第18話 PHASE2 邂逅《エンカウント》 交わる路《クロスロード》 KNIGHT SIDE6-②

 たちまち上空では両軍の空中戦ドッグファイトが始まりました。最前線星系が近いゆえカンザス軍のパイロット達はかなりレベルが高いのですが、蛮族軍の戦闘機は彼らと互角以上に戦っています。

 あっ、撃墜された蛮族軍の一機が火を噴き、錐揉み回転しながらこちらへ落下してきます!

「カアーッ!!」

 僕と姉を押し退けてテラスから身を乗り出したルックさんが、炎の吐息ファイヤーブレスで撃墜してくれました。

「ご無礼を!」

 発条バネで弾かれたように後退ってルックさんは、片膝を着き深く頭を垂れました。

 普段ならルックさんの行動を労いますが、いまは戦場から目を離せません。一早く駆けつけられるのは航空兵力なので当初は空中戦だけでしたが、カンザス軍も大型輸送船トランスポーターシップが到着して陸上兵器を降ろしたことで、地上戦も開始されました。海洋兵力は停留している基地が遠いのか、まだ姿が見えません。

「…………っ」

 眼前の戦場では真紅と純白の光条が飛び交い、各所で爆発が起こり、怒声と絶叫、悲鳴と爆発音が聞こえ、潮の薫りには焦げ臭さと血臭が混じっています。

「……妙だな」

 訝し気な表情でプリトマートが胸の下で両腕を組み呟きました。

「あの蛮族軍はどこの所属だ? いくらダミエッタ星最前線系近郊とはいえ、カンザス星付近に蛮族軍は展開していなかったはずだ」

「敗残のはぐれ艦が海賊行為として襲ってきたんじゃ?」

「それにしては兵器が奇麗だし統制が取れすぎている」

 姉がよく見ろというように戦場に顎をしゃくりました。たしかに飛来した蛮族軍はどの兵器も、清掃が行き届いており、装備と整備も万全なようでとても敗残艦には見えません。

「押されていますぞ」 

 プリトマートだけでなくルックさんも柵から上半身を乗り出しており、二人が握りしめた柵は軋んでいました。

 通常蛮族軍の雑兵は貧鬼や雑食鬼なのですが、眼前の軍は知能は彼らと同レベルでも逆境に屈しない精神力は人族が見習わなければならないほど高く、個々の身体能力も高い兵鬼であり、部隊には三メートルを超える身長で芸術家が掘り上げたような均整の取れた肉体のトロール、頭部は猛禽で背に一対二枚の羽毛の翼を持ち、四肢の先端には掴むだけで人族の肉を抉れる鋭い鍵爪を持つガルーダ、胴体が馬で首の位置から人間の上半身が生えたケンウンタウロスなどの上級蛮族が多数含まれています。彼ら上級蛮族は総じて人族より身体能力が高く、知能も同等です。

 しかも上級蛮族達は光線機関銃や光線突撃銃だけでなく、携帯型大口径熱線砲やガトリンガン、追尾ホーミングミサイルなどの実体弾も装備しており、飛行兵器や地上兵器に搭乗しているのも大半が上級蛮族らしく、各機体は操縦は巧みで、連携や攻撃も正確、なにより放たれているオラティオからそれがわかります。

 ふいにプリトマートの双眸が見開かれ、眉間に深い皺が寄ります。

「あれは四災の槍の艦だ!」

「えっ!?」

 僕とルックさんは反射的に姉を見やりました。

「見ろ! あれは四災の槍の紋章エンブレムだ!」

 東の海岸線で波に洗われている揚陸艦の側面に描かれている紋章は、たしかに資料に載っていた同艦隊のものです。

「どっ、どういうことでしょう? なぜダミエッタ星系を攻撃しているはずの四災の槍が、何光年の離れたこの星へ?」

 数秒脳内の思考を表すように碧眼が瞬いていましたが、聡明な姉は迅速に考えをまとめたようです。

「ダミエッタ星の王を追撃してとしか考えられん」

「! しっ、しかし、王がカンザス星にいることは極秘で……。ダミエッタ星の中央メインコンピューターか極秘回線に侵入でもしない限りは……」

 さすがのプリトマートもルックさんの問いへの回答は見つけられないらしく、無言で唇を噛み拳を握りしめて、前方の戦場を睨んでいます。

「!」

 オラティオを通じて無数の悲鳴と苦痛が伝わってきて、僕は思わず両手で柵の上端を握り、そこから脚の付け根まで上半身を乗り出してしました。

 海岸線と隣接した市街では大勢の人族の兵士が、光弾で射ち抜かれ、爆発で四散し、ガルーダの鍵爪で肉を引き裂かれ、トロールの怪力で頭を握り潰されているのに、近衛軍はいまだ砲撃ひとつしません。

「どうして近衛軍は動かないんだ!?」

「彼らの存在意義は王族を守ることで市民は守護対象ではないということだ。ましてや他星の市民を守る義理はまったくない」

 いつの間にか冷静さを取り戻していた姉が、乳房の下で両腕を組み強引に激情を抑えていることがあきらかな無表情で、戦場を見やっています。 

「あれをご覧ください!」

 口からもはや炎を飛ばしながらルックさんが城を指差しました。

 逃げ遅れてシェルターに入れなかったのか、あるいは目端が利いてこちらの方が安全だと思ったのか、数十人の市民が城の前におし寄せていますが、シールドは解除されず、近衛軍は彼らを追い返そうとしています。

 あっ、いま兵士に殴りかかった壮年の男性が射殺されました!

「…………っ!」

 視界が赤く染まり、身体がカッと熱くなり拳からギュッという音が聞こえました。近衛軍とダミエッタ王の傲慢と冷酷さに、蛮族軍へと同じか、それ以上に激しい憤りを覚えます。

 戦場へ向かおうとそちらを振り向いた瞬間に扉が開き、小柄な人影が貴賓室に入ってきました。

「アンフォアギヴン・ミクシード・レオハロード様、プリトマート・ロゼ・レオハロード様、ルック・ガード・スクワィア様」

 白髪白髭で白い猫じゃらし草のような眉をした、人間の六十過ぎの男性が深々と腰を降りました。

 レオハロード星の王城で幼少時からそういう人間にかしずかれてきたので、一目でわかりました。ひたすら己の感情と本心を隠し、朗らかに穏やかに主に仕える、王族専従の侍従です。

「救星拳騎団の特使の方々本星を離れたこの星までわざわざお越しいただいて恐縮でございます。最前線を離れたこの星で蛮族の襲撃に遭い同情致します。しかし、ご安心ください。王は貴方方の別荘への避難を許可されました。近衛軍が全力でお守りします」

 侍従は決して僕達の目を直視しようとせず、口元に微笑を浮かべた穏やかな表情で、柔らかい声音で言いました。

「どうして王は近衛軍に蛮族と戦っていカンザス軍の救援をさせないのですか!」

 頭を下げ腰を折ったへりくだった姿勢のままですが、侍従は取り付く島のない口調です。

「近衛軍は王とそのご家族をお守りするために存在しています。決して民草を守るためではありません。ましてここは他星他の国……、この地の民を守る義務はまったくございません」

「他星の住人だからといって見殺しにして言い訳ありません! 王と直接話させてください!」

「それは不可能でございます。王はご家族とシェルターに避難されており、わたくしめはそこと通信する手段を与えられておりません」

「…………!」

 それじゃこれ以上この人と言い争っても意味はない。どうすればいいんだ!?

 後方のテラスから一瞬床が白く染められるほどの閃光が差し込み、数秒後に轟音が耳朶を打ち大地も鳴動し、僕の身体が一瞬宙に浮くほどの爆風が吹き込みました。

 振り返ると市街地の大地に百メートル以上に渡って二条の太い筋が刻まれ、その進路上にある高層ビルには半円形の穴が開いていました。

「揚陸艦が主砲を発射したのだ」

「射線上にあった七、八機のダミエッタ星の戦車が犠牲になりました」

 脳裏に数日前校門前で助けた父親が軍人でこの星に派遣されている女性の先輩が浮かび、無意識にオラティオを燃焼させてしまったらしく、柵を握り潰してしまいました。

(僕が戦うしかない!)

 柵を飛び越えて戦場に向かおうとオラティオを高め、跳躍するために膝をたわめます。

 しかし、姉に肩を掴まれました。

「待て。おまえがいま市民を助けるのはダミエッタ王の意向に反したことだ。反発を買い交渉が難しくなる可能性がある。それにここはダミエッタ星系ではない。完全に私達の任務外の問題だ」

「だからといって助けられる力があるのに、目の前で殺されている人達を見殺しにすることはできないよ!」

 爪が食い込むほど強く肩を掴み無表情なプリトマートが僕の目を見据えます。

「近衛軍が動かせずダミエッタ星が墜ちればその数千万倍の命が犠牲になる」

 姉にとっても断腸の決断であり身をレーザーソードで斬られるような痛みを感じていることは、絞り出すような声音であきらかでした。

 彼女の意見は正論でありそうするべきなのはわかります。でも僕はすべての生命いのちを護るために拳騎士なったんです。ここで行かなかったら僕が僕でなくなってしまう。

「……生命いのちは数で判断すべきものじゃないし、王でも乞食ホームレスでもどんな生命でも価値は等しいよ。その後一兆人を幸福にしてあげたとしても、いま行かなかったら僕は一生後悔する!」

 姉の手を振り払いオラティオで高められた身体能力で高々と跳躍して、空へ舞い上がります。

飛翔レイヴン!」

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