて、アンを見据える。

「断る」

 若き宝捜しの背後で成り行きを見守っていたダニーが満足気に頷き帽子の唾を揺らす。ゾーイはいつの間にか俯いていて表情はわからない。

 プリトマートが軽蔑で鼻を鳴らし、ルックの茶色い鱗の下の筋肉が怒りと緊張で肥大した。

「どうしてですか!? その杖にはこの星の命運がかかってるんですよ!?」

 彼にとって予想外の答えだったらしく、アンが右拳を握って掴みかからんばかりの勢いで踏み出す。

「すでにおまえが杖を入手していたならいざしらず、まだオレとおまえは宝を競合中・・・だ。一度決めた標的ターゲットはいかなる困難や強敵が立ちはだかっても、諦めねぇというのがオレの矜持だ。宝を譲るのは矜持に反する」

「……貴方がプロとしての矜持を貫こうとするのは尊いことだと思います。でも杖にはダミエッタ星二十億の人命がかかってるんですよ!」

 杖を持ち去ることでこの星の住人が全滅するかもしれないという事実に良心の呵責を覚えたのか、かすかに顔を顰めジュウザが視線を逸らす。

「オレは慈善家フィラァンスラァピィストゥじゃねぇ。この星がどうなろうと知ったこっちゃねぇ。……それにここで宝を放棄したら……、矜持を放棄したら……、オレは二度と胸を張って一人前・・・を目指せなくなっちまう」

 ジュウザの冷酷な発言に一瞬アンの目の赤みが増したが、「二度と一人前を目指せない」という言葉への好奇心が勝ったらしい。

「二度と一人前を目指せないというのはどういう意味ですか?」

「おめぇにゃ関係ねぇ」

 目の前でシャッターを一気に閉めるような、明確な拒絶だ。

「っ」

 なおもアンは説得を続けようとしたがプリトマートが弟を押し退けてジュウザと対峙し、ルックも二人の主を護るべく女救星拳騎士と並ぶ。

「アン、口先でかっこつけていてもこいつらのような賤業を生業とする者は、己の口座に入金されるクレジットがすべてなのだ。無辜の民の命より”金”が大事なのだ」

「このような屑どもには鉄拳を持って接するしかないのです!」

 女救星拳騎士とドラゴノイドの双眸に戦意が漲り、身体からオーラが立ち昇りはじめる。

 浴びせられた聞き慣れた罵倒にジュウザは苦笑したものの、それによってかえって気持ちが楽になったらしく顔の険が薄まった。

「ジュウザ」

 ダニーが若き宝捜しの隣に立つ。彼は唾を大きく上げ救星拳騎士達を睨みつけていた。

 だが、ダニーも背後に庇いはしたものの、俯き続けているゾーイに声をかけなかった。

 二人の宝捜しも戦いの構えを取り彼らからもオーラが立ち昇っていく。

 今度こそ室内の空気が極限まで引き絞った弓の弦のように張り詰め、闘技場を背景に対峙する戦士達の劇が演ぜられる。

「待ってください!」

 姉と従者を両腕で押し分けて再び先頭に立つとアンは、ジュウザの目を正面から見つめた。

 予想外の行動にジュウザの片眉がわずかに上がり、ダニーの帽子の唾も揺れる。

「僕には貴方が拝金主義者マネーウォーシッパーだとは思えません。そうなら政府にも報奨金を要求したはずです。貴方は……気高い人です」

 思わぬ賛辞に若き宝捜しは虚を突かれたようだが、今度は決してアンから目を逸らさず偽悪的に口角を上げる。

「オレはそんな善人じゃ……」

 ふいにアンは石畳に両手両膝を着き額も叩きつける。

「アン!」

「王子!」

 プリトマートとルックを無視してアンが叫ぶ。

「お願いです! あの杖を譲ってください! 僕のためでもダミエッタ王のためでもなく、この星の民のために!! 譲ってくださるなら僕のすべてを貴方に差し出します!!」

 敵意を見せている人間に対してあまりにも無防備な姿だ。

「…………」

 再び虚を突かれたらしくジュウザはまず顔をしかめ、次に苦笑しつつ数回頷き、最後に肩の力を抜く。

 若き宝捜しの面からは憑き物が落ちたように険がなくなり、穏やかな表情が浮かんでいた。

 このままなにも起きなければ《・・・・・・・・・・・・・》すべては平和的に解決したかもしれない。

 しかし――

 それまでなにも言わず下を向いていたゾーイから、突然強烈な敵意の宿ったオラティオが爆発的に拡散。

 ゾーイの姿が消失。

 ほぼ同時に上空に出現。褐色の少女が弓を思い切り引き絞るように、揃えた両脚を膝が鼻にぶつかるほどたわめる。

旋突螺撃蹴スパイラルドライバー!」

 褐色の矢が錐揉み回転して跪いたままのアンを襲う!

 いかに実力で上回っているとはいえ強化鋼鉄デュラスチールとシールドで保護された、戦闘機さえ紙のように貫通する一撃を無防備に受けていれば、致命傷になったかもしれない。

「王子!」

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