第3話 PROLOGUE KNIGHT SIDE1-②
あっ、自己紹介がまだでしたね。もうしわけありません。僕はアンフォアギヴン・ミクシード・レオハロードという名前で、
僕も裁判官達から視線を逸らせません。万全を尽くしたので無罪の自信はありますが、確信まではないのです。
「主文」
僕を含めて法廷にいるすべての
「前判決を破棄。被告ジャン・ブライトに無罪を言い渡します」
その言葉を聞くと同時に僕は安堵のあまり椅子にへたり込んでしまいました。これほど安心したのは七歳の時、姉の一人の訪問先でテロがあり、その後姉が無事だと教えられたとき以来です。
気を取り直して顔を上げると廷内で歓声が轟いていました。特に傍聴席は蜂の巣を突いたような騒ぎで、黒人さんは誰もが涙を流し、肩を叩き合い抱き合っています。
いままで何度も再審を却下されてきたので判決が信じられないらしく、ジャンさんはしきりに頬を抓っています。ですが細君と二人のお子さんが警備員の制止を振り切って、泣きながら飛びついてきたことで、ようやく無罪を実感できたのでしょう。歓喜の絶叫とともに両手を上げ、次の瞬間ご家族をしっかりと抱擁されました。
記者の皆さんは廷内の光景を手持ちの機材で撮影するとともに、情報端末で判決を送信しています。画像と情報は
検察官と警察官達は厳しい表情で前者は拳で机を叩き、後者は唇を嚙みながらジャンさん一家を睨む、あるいは舌打ちして爪先で絨毯を蹴っていましたが、やがて揃って天を仰ぎました。冤罪を生み出したのですから彼らにはしっかり罪を償っていただきたいです。
ジャンさん達が抱き合って号泣しているのを見ているうちに、重力波が宇宙へ広がっていくように五体に達成感が広がっていき、身体が暖かくなりました。この喜びは拳戦士や救星騎団員として認可されたとき以上です。同時に今回の
「あっ……」
ふいに視界が滲みました。気づかないうちに落涙してしまったようです。泣き顔を見られるのが恥ずかしくて僕は俯きました。それでもジャンさん達の喜びの声が聞こえて涙を止められません。
僕とジャンさんご一家は現在さまざまな人族と各種ドロイドの行き交う、裁判所の廊下を歩いています。無罪が確定したのでもちろん彼は拘束などされていません。
廊下は壁天井とも硝子張りなので、茜色に染まった美しい空が見えています。
「アン様、本当本当にありがとうごぜいました」
僕の左側を弾む足取りで歩きながらジャンさんは何度も何度も頭を下げます。彼に手を引かれた上の男の子も笑顔で僕を見上げています。
ニ十歳近く年上の方にこんなことをするのは傲慢かと思いましたが、僕は背中を擦り彼を労わりました。
「本当にありがとうごぜいました。人間の白人にも貴方様のような方がいるんですね」
下の男児の手を引きながら夫の左側を歩いている細君は、片手で目尻の涙を拭っています。
「? それはどういう意味ですか?」
「あっ、いえ、なんでもありません」
笑みがやや陰り細君が視線を落とされます。柔らかだったジャンさんの表情もやや固くなりました。
「?」
一瞬違和感を覚えましたがたいしたことでないだろうと思い、すぐに僕を空を見上げました。ダミエッタ星の太陽は西側から昇るで西の空はすでに黒く星が瞬いていて、三つある月のうち二つが輝いています。AM0:00を過ぎれば三つの月が同時に見れます。僕の住んでいる星は衛星がひとつしかないので、この風景は珍しくすっかり気に入ってしまいました。
裁判所は住宅街から離れているので、周囲の建物は行政関連の庁舎と企業ビルが多いのですが、そこで働く人々のための飲食店や屋台もそこそこあります。ここは蛮族との戦争の最前線の星系なのでこれらの建物は、爆弾や
「…………」
レーザーや粒子ビーム、弾道ミサイルによる蛮族軍の超遠距離攻撃を防ぐため、ダミエッタ星は全周が強力なシールドで覆われています。高位拳戦士の僕でも肉眼では見分けられませんが、あの美しい月もシールド越しに見えているのです。
「っ!」
強烈な敵意を感じて反射的に身構えてしまいました。見やると一人の人間の検察官らしき白人男性が、立ち止まって刺すような目でジャンさんご一家を睨んでいます。
彼の意図はわかりませんが僕はご一家を守るために、ジャンさん達と彼の間に立ちました。すると検察官は忌々し気に鼻を鳴らし歩き去って行きます。
「ジャンさん?」
彼だけでなく細君の顔も蒼褪め強張り、夫のジャケットの裾を震える手で掴んでいます。二人の子供達も不安げに両親を見上げていました。
「慣れてます。気にしねぇでくだせぇ」
納得できませんでしたが、これ以上追及するとかえって彼らを苦しめそうなので、拳を収ました。
再び歩き出すと十数歩で通路の明度が下がりました。壁と天井が硝子から普通の壁に変わったからです。すでに述べたように裁判所の建物も外面は強化鋼鉄ですが、内面はプラスチックです。
さらに進むと中央玄関前のエントランスに入り視界が一気に広がりました。かなり広い空間で僕から向かって正面の中央に玄関があり、そこから壁に添って左右に通路が広がり、手前の壁には上階へのエスカレーターが伸びています。裁判所の権威を示すためエントランスは床が自然石で、いまも円形の清掃ドロイドが下部のモップを回転させながら走り回っています。
「っ」
エントランスには各種人族の検察官と職員が二十人近くいたのですが、
彼らの視線からジャンさん達を庇いつつ玄関から外に出ました。空は三分の二が黒くなっていて、太陽は半ば東の水平線に沈んでおり、風も冷たく無意識にジャケットの襟を立ててしまいました。
眼前の東西各二車線の地上車路と、空中の(殺傷力のない)レーザーで描かれた車路を、無数のスピーダーとビーグルが走っています。
次の瞬間僕に向かって敵陣に突入する兵士顔負けの勢いで、数十人の記者達が突撃してきました。数十本のマイクを口元へ突きつけられて反射的にのけ反ってしまいます。眼下では身長一メートルに満たないスクィーラルの記者が、僕の口にマイクを届かせようとピョンピョン飛び跳ねおり、直立した栗鼠のような外見と合わさってその様子は子供のようで非情に愛らしく、思わず微笑んでしまいました。
「アン王子! 勝訴おめでとうございます!」
「
カチンときます。
「僕はレオハロード王国の王子の身分を使って、横暴を働く気も優遇してもらうつもりもありません。それは破廉恥で卑劣な行為です。それに……」
一端言葉を切り前方に扇形に広がる記者団を見回します。
「
記者さんたちの反応は感動しているらしい人、訝し気な人、隣の記者と顔を見合わせる人とさまざまでした。
彼らの背後に見覚えのある顔を見つけました。
「ちょっとどいてください」
記者垣をかき分けて僕を見やっている四人の警察官と検察官に駆け寄ります。
五人は一様に顔色は憤怒に燃えているようにどす黒く、表情も飢え狂った
僕は先頭の警察官の両手を取り、彼らを励まそうと快活な笑みを浮かべました。
「誠心誠意奉職した結果とはいえ冤罪を作り出してしまった罪は罪です。刑務所でしっかりと罪を償って、警察官とは別の形でまた社会に貢献してください!」
警察官の方は苛まれている良心の痛みを表す、
「あんた……、人間の白人だろ!?」
「そうですよ?」
この方はどうしてこんなことを訊ねられるのでしょうか?
彼は僕の手を振り払うと地面に唾を吐き、ジャンさん一家を睨みながら他の警察官と検察官とともに足音高く去って行きました。
「?」
彼らの心情はわかりませんがしっかり務めて社会復帰してほしいです。
(これで任務は終わりました。明々後日から
晴れやかな気持ちで黒一色なった空を見上げました。
脳裏に一人のクラスメイトが浮かびます。
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