第4話 PHASE1 二人の少年 OUTLAW SIDE2-①

共和国標準時ザナドゥエデンスタンダードタイム 共和国暦RD30052年4月15日AM8:41

 共和国首都星系キャピタルスターシステム第五惑星フィフスプラネット第三衛生サードサテライト星都せいと第二高校セカンドハイスクール1―Ζゼータ組教室


 始業前の時間、オレ、ジュウザ・ハーフウィット・フリーベンチャーは在学している高校ハイスクールの自分の教室でくつろいでいた。

ジョン・・・君、だらけてないで授業の準備をしたら? 宿題はやってきたの?」

 オレは高校ではジョン・スミスという偽名で、宝捜しトレジャーハンターであることを隠して平凡――でもないかもしれんが――な学生で通していた。宝捜しトレジャーハンティング賞金稼ぎバウンティハンティングは共和国の法律では合法だから、露見しても官憲に追及されるわけじゃないが、特別扱いされるのを避けるためにそうしているのだ。

 ……それに親父の方針でもある。

「あー?」

 気だるげに視線を上げるとクラス委員で人間イノセントで、剃刀イレイザーのように怜悧な美貌の眼鏡女子オルが両拳を腰に当ててオレを見下ろしていた。

 こいつの席は一番廊下に近い列の最前列だが、一番窓際の列で最後尾のオレのところまでわざわざ注意しにきたのだ。ご苦労な話である。

「ほら、こんなに足を広げてたら他の生徒の通行の邪魔になるわ」

 オレは傾けた椅子の背にもたれ、左脚の上に右脚を置いて両脚を隣の列との間に投げ出して座っている。学校指定の青い制服も上着の丈は通常は足の付け根までだが、臍までに短くして両袖は肘まで捲り、胸のボタンを二つ目で開けてかなり着崩してラフに着ていた。

 オルは粘着質かつ嫌味な性格で逆らうとネチネチ延々と小言を言われる。そんなことをされちゃたまらないので、オレは唇を尖らせながらも脚を引っこめ、姿勢も正した。

 満足気に頷くと奴は自分の席に戻っていく。

 オレはその背に思いっきり中指を立ててやった。

「っ」

 オレは再び心身を弛緩リラックスさせると前方を眺めた。オレの席は四隅のひとつなので、教室全体を見渡せる。

 教室は一辺二十メートルの正方形でオレの席から見て左側が廊下、右は校庭に向いており採光のため壁全体が透明になっている。前方には電子黒板と教壇、教師席と立体映像映写機ホロプロジェクターなどの各種学習機器が並んでいる。教室だけでなく校舎全体がプラスチック製だが共和国の超技術ハイパーテクノロジーで開発したある媒体を加えているので、発展途上星のプラスチックのようにやわじゃなく、強度は鉄筋コンクリートに匹敵するのに重量は六分の一で、それらより風雨や経年劣化に強い。

 ……それでも元気盛りの生徒達ガキどもが毎日暴れまわってるんで、ドロイドが小まめに補修や清掃をしても追いつかず、教室の内壁はけっこう痛んでるがな。

 生徒数は五十名で内訳は人間イノセントはオレとオルを含めて四十一人、アールヴ六人、ドヴェルグル二人、スクィレール一人だ。

 っていきなり種族名だされてもわかんねぇよな。悪ぃ悪ぃ。

 アールヴってのは首都惑星ザナドゥエデンよりちょい重力が弱くて、表面の九割が海、残る一割が森の星で発生した種族だ。重力が弱い星で誕生したので人間オレ達よりやや華奢だが背は高く、容姿はスッゲー美しい。水の多い星で生活してるんで肺と身体が環境に適応した進化をして長時間水中で活動できる。平均寿命はなんと一千年(!)だ。人間より平均知能が高いのでビジネスマンや学者、研究者、容姿と種族特性の芸術や音楽センスを活かして芸能人や芸術家、クリエイターになる奴が多い。

 ドウヴェルグは反対に首都惑星よりも重力の強い惑星の出身で、その環境ゆえ人間より背が低く体躯も頑健だ。母星が非情に高温で火山も多いので、なんとその身体は一千度(!)までのに耐えられる。また見かけからは信じ難いが手先が非常に器用だ。こいつらも人間より長寿で平均寿命は二百年ぐらいで、共和国の社会では種族特性を活かして軍人や肉体労働者、格闘家や技術者エンジニアになるのが一般的だぜ。

 最後のスクィーレルは身長一メートルに満たない直立した栗鼠みてぇな種族で、全身が茶色のフサフサした体毛で覆われ――夏はスッゲー暑いらしい――、掌と足の裏に猫みてぇな肉球がある。出身惑星はよくわかってねぇ。ぬいぐるみみたい容姿からトゥアハー・デ・ダナンの神々が愛玩用に創ったんじゃねぇかって説もあって、実際人権意識が発達する前は他の種族や蛮族アスヴァロスに愛玩奴隷として扱われていたこともあるらしい。 

 知能は人間に劣らないが見た目通り非力で動きも鈍重、手先も不器用だ。それじゃいいところがないじゃないかって? あせんなさんな。神々はちゃんと考えてくれてる。スクィーレルはAIとの親和性が極めて高いのだ。共和国のインフラや軍事を司る量子コンピューターを扱わせたらこいつらの右に出る者はいねぇ。ゆえに九割がコンピューターエンジニアかハッカーになる。オレのクラスメイトもすでに両こめかみにAIケーブルのソケットを、額に光通信の受信装置を埋め込んでる。

 こいつらみんな高一だが当然種族ごとに年齢は大きく異なってて、ドウヴェルグは人間オレ達ならおっさん、アールヴは灰燼に帰して骨片も残ってない年齢だ。しかし、今日の宿題やテスト、昨日の立体ホロTVやスポーツ、アニメ、マンガ、ゲームのことを愉し気に話し、ふざけ合っている姿はどの種族もなんら変わらない。年齢はまったく違っても皆、”青春”なのだ。

「っ」

 クラスメイト達の姿を見ているうちにいつの間にか口元が綻んでいた。なぜかはわからねぇがオレは宝捜しの達成感とスリルと同じくらい、こいつらの平和な姿を見るのが好きだった。

 チラと電子黒板の上方へ視線を向けると、時計の液晶画面にAM8:57と表示されていた。始業はAM9:00だからあと三分で授業がはじまる。

(あいつ遅いな。生徒会の仕事が長引いてんのか?)

 チラチラと何度も教室前方と後方の扉――どちらも自動ドアで授業中はロックされ教師にしか解除できない――を見やる。

 苛立たちと心配で右の爪先を上下させていると、前方の扉がシュッと開く。

 現れた生徒を見てオレは軽く安堵し肩の力を抜く。

 入ってきた人間の男子生徒は爽やかな笑顔で、話しかけてきたクラスメイトに挨拶を返すと、自分の机のフックに鞄をかけ……、真っ直ぐオレの所へやってきた。

「おはようございます、ジョン君」

 まるでティーンズ雑誌の少年モデルのような清涼で透明感のある、誰にでもこいつはいい奴だと確信させる笑顔である。

「おはよう、フレッド」

 こいつはフレッド・ブロッグスっていう。陽光のように眩しい金髪にスノーのみてぇに白い肌で、夕日を思わせる紅い瞳のクラスで二番目――一番は誰かって? オレに決まってんだろ――のイケメンだ。性格はガキより純真でバカみてぇに誠実、ドロイドよりクソ真面目だ。とんでもねぇお人好しで赤の他人を助けるために、自分てめぇの命まで投げ出すんじゃねぇかってオレは疑ってる。

「優等生のおまえにしちゃ遅かったな。生徒会の仕事でなんかあったのか?」

 照れたように頭をかくとフレッドははにかんだ笑みを浮かべた。

「うん、校門のところで貧血で倒れた女生徒がいて、保健室まで付き添ってたんですよ」

「へぇ、ラッキーじゃねぇか。送り狼したか?」

 一瞬キョトンとしたものの次の瞬間言葉の意味を理解したらしく、フレッドは茹でたオクトパスみてぇに真っ赤になった。

「そっ、そんなことするわけないじゃないですか! はっ、犯罪ですよ! ジョン君は僕をそんな人間だと思ってるんですか!?」

 本気でパニクって唾を飛ばして弁明してくる。

 予想通りの反応にニンマリした。こいつをからかうのは実に面白い。

「冗談だよ」

「まったくジョン君は。悪趣味な冗談はやめてください」

 フレッドは胸の前で両腕を組んで肩をそびやかしている。一見怒っているようだが口元は綻んでる。だからそこオレも安心してからかえるんだ。

 おっと大事なことを訊くのを忘れてた。

「それでその女は大丈夫だったのか?」

「はい。保険医の方によれば睡眠不足が原因なので、しばらく保健室で休めば心配ないそうです」

 一瞬時計を見やったあとフレッドは、精査スキャンするようにオレの全身へ視線を走らせてきた。

「学習用の端末タブレットと電子ペンは持ってきましたか? 持ってきたとして今日の授業で使うデータをちゃんとダウンロードしていますか? 宿題はやってきましたか? ハンカチやティシュは持ってきましたか?」

 一時間目の授業が始まったのでフレッドも自分の席に戻り、オレも机に学習用端末を開いていた。

 脳にAIチップを埋め込んで直接データを入力ダウンロードする以外で、一番有効かつ確実な学習方法は、”読んで聞いて書く”ことだ。これは高度に文明の発達した共和国でも変わらないが、途上惑星のように紙の教科書とノートは使っておらず、縦二十五センチ横十八センチの二つ折りの端末タブレットを開いて用いている。左のディスプレイが教科書用で右がノート用であり、これは右利き用で左利きなら配置が逆になる。二個のディスプレイを繋げたまま使用する奴も多いが、オレはそっちの方が書きやすいので、二個を分割していた。

 とはいえオレも含めて――クソ真面目なフレッドとオル以外――誰も電子ペンを握ってないし、話も聞き流している。内容が歴史ヒストリー、それも共和国の起源と神々だからだ。学習基本法で共和国の学校は小中高の全学年で、学年最初の授業はこれに決められており、何十回も教えられた内容で高校生にもなれば、誰でも完璧にそらんじられる。

 ビヤダル――現在の共和国でも酒の容器として生き残ってる――型の胴体に二対四本の腕を持つ教師ドロイドが、教卓の上を反重力リパルサーで浮遊しながら教科書ファイルの内容を読み上げている。威厳を持たせるため立体アニメでよくおっさんを演じてるやってる渋い声の男性声優を起用してるが、見た目と動きがコミカルなのでミスマッチでかえって滑稽だ。

 ドロイドが教卓の中央で停止して胴体中央の投影装置プロジェクターを展開させて露出したレンズが上を向き、教室の頭上に映像が映し出される。

 共和国の起源と神々の授業で必ず使われる立体アニメ、共和国創世期ジェネシスオブリパブリックだ。

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