第11話 PHASE1 二人の少年 KNIGHT SIDE4-②

その歴史は非常に古く共和国建国のはるか昔、人間が農耕をはじめたころには、すでに原型が存在していた言われています。

「っ」

 どうやら二分経ったようです。時刻を表示している端末の画面ディスプレイに視線を注いでいた姉が、部屋の中央に進み床に埋め込まれている立体投影機ホロプロジェクターを起動しました。

 投影機から全周に光が放たれ、白い壁が極彩色に明滅し、次の瞬間映像が固着してザナドゥエデンにある、拳騎団本部の評議の間の風景に結晶しました。これでこの部屋と評議の間はリアルタイムで会話ができます。

 評議の間は円形で天井も丸く、白と柔らかい黄色の壁には採光用の幅広い窓があり、窓と窓の間には優雅な円柱が立っていて、室内の中央を東西南北から囲むように四つの椅子があり、それをさらに壁際に置かれた十二の椅子が取り巻いています。

 僕の主観では僕達は部屋の中央にいるので、向こうでも僕達の立体映像は室内の中央に現れているはずです。

「…………!」

 かなり驚きました。通常上層部から拳騎士に命令が下されるときは、その人物の直属の上司か、ひとつの惑星の存亡に関わるレベルの任務でも各部門の長だけなのに、長だけでなく十二人の評議員全員――皆忙しいので何人かは僕と同じく立体映像でしょうが――揃っていました。

(これは共和国全体に影響する任務かもしれない)

 無意識に汗の噴き出した掌を握りしめてしまいます。

 プリトマートとルックさんも同じことを考えているようでやや表情が強張りましたが、二人は僕よりは場慣れしているらしく、同時に肘で曲げた右腕を胸の前に床(地面)と水平に構える拳騎団式の敬礼を行ったので、僕も慌てて続きました。

(情けない……。こんなことで任務を果たせるんだろうか)

 評議の間の方々も椅子に座ったまま返礼をしてくれました。

 壁際で椅子に座っている十二人の評議員は人間が七人、それ以外の種族が五人です。その内側で僕達を四方から囲んでいるのが評議員からさらに選ばれた各部門の長で、それぞれ軍事的な運営を司る戦士の長、政治外交並びに拳騎士の選抜や指導教育を司る智の長、共和国政府や一般社会、民との折衝や経済的な運営を司る民の長、優れた予知能力で拳騎団だけでなく共和国の政治にも助言する刻詠みの長です。

 戦士の長はドラゴノイドの壮年の男性であり、智の長は老齢の人間の男性で、民の長も壮年の人間の男性、刻詠みの長はスティルペース――極めて珍しい植物から進化した人族で身体の各所に感情に呼応して開く花を持ち、母星にある宇宙樹ユグドラシルという大樹を崇めていて全員が優れた予知能力者――の若い女性が務めています。

 四人の長は一瞬目配せをして互いに意思確認しあったあと、主導的立場リーダー格である智の長が代表して言葉を紡ぎました。

「アンフォアギヴン・ミクシード・レオハロード、プリトマート・ロゼ・レオハロード、ルック・ガード・スクワィア。明晰な君達のことゆえ室内の空気からすでに理解しているだろう。今回君達に与えられる任務は極めて重要だ」

 口調は固いものの静謐で穏やかな声音なのであまり切迫感は感じられません。しかし、僕達は彼は共和国の滅亡を告げるときでも、この声であることを知っています。

 ゴクリと喉が鳴りさらに強く拳を握りしめて爪が皮膚に食い込んだらしく、掌に軽い痛みを感じました。

 不安を紛らわすためチラと見やると姉とルックさんも顔の緊張が強まっています。

「ダミエッタ星系の戦闘で共和国軍がかなり苦戦しており、このままではあと一週間ほどで本星へ攻め込まれそうなのだ」

 プリトマートとルックさんが一瞬視線を交わし、――二人とも僕が十日前までダミエッタ星に派遣されていたことを知っているので――意見を求めるように僕を見やりました。

「智の長、ダミエッタ星の戦況はむしろ共和国優勢でした。僭越ではありますが十日弱で急激に戦局が変わるとは思えません」

「そのことだが……」

 ルックさんと同じ独特の発音に左斜めを後ろへ顔を向けると、戦士の長が難しい表情で腕を組み、牙の隙間から伸ばした舌で上唇を舐めています。

蛮族帝国アスヴァロスエンパイアが”四天王軍”の一角を投入したらしいのだ」

「!?」

 戦慄とともにプリトマートとルックさんを見やってしまいました。二人も愕然とした表情です。

 四天王軍とは皇帝アマデウスに次ぐ力を持つと言われる、四人の蛮族に率いられた帝国最強の部隊です。その戦闘力は百戦百勝必勝不販と恐れられ、四軍が一斉に動けば共和国を滅ぼせるとさえ言われています。それなのに戦争が三万年に渡って硬直状態なのは、四天王軍が極めて稀にしか戦線に投入されないからであり、その理由について外銀河へ遠征を行っているや、天界でツゥアハー・デ・ダナーンの神々との戦闘に参加している、あるいはいまはまだ参戦していないが、そのときに備えて温存されているなどの説が唱えられています。

「……戦線の中ではダミエッタ星系はさほど重要ではなかったはずです。なぜ急に四天王軍が動いたのですか?」

 平静を装っているものの常に冷静沈着で豪胆なプリトマートも、碧眼は揺れ声もかすかに震えていました。

「わかりません。ただ皇帝アマデウスの下知であることは間違いないでしょう」

 人の良さそうな個人商店の中年店主といった佇まいの民の長が、太腿の上で絡めた指を組み替えながら答えてくれました。

「戦線は数千光年に及んでいる。現地の住人には同情を禁じ得ないがダミエッタ星が陥落しても、本来なら・・・・共和国全体への影響はさほどでもない。しかし、今回は事情が違うようなのだ」

 一端言葉を切り智の長が刻詠みの長へ視線を向け、戦士と民の長も彼女を見やり、壁際で沈黙に徹している評議員も全員が、刻詠みの長を注視します。

 刻詠みの長は軽く頷くとよく通る歌を唄えばさぞ美声だろうという、声音で言葉を発しました。

「わたくしの予知によればダミエッタ星の戦闘は、共和国全体に波及する大きな事象の分岐点

なのです」

「…………!」

 一見突飛とも言える刻詠みの長の言葉に、これまでで最大かもしれない動揺が室内に走り、互いに意見を求めるような表情で、プリトマートとルックさんが再び視線を交わしました。救星拳騎団の歴史と実態を知る者にとっては、刻詠みの長の予知にはそれほどの説得力と信憑性があるのです。

 ダミエッタ星の情報データーを思い出しているらしくプリトマートの視線が遠くなりました。僕も記憶を閲覧しましたが、あの星は平凡な――というと語弊がありますが――最前線の星だったはずです。

「貴方達三人には現地へ赴き四天王軍を退ける助けてなってほしいのです」

「!」

 予想外の言葉に主神オデュゼィンの雷で撃たれたような衝撃が五体を貫き、驚愕と戦慄で全身が硬直しました。死刑宣告か特攻に近い命令です。

 ……それでも僕が戦う死ぬことで少しでも蛮族軍の侵攻を遅らせられるなら、一人でも無辜の民を救えるなら……。

 承諾の言葉を発しようとした瞬間視界の端を、僕と同じく愕然としている姉とルックさんがよぎりました。

 ……僕はともかく二人を死なせるわけには……。

「お言葉を返すようですがそのような重要な任務なら私達だけでなくもっと多数を、いえ、共和国の主力艦隊を動かすべきです!」

 僕と姉が危険で生還率の低い任務に派遣されることが心配なようで、我に返ったルックさんが血相を変えて刻詠みの長に一歩踏み出し、右の拳を握って唾を飛ばしました。

 どうやら長達もこの反応は予想していたらしく、四人で再び目配せをしあったあと、頷いた刻詠みの長が代表で説明をしてくれました。

「貴方達の意見は正論だと思います。しかし、わたくしの予知ではこの任務は貴方達三人でなくてはならない。大人数の拳騎士や共和国艦隊を動員するとかえって悪い結果に帰結するという啓示なのです」

「!?」

 ルックさんは反論しようと数回咢を開閉させましたが、適切な言葉を見つけられないらしく、拳を開閉させたり、小刻みに立ち位置を変えたりしています。それも無理はありません。刻詠みの長の発言の根拠が予知では、どんな論理的な抗弁も無意味です。

「これは勝算生還率が皆無の指令ではありません。ダミエッタ星には”大いなる力”が眠っており、それを目覚めさせれば四天王軍を撃退することは十全に可能だという事実も視えました」 

 プリトマートとルックさんが三度視線を交わし、次いで揃って僕を見やりました。二人とも戸惑ってはいるようですが、表情はかすかに緩んでいます。救星拳騎団の三万年の永き歴史で刻詠みの長の託宣や予知に従って、理解し難い常軌を逸した無謀な命令が下されたことは幾度もありますが、団員の生還率はかなり高いのです。

 考えてみれば当然かもしれません。いくら救星拳騎団が政治的に完全な独立を保証されているとはいえ、有力国家の王族である僕と姉を無謀な任務に派遣して死亡させれば、問題になるのは避けられないでしょう。

 姉は右手を顎に添えて沈思黙考しつつ、視線を長と僕の間で何度も往復させていましたが、やがて意が固まったらしく僕を見据えました。彼女とルックさんはともかくこれが二つ目の任務の僕には、荷が重すぎるので外すべきだと進言するつもりなのでしょう。

(ありがとう、姉さん、ルックさん。心配してくれるのは嬉しいけど、僕の気持ちはもう決まってるんだ)

 脳裏にジャンさん一家と一週間前校門前で貧血を起こした女生徒が浮かびました。

「わかりました。アンフォアギヴン・ミクシード・レオハロード、その任務拝命致します。……ですがこの任務は私が一人で行います。姉とルックは除外してください」

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