第12話 PHASE1 二人の少年 KNIGHT SIDE4-③ OUTLAW SIDE5 KNIGHT SIDE5

「アン!」

「王子!」

 ルックさんとプリトマートが同時にこちらを振り向きました。

 僕は深い気遣いと優しさの宿った二人の瞳から決して目を逸らさず、一言一言に不退転の決意を込めて言葉を紡ぎます。

未熟者ルーキーの僕には手に余る任務だということはわかってるよ。僕みたいな”半人前”が達成できるかもわからない。でも僕は無辜の民を護るために拳戦士フィスターになったんだ。微力を尽くすことで一人でも市民が救われるのなら、僕は喜んで身を捧げるよ」

「…………」

 蒼い瞳をさまざな感情が通り過ぎていきますが、姉の視線は僕の目に縫いつけられたままでした。

「王子! やはり……」

 僕へ一歩踏み出そうとしたルックさんをプリトマートが手で制します。

「もちろん姉さんとルックさんに一緒に来てくださいとは言わない。僕にそんなことを頼む権利はないからね」

「……おまえは昔から変なところが頑固で言い出したらきかなかったな。姉として先輩拳騎士としておまえだけを死地に赴かせるわけにはいかぬ」

 大きく頷くと姉が一歩僕へ歩み寄り、胸の前で決意を示すように拳ダコのできた右拳を握りしめます。

「わかった。私も全力で協力しよう」

 姉の顔には苦笑とも諦念ともつかぬ表情が浮かんでいました。

「ルック、おまえも全力で弟を護ってくれ。頼む」

 ルックさんはなにか言いかけたものの姉に頭まで下げられては、反論できずぎこちない諸作で頷きます。

「姉さん、ルックさん……、ありがとう!」

 天井を見上げた僕の瞳には数千光年の距離を超えて、ダミエッタ星が映っていました。





 ОUTLAWSIDE 5

 共和国標準時ザナドゥエデンスタンダードタイム 共和国暦RD30052年4月24日PM12:11

 宇宙空間宇宙船アレイファルコン内


超光速空間ハイパースペースへ移行した。自動操縦オートパイロット設定セットしたからあとは眠っていてもダミエッタへ着くぞ」

 ダニーの言葉に軽く頷くともうそうしている必要はないので、オレは操縦桿から両腕をペダルから両足を離し、筋肉をリラックスさせるため大きく伸びをした。

 オレとダニーは愛船野良隼アレイファルコンでダミエッタ星に向かっていた。今度の仕事は平日なので学校を休まざるえず、その理由は将来のために実習に参加するということになっている。

 ……船内にゾーイはいない。

 普段ならすぐに船室キャビンに移って酒の一杯も飲むのだが、いまは罪悪感で身体が重くなかなか尻を浮かせられない。

「いまごろゾーイは怒り狂っているだろうな」

 出発日時を偽ってゾーイを屋敷に残してきた。ダニーの言葉で罪悪感という傷口に塩を塗り込められ唇を噛む。

「……もうおみやげにお菓子やアクセサリーを買ってかえれば、あっさり機嫌がなおる年齢ではないぞ」

 妹の糾弾の叫びが聞こえ口内に苦味が広がり、無意識にズボンに爪を立てちまったらしく、大腿に軽い痛みを感じる。

 横目で睨むとダニーは帽子を深く被り、切れ目のある側をオレと反対に向けていた。そのため唾に隠れ表情がわからない。これはこいつの「俺に頼るな」という意思表示だ。

「わかってる」

「それにこれは所詮その場しのぎにすぎん」

 妹は二度も同じ手で騙されるほどバカじゃない。勝気なあいつはオレと一緒に宝捜しトレジャーハンティングに行くこと絶対諦めないだろうから、いずれ必ず連れて行かなきゃならない。

「どうするつもりだ?」

 傷に塩を塗られ続け苛立ちが募り、理不尽だとわかっていても言葉が荒くなるのを止められねぇ。

「わかって……、!?」

「うんうん。可愛い妹との約束を破るなんてひどいアニキだね」

 思わず目を疑う。オレとダニーの席の間で、胸の前で両腕を組んだゾーイが訳知り顔で頷いてる。

「へっへっへっ、アニキのやりそうなことなんて賢いゾーイちゃんはお見通しだぞ!」

 得意げに立てた右手の人差し指を揺らし、妹は子供のころ悪戯が大成功したときと同じドヤ顔だ。

 やられた! ゾーイこいつはオレの行動を見越してアレイファルコンに潜んでやがったんだ!

 もしやダニーの手引きかと彼を睨んだが、愕然とした表情なのでそうではないらしい。

「すぐ降りろ!」

「やだ!」

 ゾーイは後方の予備座席サブシートにバスンと腰を降ろすと、すばやくその上で胡坐をかき、アカンべーを決めた。

「力づくで叩き出……」

「無理だよ。もう超光速空間に入ってるし、自動操縦もセットしてるんだから、ダミエッタ星に着くまで降ろせないよ。あっ、学校のことは心配ないよ。アニキと同じで実習に参加するって言ってあるから」

「…………っ」

 反論できねぇ。情けないが助けを求めてダニーを見やる。だが、彼も打開策はないようで帽子を顔を隠したまま大きく肩を竦める。

 情けなさと無力感で身体がずっしり重くなり、力なくシートに座り込む。

(妹にまで裏をかかれちまった。これじゃ親父に一人前と認めてもらえなかったわけだ)

 眼前のビュースクリーンに浮かんだダミエッタ星の幻はひどくくすんでいた。





 KNIGHTSIDE 5

 共和国標準時ザナドゥエデンスタンダードタイム 共和国暦RD30052年4月24日PM14:23

 宇宙空間宇宙船ローズユニコーン内


「四十八時間前の情報ではダミエッタ星系の戦局はかなり逼迫した状況だ」

 机上に投影された立体映像ホログラフティの向こうのプトリマートの表情はかなり深刻です。僕と姉が学校を休む理由は実習参加ということになっています。

「それまで手こずっていた蛮族軍にまったく無傷の四天王軍のひとつが加わったのですからな」

 ルックさんが太さがグローブぐらいある右手の指で顎髭を扱いています。これは考え事をするときの彼の癖で表情も――人間やアールヴにはドラゴノイドの表情を見抜くのは普通は困難なのですが、長年の付き合いの僕にはわかります――姉と同じぐらい深刻です。

 現在僕達はゼイトニング第三衛星をあとにして、プリトマートの愛船であるローズユニコーン――救星拳騎団支給ではなくレオハロード王家所有の個人船プライベートシップです――でダミエッタ星系へ向かっています。すでに自動操縦オートパイロット設定セット済みなので操縦席コクピットに居る必要はなく、船室キャビンで作戦を練っていました。

「本部の量子コンピュターの予想、スティルペースの刻詠みの予言とも四十八時間前の時点では蛮族軍は星系の第八惑星付近ですが、私達が到着するころには第七惑星宙域にまで達しているはずです」

 ルックさんがまず――目標が小さいので一番細い小指の爪先で――立体映像のダミエッタ星系の第八惑星の防衛ラインに触れ、それによってその部分の画像が赤く点滅します。

 ダミエッタ星系は首都星系よりも惑星の数が多く十三の星で構成されており、首都のダミエッタ星は第四惑星です。

 指が立体映像を切り裂いて第七惑星まで動き、そこも赤化しました。

「……かなり厳しいですな」

 百年以上戦いとともに生き、星系規模の艦隊戦の経験も豊富なルックさんは、事態の深刻さ――正確には僕達三人で蛮族軍を撃退することの困難さと生還率の低さ――をよく理解しているので、髭の扱き方がどんどん荒くなっていきました。あっ、勢いあまって三、四本まとめて引き抜いてしまい、痛みで顔をしかめています。

「……”大いなる力”を目覚めさせれば勝てるのかもしれませんが、それがどういうものでどこにあるのかも不明ですからな」

「いかに刻詠みの長の予言とはいえ大いなる力にすべてを賭けるわけにはいかん。星系内の既存の戦力だけで蛮族軍を退けるには近衛軍に動いてもらうしかないだろう」

 姉の言葉にキュッと首を絞められ陰鬱な気持ちになります。近衛軍はどの王家国家でも全員が貴族の子弟で構成されている場合がほとんどで、王と王族の守護が存在意義であり、それ以外では戦わないのです。

「動いてもらえるよう知恵を絞ろう」

 姉の言葉で議題が決まりそれから何時間も議論を交わしました。基本僕とプリトマートが意見や案を出して、ルックさんはそれに感想を述べる形です。……普段王族が会議しているときは、彫像のように沈黙している彼には珍しいことです。それだけに事態の厳しさが再確認できて身が引き締まりました。

「それで……」

 プトリマートがチラと壁の時計へ視線を走らせました。PM19:00が近付くにつれて姉は落ち着かなくなり、頻繁にお茶を飲んだり指を弄ったり、爪先を上下させています。

「っ」

 ピンときました。今日は19:00からプリトマートが毎週欠かさず観ている立体ホロアニメがあるのです。録画予約はしてるでしょうしすぐに立体ホロネットで配信もされるのですが、リアルタイムで視聴したいのがファンのこだわりなのでしょう。でも、気位の高い姉はこの趣味を恥じて隠しており、またこの状況でそんな我儘を言うことはできないと思っているようです。

 ……生きて還れないかもしれないので今週は観せてあげたいです。

「アイデアが出ないのに悪戯に議論を続けても無意味です。PM20:00まで休息にしましょう」

「そうだな!」

 パッとプリトマート顔が明るくなりパンッと両掌を打ち合わせましたが、すぐにはしたない仕草だと気付き顔を赤らめました。

「では一時間後にまたな!」

 照れ隠しに咳払いをすると姉は席を立ち、弾むような足取りで自室へ向かいました。

 事情とプリトマートの秘かな趣味を知らないルックさんは怪訝な表情ですが、いつも超然としていて完璧な姉の人間味のあるところ見れたことが嬉しくて、僕は微笑んでしまいました。

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