第10話 PHASE1 二人の少年 KNIGHT SIDE4-②

 周囲を何百台というスピーダーとビーグルが飛び交っていて、レーザーで描かれた空中道路があり、ドロイドも懸命に交通整理をしているのですがしばしば接触事故が発生して、その様子は甘い果実に群がる蜂の群れのようです。あっ、いまも右斜め上で二台のビーグルがぶつかり、両方とも弾き飛ばされました。ドライバーに大事がないといいのですが……。

「うわっ」

 事故に気を取られているとふいに突風が吹きつけました。運転席を見やるともうマンションが近いので、姉がシールドのスイッチを切っていました。

「ああっ、すまん。ОFFにする前に一言いうべきだった。大丈夫か?」

 プリトマートはハンドルを握り顔は正面に向けたままですが、拳戦士フィスターとして広い視野を持てるように訓練されているので――戦場において周りでなにが起きているのか把握できなければ、命がいくつあっても足りません――視界の端に僕を捉えているのは確実です。

「うん、目にゴミも入ってない。ちょっと驚いただけだよ」

 軽く安堵したためか一瞬姉の表情が緩みましたが、すぐに引き締めました。

 前方に郊外の宇宙港スペースエアポートに着陸しようとしている超巨大輸送船トランスポーターシップ背景バックに、五百メートルを超える高さの幾何学的形状のビルがそびえています。あれが僕とプリトマートの自宅であるマンションです。

 車庫ガレージはマンションの地下にある――最深階はB30です――のですが、プリトマートはそのままの高度でビーグルを進め、僕達の部屋の前で静止させました。

 姉が彼女の通信端末から信号を発すると、外壁の一部が軽い駆動音とともにシャッターのようにせり上がり、室内車庫が現れました。もっとも家賃の高い最上層から三階下までの住人の特権です。

 入り口は狭いので並のドライバーでは壁に車体を擦らずにビーグルを車庫に入れるのは困難なのですが、姉はまったく危なげなく愛車を着陸させました。

 室内車庫は入り口に反して広く四人乗りの平均的家庭用ビーグルなら、横に四台縦に二台並べられる面積です。

 ドアのロックを開けて僕が外に出ると、姉も通信端末でハンドルをロックし、エンジンもオフにしてからビーグルから降りました。

 空調は完璧でドロイドが一時間に一度掃除もしているので、清潔で空気にも埃ぽさはありません。

 緊張を取るために首を回していると十数台の円形で扁平な、小型整備メンテナンスドロイドがビーグルへ殺到します。彼らには悪いですがそのさまは角砂糖に群がる蟻の群れのようだと思いました。

「一日の学業お疲れさまでございました。アン王子、プリトマート姫」

 聞き慣れた独特の発音による重低音の挨拶に、僕と姉は同時に声の方を見やります。 

 車庫の隅にあるリビングへの扉の前で、一人の男性が片膝を着き、自身の膝に額が触れるほど深くこうべを垂れていました。

 慌てて彼に駆け寄りました。深く身体を折っていても頭頂部のは僕の顎に達しそうです。

「ルックさん。頭を上げてください。ここはレオハロードの王城ではないんです。そんな態度を取る必要はないんです」

 プリトマートも僕の隣に並んで彼を立ち上がらせようと、手を伸ばしながら言葉をかけます。

「そうだ。おまえは私とアンにとって家族も同然だ」

 立たせようとする姉の手を振り払うわけにもいかないようで、ルックさんはゆっくりと立ち上がりました。

 身長百七十八cmの僕でも視線はルックさんの鳩尾の高さで、頭頂の鰭は天井にかすりそうです。

 ルックさんはドラゴノイドなのです。人族ヒューマンではありますがその姿は人間イノセントと大きく異なり、一言で表現するなら二本脚の直立したドラゴンです。顔の造形は竜そのもので二つの瞳は爬虫類のそれで、顎は耳まで裂け鋭い牙が鋸の歯のように並んで――標準語ベーシックの発音が独特なのはそのためです――います。髭はあるものの頭髪はなく、その代わり恐竜ダイノソーリャのような背鰭があります。全身が濃い茶色の鱗に覆われていて輪郭フォルムは人間よりであり、手足の四本の指には鋭い爪が生えていて、背中には巨体に飛翔能力を付与する一対二枚の皮膜の翼と、三メートルを超える尻尾があります。子供のころは尻尾で持ち上げてもらうのが好きでした。

 ドラゴノイドはツゥアハー・デ・ダナンの神々が、アス・ヴァ・フォーモルの邪神達や彼らが産み出した蛮族アスヴァロスに対抗するために、戦いに特化した種族として創造したと言われています。”素”での身体能力や体力、頑健さは他の人族をはるかに上回り、牙や爪、尻尾などの武器も備えていて知能も人間に劣りません。寿命は三百年ほどでルックさんは百十二歳ですが、人間に換算すれば三十四歳ぐらいです。

 ルックさんの本名はルック・ガード・スクワィアと言い、代々レオハロード王家で武術師範役をされている家系の出身です。僕も姉も幼いころはずいぶん鍛えられました。あっ、もちろんまだまだ未熟なのでこれからもしごいてほしいです。ルックさんは一族の中でも特に王家への忠誠心が強く、その度合いはもはや”信仰”に近いほどです。ゆえに王家の人間には卑屈に見えるほど慇懃な態度を取られ、いまも王宮を何千光年も離れているのに、宮廷従者の礼服を着ていて、忠誠心の厚さを示すように服は糊が効いていて皺ひとつありません。

 ……ルックさんを家族であり師だと思っているので、こんなへりくだった態度をされると、もうしわけない気持ちになります。

 鬱屈とした空気を吹き飛ばすため、過剰に明るく笑いルックさんの背中を叩きました。

「夕食にしましょう! 僕はもうおなかペコペコですよ!」

「うむ! 今日は特に念入りに料理の腕を振るおう! メニューはアンの好物のロールキャベツと、ルックの好きなビーフストロガノフだ!」

 意図を組んでくれたらしく姉も過剰な笑みで、制服の袖を捲って右腕に力こぶを作ってくれました。

 ですがルックさんはそれまで以上に、スクィーラルより小さく見えるほど巨躯を縮こませます。

「……申し上げにくいのですが救星拳騎団メサイヤフィストの本部から、帰り次第連絡を入れるよう通信が届いております……」

 …………。……徒労感と情けなさとルックさんへの罪悪感からワームホールに入りたくなりました……。


 僕はリビングのソファに腰を降ろして家事メイドドロイドの淹れてくれた黒いお茶を飲んでいました。香ばしい薫りを嗅ぐと多少は気も落ち着きます。

 テーブルを挟んだ三人用ソファにはルックさんが一人で座っていますが、その巨体には三人用ソファでも窮屈そうで、事実尻尾は収まりきらずフローリングの床でとぐろを巻いています。このマンションで三人で暮らしはじめた当初は、ルックさんは僕と姉の前では恐れおおいと、椅子を使おうとせず床に直接腰を降ろしていたのですが、最近ようやく座ってくれるようになりました。

 姉はいまシャワーを浴びています。本当はただちに本部に連絡を取らなければならないのですが、女性の身嗜みに気を使う心情を無下にはできません。

 民の収めてくれたお金で買ったものなので最後の一滴までありがたく黒いお茶を喉に流し込み、、からになったコップを机上のソーサーに置いて、改めて室内を見渡しました。

 僕達の部屋は5LDKで三人でも広すぎます。マンションなのでさすがに構造材は第二高校の校舎と同じ強化プラスチックですが、机や椅子、ソファや収納棚はすべて木材や石などの天然素材から職人の方が造ったものです。僕はもちろん姉もこういう”贅沢”は好みでないので、市販品でいいと言ったのですが、兄達と姉達にそんな粗末な家具ではレオハロード王家の名折れだと、強引に押しつけられてしまったのです。

(家具を買うためにどれだけの血税が浪費されたことか)

 共和国の民のため身を捧げる決意をしても兄弟の暴挙さえ止められません。

(情けない……。一人前になれば止められるのか)

 シャワーの音がしなくなって十分ほどしてから髪を乾かし終わったらしく、私服に着替えた姉がリビングに姿を表しました。これから救星拳騎団の上層部と話すのでラフではなくスーツ姿です。

「行こう」

 姉に促された僕とルックさんはシアタールームに移りました。立体映像を投影したとき画像にノイズが入らないように全面が白く、壁床天井にい一ミリの凹凸もありません。

 プリトマートはまず彼女の通信端末で本部と二言三言話すと、通話を切り僕の方を向きました。

「向こうの準備があるので二分待てとのことだ」

 思いがけず手持ちぶたさな時間ができましたね。時間は有効に使わなければならないので、この間に救星拳騎団について説明しましょう。

 救星拳騎団メサイヤフィストというのは拳戦士フィスターによって構成された共和国の社会と民、正義に奉仕するための半民間NGОの福祉団体です。その任務は大では窮地に陥った対蛮族戦線の助勢、人族国家惑星同士の紛争の調停、あるいは武力を伴わない外交の調停、大災害の被災地の救助復興の指揮。小では先日僕が担当した冤罪事件の救済、辺境星系での拳戦士候補生の修行やオラティオ研究の協力まで多岐に渡ります。救星拳騎士は戦士であり外交官であり、軍人でありオラティオ研究者でもあり、そうした任務を果たすため拳騎団と拳騎士は実質的な不逮捕不起訴特権と、各惑星の政府や軍、司法への命令権を与えられており、この前の僕の例ならダミエッタ星の警察と検察も僕が要求したら、すべての捜査資料を提出しなければなりません。もちろん拳騎士は強大過ぎる権力と特権を与えられるのですから、入団試験は非常に厳しく精緻なもので、もっとも重視されるのは人格と人間性、精神性メンタリティ、次が戦闘力、三番目が政治や外交の知識です。

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