第21話 PHASE2 邂逅《エンカウント》 交わる路《クロスロード》 KNIGHT SIDE7
鼻先を蛾に似た昆虫が擦過して僕は反射的に目を瞑り、上体をのけ反らせてしまいました。
気遣いの言葉をかけてくるプリトマートとルックさんに、笑顔で片手を上げて答え、再び前方を見据えます。
視界には幅は人間なら成人が三人並んでも余裕があり、高さは僕が爪先立ちになり限界まで手を伸ばして指先も天井に届かない、タイルを隙間なくはめ込まれた通路が続いていました。通路全体が魔法で淡く発光しているので光源は必要ありませんが、床は一般人なら歩行が困難なほどの角度で下へ傾斜しています。
ここはダミエッタ星第三大陸の辺境にある、前時代に建築された巨大な地下遺跡です。
なぜ僕達がここにいるのかというと昨日蛮族軍を退けたあと、カンザス星の別荘でダミエッタ王と謁見したのですが、彼にこの遺跡に眠る神代のレリクスを確保するように指示されたのです。レリクスの力は強大でそれだけで確実に四災の槍を撃退できるそうです。
どうやら刻詠みの長がおっしゃっていた、ダミエッタ星に眠る”大いなる力”とはこのレリクスのことだったようです。僕達三人だけが派遣された理由も納得できました。やはり彼女の予知は正しかったのです。勝利への明確な希望が見えて僕達は歓喜しました。
そうそうレオハロードの王族である僕と姉がカンザス星の民を助けたので、当然なにもしなかった王は僕達と比較され、カンザス星の市民に批難されかなり立腹して――本当に民を護ろうという意思は欠片もありません――いました。少し溜飲が下がりましたね。
またこの地に来る途中に飛行機の内部で聞いたのですが、遺跡近くにあるシャビィタウンという町を昨日――僕達が戦った部隊よりは小規模だったそうです――蛮族軍の部隊が攻撃したそうです。彼らはたまたま町に滞在していた三人の高位拳戦士が撃退したそうですが、その人達も姿を消したとのことでした。
カンザスの部隊もシャビィタウンの部隊も、いかなる手段でダミエッタ星の防御シールドとレーダー網を察知されず透過したのか、同星の極秘情報を知ったのかまったく不明です。
「…………」
見えない脅威に子供のころ母に聞かされた御伽噺の
「っ」
ほぼ直角の角を右折したら三十メートルほどさきは石壁で、通路は左右に伸びています。
「右だ」
背後から聞こえたプリトマートの声はいつもどおり凛としていますが、やや張りがなく疲労が窺えました。
振り返るとルックさんが左手に持った通信端末から投影された、この遺跡の
地図へ視線を向ける姉の端麗な顔は擦過傷と痣、泥に塗れ、豊かな光沢のある金髪も枯草のように萎び、埃と泥で汚れ、汗で額に張り付いています。並の姫君や令嬢なら泣き出しているでしょうが、拳戦士として厳しい修行を積み、地獄の実戦も何度も経験しているので不満は一言も口にしません。ですが柳眉は八の字に寄り、右の爪先は小刻みに上下しています。
プリトマートは酷い格好ですがそれは僕とルックさんも同じで、拳騎士として敵地への潜入任務や味方の救出任務の訓練も受けていたのですが、それと遺跡探索――トレジャーハンティング――はかなり異なり、急坂と化す階段、傾斜した通路を下っているとき上方から迫る巨大な鉄球、釣り天井、警備ドロイドと魔像……、数々の罠に大苦戦しました。
王に供与された地図と拳戦士の超常バトルにも耐えられる防護服がなければ、すでに二、三回死んでいたかもしれません。
「なにをぼさっとしている? ええっい、私が行く」
見やりながら感慨に耽っていると、姉が僕を押し退けてさきに進みました。普段の彼女は決してこんな軽率な行動はしないのですが、地下遺跡という精神を圧迫する環境と、疲労からやや精神の平衡を失っているようです。
「姫様! 大きな罠と違って小さな罠は地図に記されておりません! 危険でっ……」
ルックさんの言葉が終わらないうちに天井から矢が飛び出し、プリトマートの胸に命中しましたが、防護服にはね返されカランと渇いた音を立てて床に転がりました。
「姫様!」
血相を変えてルックさんが姉に駆け寄り、僕も続きました。
「お怪我は!?」
「……大事ない」
防護服には小さな綻びさえ生じておらず、たいした痛みも感じていないはずですが、プライドの高いプリトマートは自身の失態が許せないようで、忸怩たる表情で唇を強く噛んでいました。
「…………っ。……姫様、王子! やはり
わずかに躊躇したもののルックさんが断固たる口調で提案しました。
「それではこの遺跡は爆破される。私達は耐えられるだろうがレリクスが破壊されたら、取り返しがつかぬ」
「しかし、お二人の身に万が一のことがあっては……!」
姉はまずルックさんを見やり次に僕に視線を向けました。瞳の彩から意図を理解した僕は、彼女と頷き合います。
「いまの僕と姉はレオハロードの王子と姫じゃなく任務中の拳騎士です。僕も姉もこの道を選んだときから死は覚悟しています」
「……それに下賤な
「…………っ」
やや職業差別的な姉の物言いに引っかかるものを覚えましたが、場を弁えなにも言いませんでした。
「せめて私が
握りしめたルックさんの岩のような拳から血が滴り、咢の隙間から炎を噴き出し、亀裂が入るほどの勢いで尻尾が床を打ちました。
遺跡に入った直後はルックさんが先頭だったのですが、内部では彼の巨体と体重は罠を起動させやすく、おまけにスペースを奪って僕とプリトマートが動きにくくなり、かえって危険だったのです。
尻尾が床を打った振動でさっき落ちた矢が下へ転がっていきます。
「ずいぶん下ったよね。遺跡へは山の頂上近くから入ったけど、もう地表の地下にまで降りてるんじゃないかな?」
僕の言葉に姉とルックさんが立体映像の地図を調査しましたが、そういった類の情報は表示されていないので真相はわかりません。
「……昨日近くの町を蛮族軍の揚陸艦が襲撃したのだ。この遺跡にも奴らが侵入している可能性も皆無ではない」
「たしかに! 彼奴らがいかにしてレーダー網とシールドをすり抜けたのか不明な以上、その可能性も否定できませんな!」
三人で一斉に見やった通路は急な角度で下に傾斜しているので、明るいのに奈落へ続いているように思えました。
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