第13話 INTERМISSIОN EXTRASIDE
ダミエッタ星系第七惑星宙域四天王軍第四軍
ダミエッタ星系は数万年に渡って
数千隻を超える
周囲には撃破された人族軍の艦船や兵器の破片が彼らの墓標のように漂っていた。人族同士の戦闘ならどれだけ怨恨深い国同士の戦争でも降伏や投降がありえるが、蛮族相手ではそんな妥協や慈悲を望めるはずもなく、最後の一隻一人まで徹底して殲滅され、
緑と灰色の縞模様のガス惑星である第七惑星を
四災の槍艦隊旗艦ケルベロスだ。
ケルベロスは全長十キロ近い巨体で数十万人が乗船しているが、徹底的に自動化効率化されているので、
艦橋中央の他から一段高くなった席で艦隊の司令官トレガー・ガウ・エアオーベルングは両脚を組み左腕を肘掛けの上に置いた、リラックスした姿勢で前方のビューボードを眺めていた。腰まで伸びた癖のない髪は大部分漆黒だが一部は白く前髪はオールバックにしていて、両の瞳は紅く肌は病的なまでに青白い。顔立ちは非常に整っているものの、左右のこめかみから山羊のような捻じくれた角が伸びており、背の二対四枚の被膜の翼は椅子の背に収まりきらず、背後にはみ出していて、二メートルを超える長身を蛮族軍の将官の制服に包んでいた。
人族と違い高貴な身分の者でもあまり自らを”着飾る”という文化のない蛮族だが、さすがに艦隊の司令官の席と制服ともなるとそれなりに装飾が施されいた。むろんどちらも”背の翼”という着用者の身体的特徴を考慮したデザインである。
蛮族軍の司令官の多くがそうであるようにトレガーもドミネーターだ。一見二十代半ばの若者だが、アマデウスのように若さを保ったまま一万年以上生きている個体も存在する、ドミネーターのこと実年齢はわからない。いや立場を考えれば一千歳は過ぎているだろう。
「
トレガーの傍らに立つ長身の軍服の女性が報告を述べた。ショートの黒髪を右の前髪だけ顎辺りまで伸ばし、縁なしの眼鏡をかけている理知的で凛とした雰囲気の女性だ。年齢は二十代後半で顔立ちはかなり美しいが化粧気はまったくなく、襟の記章と軍服のデザインから彼女も将官だ。実力第一主義の帝国では昇進に性差別はまったくない。
四災の槍副官ネスリン・デ・ハニカである。肌は色は人間の白人と同じで瞳も黒く一見人間に見えるが、言葉を発したときに覗く舌の先端は蛇と同じ形であり、彼女が
トレガーが頷いて椅子の左側に付随している
「
ネスリンが嫌悪に顔をしかめる。常に冷静沈着でドロイドより無表情と言われている彼女が、これほどあからさまに感情を表すことは極めて珍しい。
「酒と女……。貧鬼や雑食鬼以下の破廉恥さです」
強い殺意と嫌悪を込めて蛇女鬼の副官が上官を見やった。言外に「あんな屑どもさっさと殺してしまえ!」と言っている。
「……彼らが本星攻略に有益な情報を持っているかもしれぬ以上まだ殺せん」
忌々し気に舌打ちしネスリンが彼女の情報端末に視線を戻す。彼女がこれほど感情的な振舞をするのは本当に珍しく、よほど亡命者のことを腹に据えかねているのだ。
「案ずるな。本星の攻略が終わり次第奴らは貧鬼の餌だ」
諭すように宥めるようにトレガーが副官の肩に手を置く。彼が部下にこんな気遣いを示すのも稀有――蛮族の社会でそんな甘い態度見せれば部下に増長されるだけだ――であり、亡命者に彼女と同じ感情を抱いていることを示していた。
それである程度納得したのかネスリンが視線を正面のビューボードへ向ける。
「あとは任せる」
言葉とともに立ち上がるとドミネーターの司令官は一度艦橋を見渡した。仮面のような無表情からは部下達の仕事ぶりに満足しているのかは窺えないが――叱責しなかったので少なくとも不満ではないのだろう――軽く頷くと踵を返した。
人族なら上官が傍を通るのなら部下は恐縮して頭のひとつも下げるのだが、蛮族にはそんなことをする者はおらず、
それが当たり前なのでトレガーも気にせず彼らの横を通り過ぎていく。
あと数歩進めば自動ドアが開くという地点で、ふいに席に着いていた若いドミネーターが、レザーダガーを振りかざしてトレガーに襲いかかった。
レザーダガーが左のこめかみに突き刺さる寸前、トレガーの左肩が光り、そこを起点に閃光が幾何学模様を描く。
光速の拳に蹂躙され若き暗殺者は一瞬でずたずたにされた。
「司令官」
ネスリンが情報端末を右腕で胸の前に抱え、小走りに上官に駆け寄る。
しかし、彼女以外の乗員は画面から視線さえ動かさない。
「大事ない」
軽く右手を挙げて副官に応えながら、トレガーは左の爪先で暗殺者の顎を蹴り顔を上向かせた。
一か月間に
彼が個人的にトレガーに怨恨を抱いていていたのか、政敵や軍内の敵対派閥、あるいは士族単位の動機か……。
一瞬思案顔になったものの四災の槍の司令官はすぐに暗殺者から興味を失う。
「”ゴミ”を始末しておけ」
それだけ命じるとトレガーは艦橋から出て行った。
扉を潜ったあと彼の脳裏から暗殺者のことは完全に消滅していた。
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