第16話 PHASE2 邂逅《エンカウント》 交わる路《クロスロード》 OUTLAW SIDE6-③

 風に舞う木の葉リーフのような軽やかで滑らかな動きだが、オレの意思に制御され追尾弾ホーミングミサイルを思わせる正確さで、気球が町の各所で住民を襲っていた妖魔に命中。

(よし! 住民に一切被害を与えず蛮族どもだけを倒せた)

 こいつはオレのオリジナルの技なので自信はあったが、市民にかすり傷でも負わさちまったら良心が痛むからな。

 頭上に気配を感じた次の瞬間身体に影が落ちる。

 生物的な輪郭フォルムで五階建てのビルを横倒しにしたぐらいの大きさの蛮族軍爆撃機ボマーが浮かんでいた。途上星のように推進システムがジェットなら爆音で一キロ先からでもわかるが、共和国と同等の科学を誇る帝国は反重力推進なので無音なのである。

 機体後部の下面にある三つのシャッターが同時に開く。やばい! 爆弾を落とす気だ。オレはともかく町の住人が危ない!

 オレが技を放つために腕を引くと同時に、闊達な張りのある声が耳朶を打つ。

螺突螺撃蹴スパイラルドライバー!」

 下方から撃ち出された褐色の弾丸が竜巻を纏って爆撃機を貫く。回転と蹴撃の速度が光速に近いので、ゾーイの両爪先は強化鋼鉄デュラスチールの機体を紙のように貫通する。

 バカ。安易に破壊したら機体と爆弾が市街に落下してそれで被害が……。

 と思ったら妹はビルの屋上に着地した態勢から膝と全身の発条で即座にもう一度跳躍。オーバーヘッドキックで爆撃機を蹴り飛ばし、荒れ地に落下させた。

 ちゃんと撃破したあとのことも考えてたらしい。さすが高難度の訓練プログラム突破コンプリートしただけあるな。

「アニキ!」

 一軒の建物の屋根に着地すると同時に、振り返ったゾーイが右手の人差し指でシャビィタウンの南西を指差す。

「雑魚はあたしで充分だよ! アニキは本体を倒して!」

「わかった! 雑魚相手でも油断するなよ!」

 了解の証に右の親指を立てた妹を残し、飛び石を渡るように屋根から屋根へ跳躍し、十秒とかからず町外れに到着した。

 象を思わせる輪郭フォルムの巨大な四足歩行戦車ウォーカーが、近くの建物と人を巨大な脚で踏み潰し、遠くの標的な象ならば牙と額の位置に装備された熱線砲ブラスターキャノンで攻撃している。踏み潰されたものはブレス機にかけられたようにペシャンコで、熱線ブラスターを浴びせられたものは焼け焦げ砕け散る。

 腰を抜かせた老人と子供の頭上で嬲るために、巨大な脚を細かに上下させてやがる。あきらかに楽しんでやがるな。劣弱な妖魔の”気”は本来微弱なものだが、歩行戦車という巨大な”力”を得た奴らの悪意は過信によって極限まで肥大し、まるで魔神デーモンのごときおぞましさ。

 カッと血が熱くなり同時にえずく。 

 オレはいまシャビィタウンでは比較的大きな三階建ての建物の屋上に立っているが、それでも歩行戦車は見上げる形だ。とはいえ威圧感はまったく覚えず、むしろ悪意のオーラ―で縁どられた巨大な張りぼてに見える。

直撃射拳キャノンストレート

 右腕が光り光速の拳圧を発射。

 光速拳が歩行戦車を貫通し巨大な拳痕を穿つ。

 機体が硬直し一秒後貫通痕から火を噴き爆発。

 オレ達拳戦士フィスターには共和国建国の三万年前よりさらに以前から受け継がれてきた闘法が存在する。直撃射拳はその中でも基礎の基礎いわゆるストレートパンチだが、使用者によって速度と威力はマッハ1から光速、……超光速。一メートルの岩を砕く程度から惑星破壊までまさに天地の開きがある。

 解説しているうちに蛮族どもは凄腕の拳戦士がいることにきづいたらしい。周囲で殺戮を楽しんでやがった十台近い浮遊洗車フロートタンクと歩行戦車が、一斉にオレへ向き直った。

 各機体の砲口の奥が一斉に発光。

「っ」

 攻撃を受ける前に蹴散らすことも容易いが、――個々の生身の力は一般人より弱いくせに――兵器と数の力をかさに住人を嬲っていた、妖魔どもを逆に嬲ってやりたくなった。

 一番近くに浮かんでる浮遊戦車へ嘲弄の笑みを浮かべて、右手の人差し指で小馬鹿にするようにチョイチョイと招く。

 戦闘によって鋭敏になっている神経が憤怒を感じた。

 十台近いビーグルの熱線砲と光線砲レーザーキャノンが一斉に光条を放つ。

 数十条の赤く太い光線と白く細い光線がオレへ集中。

 通常人間イノセントの肉体は軽く岩に擦過したり、小石をぶつけられただけで傷つくほど脆弱だ。しかし、強大なオラティオによって強化防御された肉体の強度は、強化鋼鉄はおろか戦艦のシールドをも凌ぐ。

 オレの身体は光条をすべてはね返す。感じた痛みはプラスチックボールをぶつけられた程度。

 驚愕。次いで恐怖の波がビーグルから打ち寄せてくる。根は臆病で卑屈な貧鬼と雑食鬼のことだ。ションベンチビってるだろう。

(だが、容赦しねぇ)

 てめぇらはやりすぎた。報いを受けてもらう。

 意識を集中し瞬時にオラティオ高め練り上げる。指先にまで漲る力!

野光閃遊拳ランペイジストライク!」

 右肩が光りそこを起点に閃光によって幾何学模様が描かれる。線一本一本が光速拳の拳圧だ。

 幾何学模様を描きながら閃光が空間を切り裂き、大地を抉りつつ疾走。

 拳圧はひとつだけでもビーグルを軽く破壊できる威力だ。数百発の拳圧に礫断された十台近い戦車は、すべてミキサーにかけられたように微塵となる。

 こいつ・・・は舞転葉球と同じでオレが独自に編み出した必殺技だ。多くの高位拳戦士が似た技を使うが、普通はこれほど広範囲の対象を一度には破壊できない。しかし、オレは型に捕らわれず本能で拳を繰り出すし、打ち込みの途中で軌道を変えるのも得意なので一掃できた。

 上空に四、五個の気配が発生。周囲の地面を複数の影が乱舞。光弾によってアスファルトに穿たれるいくつもの穴。

 何発かはオレの身体にも命中したが、軽い痛みを感じただけだ。

 見上げた空を蒼穹を背景バックに飛び交っているのは蛮族軍の戦闘機ファイター

 中位以上の者しか使えないが拳戦士の技には空を飛べるものもある。それを使って迎撃するか?

(いや、その必要はない)

 操縦者パイロットは下級蛮族らしく腕が悪く機体の性能スペックを活かせていない。あの鈍重な動きなら地上からの攻撃で充分だ。オレは無駄なオラティオは使わない主義だ。

疾空刃断エアリアルストラッシュ!」

 振り上げた右の手刀にオラティオを込めて、空間そのものを両断するような鋭さで光速で振り下ろす。

 切り裂かれた大気はブレイドのような衝撃波を産み、真空刃が疾る。

 さらに直撃射拳も数発撃つ。

 狙い違わず真空刃が戦闘機を切り裂き、拳圧が撃墜する。

 バラバラになった機体はすべて町の外に落下した。

 これであらかたかたづいたな。

 町へ視線を向けるとゾーイとダニーも蛮族軍の大半を倒していた。

 妹は歩兵は普通のパンチやキックで片づけ、戦車や戦闘機は対象の前で一端跳躍して空中で前転を行い、その勢いと体重を乗せて踵を打ち下ろす転踵搾槌撃スクイーズロローテーションや、弧を描く襲撃、いわゆる旋風脚の脚旋脚蹴サイクロンアサルト、倒立の状態から腕を軸に独楽のように回転しながら蹴りを繰り出す回踊円蹴ダンシングタップなどの技を駆使して撃破している。

 ダニーの奴ゾーイを守れと言ったのにそばについてねぇのか、と思い顔をしかめる。

 だが、落ち着いて見直すとダニーは遠方で蛮族軍分隊のおもだった連中を引きつけていた。自分を囮にして強敵を妹から引き離したらしい。なるほど、つきっきりで護衛ガードするんじゃなくそういう方法を選んだか。たしかにゾーイを守るだけじゃなく、町の住人も守らなきゃならないことを考えればそっちのが合理的だ。

(それだけゾーイの戦闘力を信頼してるってことだな)

 過保護過ぎるのかな。……オレは本当にまだまだ半人前なのかもしれない。

 妹の方へ走りながら横目で見ていると、ダニーの周囲を囲む戦車と戦闘機の照準用レーザーが彼の五体に赤点を結ぶ。

 一秒後各機体から一斉に――通信で示し合わせてたんだろ――火砲が放たれる。しかし、紅と純白の光条はくうを射ち抜く。

 蛮族軍の機体から驚愕の、続いて恐怖と混乱の気を感じる。

無意識に口元が綻ぶ。照準ターゲットを取らせないことも、攻撃を受ける前に破壊することも簡単だったのに、オレと同じで妖魔どもをビビらせるために、敢えてそうしたんだ。

 あいつも案外性格悪ぃな。

「アニキ!」

 眼前の敵をすべて倒したゾーイが誇らしげな笑顔で手をぶんぶん振ってくる。

「大丈夫か?」

 妹の前に着地したオレはすばやく彼女の全身を精査した。さすがに小さな擦過傷や打撲はいくつもあるが、大きなケガはしていないようだ。

「よくやったぞ」

 右手で妹の髪をクシャクシャにする。オレも昔なにかを達成した褒美によく親父にしてもらった。

 ゾーイはオレに褒めてもらったのがよほど嬉しいらしく、満面のドヤ顔で右手の人差し指で鼻の下を擦ってる。気持ちはよくわかる。オレも親父にしてもらったときは嬉しかったからな。

「っ」

 ダニーは手裏剣シュリケン苦無クナイで蛮族軍のビーグルを撃墜し、――強化鋼鉄よりはるかに強靭な特殊繊維で編まれた――ネットで絡めとり、締め潰し、大地に叩きつけている。

「全部終わったね」

 妹がファンのチームが勝利したスポーツの試合を観終わった観客の笑顔を向けてくる。

 ……やはりこいつはまだまだ甘い。

 無言で南西へ顎をしゃくる。

 視線で顎の先を追ったゾーイの表情が強張った。

 シャビィタウンに向かって主砲を発射するべく、動力炉の出力を上昇させているようで、蛮族軍の揚陸艦は不気味に鳴動しており、その影響は一キロ離れたここまで伝播し、大気は震え大地もかすかに揺れている。

「ジュウザ」

 蛮族どもを掃討し終わったダニーが跳び寄ってきた。揚陸艦を見やって彼の表情も厳しくなる。……ついで彼は意味ありげにオレを見やり口角を上げた。

「あのクラスの艦の主砲で攻撃されたらこの町は数十秒で廃墟になるぞ」

「それじゃあたし達がガンバった意味がなくなるよ!」

 ゾーイは胸の前で組み合わせた両拳を震わせ、数秒前まで興奮で紅潮していた褐色の肌も蒼白になっており、泣きそうな表情だ。いや、実際目尻に光るものが浮かんでいる。

「あのじいさんから蛮族どもをハントする依頼を受けた。オレはプロだ。もらったのがビタ銭一枚でも受けた依頼は必ず果たす」

「アニキ!」

 親に怒られると思い込んでいたら、存外に褒められた子供のようにゾーイは破顔した。

 だが、次の瞬間スイッチをOFFにされたように顔色が暗くなる。

「でもどうやって?」

 フフフッ、こいつはオレの最大の必殺拳を見たことがないからな。

「ゾーイを頼む」

 ダニーは必殺拳の威力を知っているのでさほど心配しておらず、うしろから左腕で安心させるように妹の肩を抱く。

 オレも不安を払拭してやるためにゾーイを頭をポンポンと叩いてやる。

「じゃっ、ちょっと行ってくる」

 右手をシュタと上げオレは揚陸艦目がけて地を蹴った。

 ……蛮族の侵攻がここまで進んでいるなら、ハンティングの予定を変更するべきかもしれねぇな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る