第9話 PHASE1 二人の少年 OUTLAW SIDE4-② KNIGHT SIDE4-①

「ミッションルームに行くか?」

「いや、ここで聞く」

 屋敷は完全防音で扉も施錠ロックされているのだ。

「チャヲモッテキテヤル」

 それまで空気を読んでオブジェになっていたОKANがキッチンに向かう。

 机を挟んでオレとゾーイは三人掛けのソファに並んで座り――おいおい、しなだれかかってくんなよ。オレ達は兄妹で恋人じゃねぇんだぞ――、ダニーはその対面の一人用ソファに腰を降ろし、彼の通信端末を机上に置き通話ボタンを押した。

 5コールで端末の上に初老のスクィーラルの立体映像が結ばれた。こいつがオレがいつも使っている情報屋のギガンティックイヤーだ。別に耳はでかくないが銀河屈指のハッカーで、人族はおろか蛮族の情報まで聞き逃さないので巨大な耳ギガンテイックイヤーと呼ばれている。

《よぉ、ジュウザ。調子はどうだい?》

 やや画像と音声が乱れておりいま彼は、かなり遠くか通信事情の悪い場所にいるようだ。

「ちょっとイヤー、あんたのこの前の神具の情報またガセだったじゃない。アニキがどれだけがっかりしたと思ってんの!」

 直前にオレの失意を見ていた妹が身を乗り出して情報屋に噛みつく。

「よせ、宝捜しこの世界の情報は九十%がガセだ。銀河最大の神具の手がかりなら、広大な小惑星帯から一メートルの岩片を見つけるより困難だ。それに三千億クレジット入手できた」

 まだ怒りが収まらいないようでゾーイは唇を尖らせている。

 情報屋がかぶりを振りオーバーアクションで肩を竦め言葉を紡ぐ。

《そんなに怒んなよ。その件はオレも悪いと思ってとっておきの、お宝の情報を持ってきたからよ》

 オレの片眉が上がりそれと連動して好奇心も鎌首をもたげた。

《ダミエッタ星に時価三兆クレジットの旧時代のお宝があるんだよ》

「ダミエッタ星? 永い間蛮族との戦争の最前線になってるダミエッタ星か? 本当にそんな宝があるのか?」

 隣でゾーイも訝し気な表情を浮かべて首を傾げており、意見を求めるようにまずダニー、ついでオレを見やった。

 情報屋の立体映像の向こうのダニーは、帽子を深く被っているので表情がわからない。

 ギガンティックイヤーが得意げに鼻を鳴らし、子供に言い聞かせるように言った。

《だからこそいままでどの宝捜しも情報屋も、現地に赴いて直接調査しなかったんで、旧時代から手つかずなんだよ》

 ソファに深く背を預けオレは情報の吟味を開始した。宝捜しの仕事は宝を見つけることであり、傭兵のように戦争に参加することではないので、紛争中の惑星や土地は確度が高く美味しい案件も避ける傾向がある。しかし、オレの目的は”金”そのものではなくそれを見つけるまでの冒険とスリルなのだ。

(蛮族との最前線の星なら普段とは違った経験ができるだろう)

 情報は火種となり闘志と挑戦心という燃料に着火した。フツフツと音を立てて血が熱くなっていく。

 それにここで退いたら戦争の最前線に怯えてビビッてたように情報屋に思われるかもしれねぇ。

「わかった。その情報を買おう。いつものアドレスへデータを送信してくれ」

 隣から妹が息を吞む音が聞こえ、ダニーの帽子のつばがかすかに揺れたが、オレは無視した。 

「報酬は五千万クレジットだ」

 相場の三割増しの額なのでギガンティックイヤーが口笛を吹く。

 必要なやりとりを終えたので通話を終了させるため机上の通信端末に手を伸ばすと、情報屋が肉球のついた掌を向けてきた。

《待て待て、そう焦んな。以前も話したが『プロの流儀』に出てみねぇか?》

 「プロの流儀」ってのはその道のプロの仕事ぶりを紹介する立体ホロTV番組だ。

 大半の市民が非力な子羊の共和国の社会において、宝捜しオレ達ような生身で宇宙戦艦バトルクルーザー並の戦闘能力を持った無頼漢アウトローは、忌避され疎まれると思うかもしれないが、実体は逆だ。平和で完成された社会ならいざしらず共和国は蛮族と戦争中でなのであり、また銀河を統治する共和国を自称していても銀河のうち既知領域ノウンリージョン55パーセントで、45%は未知領域アンノウンリージョンのままなので、共和国は対蛮族の戦力確保や入植地、資源獲得、あるいは交易や宗教の布教のため、絶えず版図拡大を望んでいる。そうした社会では蛮族と戦える者、未踏の星系を探索できる勇気と能力を持った者は貴重で、一般人からはプロアスリートに近い存在と認識されていた。

 空を引き裂き大地を割る光速の拳を持つ、オレ達拳戦士が一般人を殴れば肉片も残らず、普通の警察が拘束できるはずもないので、拳戦士が一般人に暴力を振るうことは最大の禁忌タブーとされている。もちろん手を出せない拳戦士を保護するための法律も整備されていた。大事な資源戦力だからな。

 おっと話がちと脱線しちまったな。もとの話題に戻すぜ。そうしたこともあり宝捜しや賞金稼ぎバウンティハンターには自分の仕事ぶりを立体ホロネットにアップして、芸能人紛いのことをしている奴もいる。ギガンティックイヤーはTV局とも関係が深いので、イケメンや美女で華のある賞金稼ぎや宝捜し屋にはしばしばこういうことを言ってくるのだ。

 しかし、オレはそういうことにはまったく興味がない。

「他を当たれ」

 曖昧な態度を取ると脈があると思われかねないので、取り付く島のないまでにぶっきらぼうに答えた。

 拒絶の意思は明確に伝わったようで、芝居がかった仕草で肩を竦めると情報屋の方から通話を切った。

「よし」

 オレは決意を込めて立ち上がった。今回は大仕事でいつも以上の準備が必要だ。これから忙しくなるぞ。

「ジュウザ、俺も行くぞ」

 通信端末をアーミーパンツのポケットにしまったダニーが、つばの隙間から問うような睨むような視線を向けてくる。

「…………。…………っ、ああ、頼むぜ」

 「一人で充分だ」という言葉は喉まで出ていたのに、なぜ同行を許可したのか自分でもわからねぇ。思い返せば予感がしていたのかもしれねぇな。

「よーし! ガンバルぞー!」

 一歩離れたところでゾーイが両拳を握りしめて、瞳にも闘志を漲らせていた。

「おまえは留守番だぞ。宝捜しハンティングにはまだまだ未熟だ」

「へっへっへっ」

 空の色の瞳を勝気に光らせ不敵に口角も上げる妹に、オレは猛烈にいやな予感がした。

「見てよ!」

 ゾーイが彼女の通信端末のボタンを押すと、空間にMISSIONCOMPLETEの文字が浮かぶ。

「!?」

 一回だけまぐれで格ゲーでオレに勝ったときよりさらに、得意げにゾーイが胸を張って鼻の下を擦る。

「ちゃんと達成したよ! アニキ、この訓練をクリアしたら宝捜しに連れてってやるって、約束したよね!」

 端末をひったくってデータを確認したが、本当にクリアしてやがる。しかも文句のつけようがねぇ成績だ。嘘だろ、A級の宝捜しハンターでも困難なミッションだぞ。

「ダミエッタ星の遺跡ってどんなかな。楽しみー!」

 遠足前の小学生のようなテンションで妹は両拳を握りしめたまま、ピョンピョン跳び跳ねてる。

 …………。……無人惑星とかならともかく戦争の最前線の星での探索ハンティングに、妹は連れて行けねぇ。

「っ」

 ある意図を込めてダニーを見やると、彼も意味を察してくれたらしく帽子の唾がかすかに上下した。

「…………」

 ゾーイの嬉しそうな顔を見ると胸が痛む。ОKANが運んできた黒いお茶から立ち昇る、普段なら精神を弛緩リラックスさせてくれる香ばしい薫りも、それを弱めてくれなかった。





 KNIGHTSIDE 4

 共和国標準時ザナドゥエデンスタンダードタイム 共和国暦RD30052年4月22日PM18:17

 共和国首都星系第五惑星第三衛星星都キャピタルスターシステムフィフスエレメントサードサテライトせいと都内超高層マンション


 第二高校での生徒会の務めを終えた僕は、プリトマートの運転するビーグルで自宅である超高層マンションへ飛翔していました。

 姉の愛車はオープンタイプ――無色透明なシールドを展開しているので風は吹きつけず、音もしません――なので下面以外全周が見渡せます。

 ここはゼイトニング星第三衛星の星都なので周囲には行政機関や大企業のオフィスが入居している、五、六百メートルの超高層ビルが何十個も尖塔のように天を突いています。上から俯瞰すれば槍衾に、横に数十キロ離れれば剣山に見えるでしょうね。

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