第15話 PHASE2 邂逅《エンカウント》 交わる路《クロスロード》 OUTLAW SIDE6ー②

生き延びる術に長けた僅かな者は身体一つで、スピーダーやビーグルに飛び乗っていた。あいつらは死なずにすむかもな。

 無様な姿だが無理もねぇ。事前に調べた資料じゃいくら最前線星系の首都惑星といっても、本星にまで攻め込まれたのは三万年の歴史でも六百回に満たず、五十年に一度ぐらいの割合ので、シャビィタウンの住人の大半はそれを経験していないはずだ。

 シャビィタウンの南西一キロの地点に蛮族軍揚陸艦は着陸した。船体両側面の格納庫ハンガーが開き四脚歩行洗車ウォーカー浮遊洗車フロートタンク戦闘機ファイター爆撃機ボマーが飛び立っていく。先頭は一番でかい兵員輸送車アーマードキャリアで円形の先端を開くと、身を縮めた姿勢の貧鬼コボルド雑食鬼ゴブリンなどの妖魔をフックで吊るした――奴らに人権などない――ラックが何列も現れ、長いレールが伸長して最大長に達すると、ロックが外れて下級蛮族どもを地面に投げ出す。

 綺麗に着地できるような身体能力と体術を持った奴はほとんどおらず大半が無様に倒れたが、すぐに立ち上がると光線機関銃レイマシンガン光線突撃銃レイアサルトガンを抱えて走り出す。

 歩兵のうしろに戦車とは人族ヒューマンの軍隊の常識では考えられない布陣だ。しかし、蛮族帝国アスヴァロスエンパイアでは下級蛮族は完全な消耗品であり、奴らの命にはドロイド以下の価値しかない。

 そして奴らはそう扱われるのが相応しい存在で、いままで窮屈に押し込められていた反動もあるのだろうが、解放された途端隊列も規律もなく獲物へ突撃していく。奴らの脳にあるのは食欲と性欲、殺戮衝動だけで濁り澱んだ黄色い目にそれらを漲らせ、涎を垂らし、硝子を爪で擦ったような生理的な嫌悪感を抱かせる奇声が天を突く。

「こっ、こんな小さな町に攻撃する意味があるの!?」

 ゾーイの碧眼は戸惑いと不安に揺れ、胸の前で握られた右拳は小刻みに震えている。

本戦・・の前の腕試しか景気づけ。進路にあるゴミを踏み潰す感覚だ」

「そっ、そんなことで大勢の人を殺すの!?」

 信じられないという顔で妹が握りしめた拳を震わせる。そういえばこいつは直接蛮族の戦闘を見るのははじめてだったな。

 妖魔の突撃に”怒涛”や”津波”と表現されるような迫力はなく、せいぜい餌に殺到する蠅だが、それでも一般人には充分な脅威である。

 最初に敵陣を接触したのは町の外周の牧場だったが、もちろん降伏勧告は一切ない。個々ならば頭脳でも身体能力でも人間の方が上であり、住人達も若いころに徴兵の経験もあるので、先頭の十匹ぐらいは熱線銃や弓矢で射ち倒せた。だが、圧倒的な物量には無力であり、たちまち蠅の群れに飲み込まれた。

 規律はおろか理性や良心さえない妖魔どもは、殺したばかりの牧場の人間の肉を美味そうに頬張り、勝利を誇示するために切り落とした生首を掲げて狂笑し、命乞いする女性や十歳に満たない女の子まで強姦していやがる。

 双眼鏡越しにその光景を見た途端視界が赤くなり、身体もカッと熱くなった。

「っ」

 自分でも気付かないうちにオレは三歩も踏み出し、前傾姿勢になっていた。

「ジュウザ」

 ダニーが北東へ顎をしゃくった。吐き出された部隊の三分の一は、町を迂回して反対側へ向かっている。

「一人も逃がさない気か……!」

 戦略的意味は皆無なのに殺戮衝動を満足させるためだけに、シャビィタウンの住人を皆殺しにするつもりらしい。

 殺戮の凄まじさを表すように前線から吹き寄せてくる、渇いた風に血臭が混ざりはじめる。

「アニキ!」

 ゾーイの左手の爪は掴んだオレの右腕に食い込み、見上げてくる空色の瞳は憤りのあまり夕空ようになっていた。

 かくいうオレも身体はこの場に留まっていたが、心はとっくに戦場で蛮族どもを蹴散らしていた。

「……………っ」

 しかし、無償ボランティアで助けるのは主義じゃなくプロの矜持に反するのでできねぇ。忸怩たる思いで嚙みしめた唇は炭のように苦い。

「…………」

 ダニーは無言で虐殺現場を凝視しており、唾で隠れて表情はわからないが、激しい怒りを感じているのは、打ち寄せてくる気配であきらかだ。しかし、彼にはオレとゾーイを守らなければならない義務があり、最終的な判断は常にオレに委ねているので、独断で助けにはいけない。

「クソ野郎っ」

 蛮族どもによる殺戮の波はシャビィタウンの南西三分の一にまで浸食しており、四足歩行戦車の巨大な足で踏み潰され次々に家屋が吹き飛び、悲鳴と絶叫、破壊音が響き、殺される数が増えたので血臭は加速的に濃くなっていく。

 その光景を見ていると血が沸騰し、血流もその音が聞こえるほど激しくなっていく。

「ひぃー、この金はわしのもんじゃ! 誰にも渡さんぞぉ!」

 隣の席で強欲シャイロックじいさんが蒼白な顔で涙と涎を撒き散らしながら、机上の金を抱きしめていた。

 怒りで赤く染まっていた視界がパアッとクリアになる。

 じいさんの襟首を掴んで顔を上げさせる。

「おい、じいさん。蛮族軍あいつらどう見ても犯罪者だよな?」

「はっ、はあっ?」

 言葉の意味がわからないらしくじいさんは口をぽかんと開けていた。

「それならあんたにはあいつらのハントを賞金稼ぎバウンティハンターに依頼する権利があるよな?」

 ド田舎でとはいえ財を築いただけあり、目端は効くようでじいさんは意味を理解したらしい。

「そっ、そうじゃ! そのとおりじゃ! わしはあんたにあいつらのハントを依頼するぞ! 賞金は十万じゃ!」

 自分てめぇの命が危ねぇのにたった十万かよ。一億で命まで売りそうだなと思い苦笑を止められなかった。

「アニキ!」

 両拳を胸の前で握りしめゾーイは双眸に闘志を漲らせていた。

 妹の頭をポンポンと右手で叩きながら、緊張させないためにあえて気楽に言う。

「おまえにとってはじめての実戦だが、訓練通りやれば大丈夫だ。ダニーの傍を離れず、指示には必ず従え」

「うん!」

 満面の笑みで頷く妹に頷き返し、「ゾーイを頼む」という意思を込めてダニーにも頷く。

 柵を飛び越えてテラスから道路に降り立ち前方の殺戮を見据え、暴虐への怒りをふいごに体内の霊的エネルギーオラティオを燃やす。胸の奥が熱くなりその熱は血管と神経を伝わって四肢の先端まで届き、筋肉が密度と張りを増し、意識が研ぎ澄まされ、視界も鮮明になっていく。

「シッ」

 小さな呼気とともに地を蹴った。人間イノセントの限界を超えた速度で疾風のように逃げ惑う人々を避けながら走り、障害物を跳び越す。あまりの速度にすれ違った連中はそのことに気付かない。

 無論、ゾーイとダニーのことは意識の中で知覚しており、二人ともオラティを高め駆けていることは把握している。 

 前方の燃えあがり半壊した家屋の傍で一匹の雑食鬼が、腰を抜かした老人に光線機関銃を突きつけている。老人は足に力が入らず逃げられないようでへたり込んだままがたがた震えている。いつでも射ち殺せるのに雑食鬼は怯えてる人間を嬲るのが面白くてしかたないようで、醜悪な笑みを浮かべながら、引き金に指をかけたり離したりしている。

(下衆が)

 走りながら降ろしていた左腕を振り上げる勢いで拳を放つ。フリッカージャブ。

 雑食鬼とはまだ十メートル以上距離がある。通常・・の徒手空拳の格闘技ならどんな技も絶対届かない。だが、音速マッハ……、光速にまで達する拳戦士フィスターならすでに必勝の間合い。

 超音速の衝撃波ソニックブームが空を引き裂いて走り、雑食鬼を弾き飛ばす。

 まだなにが起こったか理解できないじいさんの前を「死にたくなかったら逃げろ!」と叫びながら駆け抜ける。視界の端に入った雑食鬼はじいさんに被害がでないように手加減したので原型は留めていたものの、首や四肢が異常な角度に捻じれ死んでいるのはあきらか。

 前方の左右でも貧鬼と雑食鬼が数匹群れになって住人を痛めつけている。

 疾走しながら両拳で左右へ拳圧を繰り出し片づける。

 そのまま目についた妖魔どもを次々と倒していく。意識は町全域に拡散させているので、超感覚でおおまかにだが状況は把握できてる。

(ひとつひとつ潰してたんじゃ助けきれねぇ)

 膝をたわめる。次の刹那地面が爆発。オレは一瞬で高度百メートルに達していた。

「っ」

 半径百メートルの範囲の十数カ所で蛮族軍が住民を襲ってやがる。

 瞬時に両の掌にオラティオを凝縮させた気球が生まれる。気球スフィア手品師マジシャンがカードを扱うような指捌きで寄り分け、さらに小さな十数個の小気球を造り出す。それを両腕でアンダースローで全周へ投じる。

舞転気球マニューバースフィア

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