第20話 PHASE2 邂逅《エンカウント》 交わる路《クロスロード》 OUTLAW SIDE7
オレが動物の骨を踏み砕いた音に驚いたのか、百足が石壁の割れ目に逃げ込む。
シャビィタウンを襲った蛮族軍を撃退した翌日、オレはダニー、ゾーイと共にタウン近くの遺跡に居た。
……威力偵察が行われたのなら翌日にも蛮族軍の本体が現れても不思議じゃねぇ。オレとダニーだけならいざしらずゾーイには危険過ぎるし、もともとあいつがいるのは想定外の状況だ。今回はハンティングを諦めて撤退するつもりだった。しかし……。
苦い気持ちで爪先で足元の小石を蹴り、ダニーと顔を見合わせると彼もしかめっ面で眉間には深い皺が寄っている。
彼とオレの間を歩いているゾーイはもうしわけなさそうな表情だが、蒼い目は異様な輝きを帯び、呼吸はマタタビを前にした雌猫のように荒く、褐色の肌も紅潮し汗ばんでいる。
今朝ホテルのゾーイの部屋――年頃だと思ってオレやダニーと別の部屋にしたのがまずかった――に行ったら、妹の姿はなかった。ダミエッタ星に向かう宇宙船でのこともあったので、この展開はある程度予想しており、昨夜あいつの食事に
……すぐに妹を連れて遺跡を出ようとしたんだが、
ゾーイの挙動に気を配りつつオレ達はしばし無言で歩を進める。
ふいにシャビィタウンのことが頭に浮かぶ。オレ達が蛮族軍を片づけたあとようやく到着したダミエッタ軍は、いま町でけが人の治療や瓦礫の撤去を行っているはずだ。名乗り出ればこの星の政府からそこそこの額の報奨金がもらえるはずだが、事務作業やマスコミにたかられるのが面倒なので
この遺跡はなかなか手強い。まず入り口は急流の中に巧みに隠されていたし、入ってすぐからかなり複雑な
並の
もっともその代償に準備していた装備の過半数を失い、全身傷だらけで泥塗れなっちまたがな。
なに? おまえは数百メートルの揚陸艦を一撃で破壊できる必殺技を持ってるんだから、オラティオの力を使えばそんなもの無傷で突破できるんじゃないかって?
たしかにそうだ。しかし、以前にも言ったように遺跡探索ではオラティオの力を使えないわけがあるんだ。宝捜しの大半はオラティオで超常の力を行使できる拳戦士だが、財宝や貴重な物品を隠匿する者の大半は無力な一般人だ。彼らはどうすると思う? 内部で一定値以上のオラティオが検知されたら、遺跡が丸ごと爆破される魔法装置をしかけるんだよ。最初期の人族文明の根幹はオラティオだったから、古代より対オラティオの防御装置は――魔法的なもの機械的なもの問わず――そうとう普及していて、それゆえ安価で隠匿する資産のあるくらいの奴ならたいてい購入できた。遺跡全体が爆破されてもオラティオで身体強度を重戦車より強固にでき、技で宇宙戦艦のシールドより強力な障壁も作れるオレ達上位拳戦士はたいてい生き残れるが、お宝はそれほど
今回はトレジャーハンティングじゃなくて、妹を護って遺跡から脱出することが目的だから、宝を気遣う必要はねぇんだが、稀にてめぇの宝が奪われるくらいなら周囲もろとも焼き尽くしてやる、って奴もいて核や反物質爆弾並の威力を仕込んでる奴もいるので迂闊な真似はできねぇ。
そんなわけでオレ達は現在遺跡の通路を進んでる。三人並んでもまだ余裕があるくらいの幅で、天井はオレが背伸びして思いっきり手を伸ばしても届かない高さであり、床壁天井すべて同じ
「っ」
目の前の床を鼠がチョロチョロと走り抜けた。……こいつや百足、蜘蛛、近縁種の小動物はどんな超技術で建築された軍事要塞や遺跡にも入り込む。こいつらがいなかったのは内部の生き物の生命力を吸収する呪いをかけられた遺跡だけだ。
案外人族と蛮族が滅びたあとも、こいつらは宇宙の終焉まで生き残るのかもな。
先行させているドロイドが間断なく床に空気を噴射して圧力をかけ、落とし穴やその他の罠の起動装置がないか精査中だ。
ふいに通路全体が明滅して、視界が漆黒に塗り潰される。
ゾーイが息を呑む音が聞こえ、かすかに気配も動いたが、オレの服を掴むような真似はしなかった。
(怖くても弱みはみせないか。勝気なこいつらしいな)
「待て。いま灯りを出す」
背嚢を床に降ろして口を開けようとした瞬間、光が戻った。
安堵したゾーイが笑顔で見上げてきたので、オレも苦笑しつつ肩を竦める。
もう一度同じことが起こった場合に備え、取り出した
チラと隣を歩くゾーイへ視線を向けると、ここまでの冒険で髪も顔も傷と泥だらけで、疲れているようだが怯んでいる様子はまったくない。
(ここまで足手纏いになることはまったくなかった)
ゾーイがオレやダニーと一緒に冒険したいために、どれだけ血の滲むような努力を積み重ねてきたかわかる。
彼女を気遣うゆえだとはいえ、妹との約束を反故にしようとしたことに、胸を絞めつけられた。
(だが、やはりどこかおかしい)
ゾーイは尋常ではなく逸っており、それを意志力で必死に抑えつけているようだった。はじめて探索に挑む
(初心者の逸りは
そもそもこいつは
とはいえどんな形でも探索中は妹もチームの一員でオレはリーダーであり、ゾーイばかりを気にかけるわけにはいかない。
妹の反対を歩くダニーはいまは帽子の切れ目をオレに向けており、視線が合うと一瞬妹を見やり、すぐにオレに視線を戻してかすかに頷いた。
「…………」
名状し難い不安を覚え口内に苦味が広がっていく。たしかに地上に向かっているはずが、奈落の底へ降りていくような不安を覚えた。
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