第8話 PHASE1 二人の少年 KNIGHT SIDE3-② OUTLAW SIDE4-①

「あいかわらずですね、会長」

 三年生の人間の男子が苦笑を浮かべています。このような姉弟のやりとりを見るようになって三か月なので、会議室にいる役員は誰も普段と乖離したプリートマートの挙動に驚いていません。

「っ」

 姉は憮然とした顔で小さく舌打ちしましたが、すぐに彼女らしくないはしたない仕草だと気付いたようで、なにも言わずAI端末に視線を向けました。

 僕もこれ以上姉の気分を害さないように、苦笑を隠すために顔を端末に向けます。

 ジョン君は毎日迎えに来る妹のアシュレイさんと一緒に帰るので、いまごろ二人でスピーダーを駆っているでしょう。





 ОUTLAWSIDE 4

 共和国標準時ザナドウエデンスタンダードタイム 共和国暦RD30052年4月22日PM16:21

 共和国首都星系第五惑星弾三衛星星都キャピタルスターシステムフィフスエレメントサードサテライトせいと郊外フリーベンチャー邸

 

 愛車を車庫ガレージに入れたオレはゾーイを伴って自宅の玄関エントランスに入った。この一週間一日も休まず通学している。どうやらオレは自分で思っている以上に学校という奴が好きらしい。

 妹の気配のさらに背後でシュッという音がして自動の玄関ドアが閉まった。

 ほぼ同時に教師ドロイドより二回り大きなビヤ樽型で、その上に各種センサーと発声装置を備えた頭部がついたドロイドと、二回り小柄な正方形に二対四本腕マニュピレイターを備えたドロイドが飛んでくる。

「オカエリ。ロクデナシトオテンバ」

「マイマスターズ。よくお戻りになられました」

 横柄なのがビヤ樽で丁寧な方が正方形だ。

「ただいま! DETCHIデッチ!」

 オレの背後から小走りに駆け出たゾーイが満面の笑顔で、正方形のドロイドを抱きしめ、愛玩動物ペットにするように上面を掌で撫でる。

「ワタシニハハグナシカ?」

「ОKANもただいま!」

 DETCHIから手を放した妹がОKANをハグしようとしたが、胴体が太すぎて回した腕を組み合わせられない。

 毎日繰り広げられている暖かい光景に口元が綻ぶ。

 ОKANとDETCHIは我が家の家事を司る家政婦メイドドロイドだ。いくら共和国の携帯食料レーションが美味くて栄養バランスも完璧で高カロリーとはいえ、人跡未踏の密林ジャングルや砂漠、氷河ではそれらが尽き食料を現地調達しなければならないこともあるので、調理スキルは宝捜しトレジャーハンターにとって必須であり、オレもゾーイももう一人も料理はできる。だが、安全な自宅で家事をやる気にはなれず――怠惰じゃなくて訓練や情報収集、装備の整備に学校関連でやらなければいけないことが多くて忙しいからだぞ――こいつらに任せているのだ。どっちも十年以上前に発売されたモデルで、アップグレードしていても現代では型落ちだが、キャラが気に入っていて使い続けている。

 オレとゾーイが通学鞄とそれ以外の雑物が入ったスポーツバックを渡すと、DETCHIはそれらを四本の腕でひとつずつ持って、オレと妹の私室へ飛んでいく。

 妹と一緒にリビングへ入った。リビングは星都の平均的な一軒家のそれよりかなり広くテーブルに椅子、ソファに収納棚ストラージュシェルフなど生活に必要な家具は一通り揃っているが、機能性重視でグレードは上の下ぐらいのものばかりだ。宝捜しも含めて富裕層は自らの財力と権威を誇示するために、機能性よりも見た目と格を重視して木などの天然素材で職人が作った家具を好み、家自体も太古の時代のように木材や石、漆喰で造る奴が多いが、オレはそんなものに興味はなく屋敷も強化プラスチック製だ。

 とはいえ機能性だけを追及すると無味乾燥過ぎて殺伐とするので、絨毯やカーテン、花や絵画など最低限の潤いは持たせてある。

「お帰り、ジュウザ、ゾーイ。学校は楽しかったか」

 ソファで酒を飲んでいた男が立ち上がって声をかけてくる。空調は完璧なので臭いはしないものの、オレ達が入ってくる直前に慌てて消したようで、灰皿のタバコからはまだ煙が立ち上っていた。

 濃灰色の髪に病的にも見えるほど青白い肌で黒い瞳の男で、太く黒いげじげじ眉毛であり顔立ちは整っているが、どこか達観したような冷めた表情をしていた。長身で大柄ではあるものの体型は引き締まっていて、黒のタンクトップにアーミーパンツにジャングルブーツの野性的ワイルドな出で立ちである。

 屋内なのに顔を隠すようにつば広帽を被っていて、つばの深い切れ目から黒瞳が覗いていた。

 オレの三人目の家族であるダニーロエリック・イガ・シャルマだ。年齢は二十八歳で十数年間親父の相棒バディを務めていた、某惑星出身の銀河忍者である。

 そして親父からオレとゾーイを託された男だ。

 ……できるなら一人でゾーイの面倒をみたいが、まだ半人前の・・・・・・オレでは”娘”の養育はいささか手に余るのだ。

「ただいま、ダニー。今日もすっごく楽しかったよ!」

 背後から進み出てオレの隣に立ったゾーイが、左手でピースサインを出しながら笑顔で片目を瞑る。

「そうか」

 硬質な声音で無表情なままだが、つばの切れ目から見える黒瞳がわずかに緩む。

「ジュウザ、おまえは?」

「…………。……平常運転」

 ……ダニーはオレを子供扱いする傾向があるがまだ半人前だから・・・・・・・・文句は言えねぇ。一人前・・・になれば胸を張って反論できるんだが。

 ゾーイが壁際にある逆さの四角錘を四本の細い脚が支えている、サイドテーブルに駆け寄り机上の立体ホロ映像に話しかけた。

「ただいま、父さん。あたしは今日も元気だよ」

 常に闊達な妹の顔がこのときばかりはわずかに陰る。

 ……ゾーイの悲し気な顔を見せられるのはオレが彼女の父親になり切れていない、哀しみを癒してやれていないという事実を突きつけられるようで、毎日のことだがこの時間は辛い。

「っ」

 つばの切れ目から向けられたダニーの視線が露骨に、「おまえも挨拶しろ」と言っていた。

 嘆息しつつ肩を竦めながらサイドテーブルに歩み寄ると、いつものように自然な動作でゾーイが場所を譲ってくれた。

「ただいま。あんたの息子はまだ半人前だけど元気に宝捜しやってるよ」

 親父は人族はおろか蛮族の宝まで見つける共和国最高の宝捜しトレジャーハンターだった。しかし、三年前銀河最大の宝と言われる神具アーティファクトの探索の過程で命を落としたのである。

 神具について説明しよう。”宝”ってのはなにも金銀や宝石、美術品だけじゃねぇ。旧時代ビフォーアーリパブリックに強大な魔導士が魔法で、あるいはそれ以外の超技術で創り出した強力な力を持った物品アイテムも立派な”宝”だ。この種類の金銭的価値以外の意味を持つ物は総じてレリクスと呼ばれており、その中でも(両陣営)の神々に創造された極めて強大な力を秘めた物が神具である。その力は人知を超越していて星系やブラックホールを丸ごと消滅させた、凡庸な人族や貧鬼コボルドがそれによって神になったという記録がいくつも残っていた。

 親父が捜していたのはその中でも最大の力を持つ銀河最大の神具であり、ここまでくるとその力は想像さえできねぇ。数万年に及ぶ人族と蛮族の戦争を終わらせることはおろか、宇宙の破壊や再創造さえ可能かもしれない。

 その神具を見つけるのがオレの生涯の目標なのだが、三年間銀河中に手を尽くして調べているのに、いまだ有力な情報はひとつも入手できていなかった。

 口内にかすかな苦味が生まれ、無意識に噛んでいたらしく唇が軽く痛む。

「まだ若いんだからチャンスはこれからいくらでもあるよ!」

 視線を向けるとゾーイが太陽のように明るい笑顔で、胸の前で両拳を握っている。

(だが、瞳は気遣わしげだ)

 また焦燥と落胆が顔に出てたのか。情けねぇ。 これじゃダニーに子供扱いされるわけだぜ。

 陰鬱な空気を打破しようとしてくれたようでダニーが口を開く。

「ギガンテックイヤーから新しいの探索ハンティングの情報が届いている」

「そうか」

 オレ自身もゾーイも気持ちを転換できるのでこの発言はありがたい。

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