第17話 PHASE2 邂逅《エンカウント》 交わる路《クロスロード》 KNIGHT SIDE6-①
共和国内人族軍と蛮族軍の
僕とプリトマート、ルックさんは
カンザス星はダミエッタ星系近郊の星系に存在する惑星で、同星系で居住可能惑星はこの星だけであり、豊かな自然を持っていますが目立った産業や資源はなく、主な収入は観光です。訪れる観光客の大半はダミエッタ星(系)の住人で、星系全体が最前線である彼らにとって、安心して遊興を楽しめる場所なのです。
なぜダミエッタ星に向かっていた僕たちがここにいるかというと、現在王がバカンスでこの地に逗留しているので、彼と会見することが目的の僕達もここへ来たのです。
……戦況が逼迫しているのに呑気に遊んでいるのは理解できません。
共和国には王制――それも絶対王政の
以上の理由から現在でも共和国には王制国家が多数存在しています。
……だとしても大勢の民が血を流して蛮族と戦っているのに、王が血税で観光地で遊んでいるとは……。同じ王族として恥ずかしいです。
僕達は宇宙港の貴賓室でダミエッタ星の人間――おそらく外交官――を待っています。貴賓室といっても観光地なので堅苦しさはなく砕けた雰囲気で、姉の「室内では気が滅入る」という意見で三人ともベランダに出ており、朝でも眩しい日光と潮の香りの混じった風を浴びています。
ベランダに置かれている椅子は見た目の涼やかさを重視して、木製の網細工のデッキチェアで、まだ作られて間もないらしく座った瞬間青々しい木の香りがしました。僕と姉が机を挟んで座り、ルックさんは――椅子が体重を支えきれないので――強化プラスチックの床で胡坐をかいています。
「思っていたより綺麗なところだな」
プリトマートが潮風になびく髪を右手で抑えながら一人ごちました。
僕の眼下では左右――東西――に何十キロにも渡って、白い砂浜と遠浅の青い海が伸びており、まだAM九時台なので遊んでいる人はまばらですが、それでも風に乗って笑いさざめく声や彼らのかけているBGМがかすかに聴こえてきます。
彼らをよく見ようとオラティオを高め、眼に集中させて視力を強化しました。拳戦士でも日常のちょっとしたことにはオラティオを使わず、文明の利器で済ます人が多いのですが、僕は違います。
「っ」
種族年齢層ともに多彩ですが海水浴を楽しむ人でも砂浜で日光浴をしている人でも、ダミエッタ星系からの観光客と現地の人間は一目で見分けられます。ダミエッタ星系の人族は大半が身体に無数の傷痕があり、女性までがそれを隠さず晒しているのです。数万年に渡って最前線であり生産年齢人口の五十%が軍関係者のダミエッタ星では、戦闘でできた傷は”勲章”であり、誇らしいものなのです。
(国民は自分を犠牲にして共和国に奉仕しているのに……)
西の十数キロさきの崖の上に王の別荘である城がそびえています。視力を強化しているので壁や屋根の質感まではっきりとわかります。強化プラスチックなどの人工工材は一切使わず、すべて石材や窯焼き煉瓦、漆喰などの天然素材で作られており、事前に宇宙船内で視聴した映像では内装も贅を尽くしたものでした。
「なかなか豪奢な城だな」
木製のデッキチェアに深く座り両肘を肘置きに置いて、城を電子双眼鏡で眺めていた姉も僕と同じ感情を抱いているようでした。
「私は最前線惑星の城をいくつも知っていますが、どれももっと質素で質実剛健でしたぞ。いくら他星系の別荘とはいえ派手ですな」
床に胡坐をかいたまま僕とプリトマートの視線を追っていたルックさんは、右手で顎髭をしごき、尻尾の先端で床をぴしゃぴしゃ叩いています。これが苛立ったときの彼の癖なのです。
「守りも万全だな」
姉の言葉は皮肉を兼ねた嘲笑であり、その証拠に口元は歪んでいました。
王の滞在している城の四方には高出力のシールド発生装置が鎮座し、城自体も一部が脱出用高性能宇宙船で、周囲を二重三重に
姉がチェアから立ち上がって柵に歩みより、その上に両腕を着いて難しい表情で城に双眼鏡を向けました。
「あれで全戦力の七%ほどだそうだ。事態が逼迫しているのに王がバカンスを楽しめるのは、それだけ近衛軍の実力に自信があるということだな」
事前の宇宙船でのブリーフィングでは戦局を逆転して、蛮族軍を退けるには不確定要素の多い”大いなる力”より近衛軍を動かす方が確実だという結論でした。
「前線では何千万という兵がすでに戦死しているのですから、一部でも近衛軍を動かすべきです!」
ルックさんの尻尾が床を激しく打ち、憤然としている証拠に呼気に混じって、わずかに口元から炎が噴き出しています。
「…………」
口内に苦味が広がり無意識に唇を噛んでしまったらしく軽い痛みを覚えます。十日前までダミエッタ星に滞在していたときも度々耳にしましたが、王はかなり傲慢で利己的、同時に臆病で小心な人物だそうです。
「……近衛軍を動かさせるのは容易ではないな」
プリトマートも待ち受ける困難を予想しているようで、給仕ドロイドの置いていったティカップに口をつけながらも厳しく暗い表情です。
「そうだね」
もしかしたらどこかの窓から王の姿が見えるかもと思ってさらに視力を強化します。
次の
姉も同じものを感じたらしく反射的に僕達は顔を見合わせます。背後からルックさんの尻尾が床を叩くバシンという音が聞こえました。
海岸で遊んでいる人達は近衛軍と城の動きには気付きましたが、差し迫っている状況までは理解できていないらしく――大半が兵士であっても超常の力は持たない一般兵のようです――、城の方を見て怪訝な顔で首を傾げています。
「まだ一般の人は気付いていない!」
「早く避難勧告を出さなければ!」
僕と姉の手が宇宙港の事務室とカンザス
『蛮族軍の戦艦がカンザス星の防衛圏に侵入、海岸へ向かって降下しています。市民の方はただちにもよりのシェルターに避難してください。軍籍にある者はただちに戦闘準備をしてください。これは訓練ではありません。繰り返します。これは訓練ではありません』
最前線星系が近いとはいえこの星は比較的平穏だったので緊急事態には不慣れらしく、たちまち
そうしている間に蛮族軍の
狂乱状態の何万人という市民がわずか一、二分でシェルターに避難しきれるはずもなく、地上に残っていた人達は兵鬼に
「なっ!?」
爆撃機が爆撃を開始し、戦闘機もビルや建物に
「あれじゃ自軍の兵士まで!」
蛮族軍は先行して市街地に突撃した歩兵を援護しているのではなく、彼らもろとも攻撃しており、何百匹という兵鬼が爆発や建物の倒壊に飲み込まれて死んでいます。
「
僕は直接でははじめて見る光景に絶句していましたが、拳騎士として幾度も蛮族と
「王子、姫様、あれを!」
ルックさんが太い指で指示したさきには数十個の機影があり、一歩遅れましたが距離の近い基地から出撃した、カンザス星軍の戦闘機がようやく到着したようです。
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