第2話 PROLOGUE OUTLAW SIDE1-② KNIGHT SIDE1-①

  蓋はしっかり閉じられており、本体との間には髪の毛一本入れられる隙間もない。使われている鍵は電子的なものではなく原始的な錠で、この宝箱が造られたのが科学文明の発達する前であることがわかる。

 光線銃の光弾を二、三発叩き込んで鍵を壊す。

 蓋を開けた途端黄金の光が目に飛び込んでくる。浮遊照明球のライトを反射して燦然と輝いているのは、箱の中にぎっしりと詰め込まれた親指のさきほどの大きさの金塊だ。まるで黄金の海である。ところどころにある白い島は白金プラチナだ。

 残りの箱もすべて開けていく。どれも中身はひとつ目と同じだ。

 オレは頬が緩むのを止められない。合計で三千億クレジットはくだらないだろう。平均的な共和国市民の年収が五百万、俺達人間の《イノセント》の平均寿命が百歳だから人間なら・・・・六百人が一生暮らせる額である。

 普段の半分ほどの・・・・・・・・歓喜が込み上げてきて、達成感で身体が熱くなる。同時に今回の探索ハンティングのの一場面一場面が脳裏をよぎっていく。宝捜し《トレジャーハンター》には”金”だけが目的の者も多いが、オレは金そのものより、それに至る過程のスリルと冒険、高揚感と達成感がメインなのだ。ある意味アフターファイブの一杯の安酒のために働いてるオヤジに近いかもしれない。

 普段なら半日は持続する”熱”は急速に冷めていく。今回の本当の目的は黄金じゃねぇんだ。

 盗掘者の目から隠すように、宝箱ピラミッドの背後に向う脛半ばぐらいの高さの小さな台座があり、その上に短刀ダガーのような物品アイテムが置かれていた。

  大きさと形状は短刀に酷似しているが短刀ではない。今度は期待で鼓動が速まる。オレはそれを手に取り、一個の浮遊照明珠を接近させるとまじまじと見やった。

 長さは二十五センチぐらいで全体が金属製で色はくすんだ銀だ。後ろ半分はグリップだがレザーや布は巻かれておらず掌にひんやりと冷たい。前半分は骨董品屋で売っている羽ペンのペン先を、先端から二つに割ったような形だった。一見鋭利だが刃止めされているので、皮膚に押しつけて引いても切れることはない。全体にオレも知らない古代文字が掘り込まれている。

 失望で急速に鼓動が静まっていく。これ・・事前情報と形状、掘られている文字がかなり違う。

 途切れそうな期待を繋ぎとめてパックから、スティック型の調査機スキャナーを取り出し念入りに調べる。

「頼むぜ……」

 …………、…………、……ダメだ。三回繰り返してもなんの反応もない。魔法・・もかかってねぇ。

「また外れか……」

 大きく溜息を吐く。落胆と徒労感で鉛の外套を着せられたようだ。

「…………っ」

 いつまでも落ち込んでいられねぇ。頭を左右に振り気持ちを切り替える。

 視界の端を黄金の輝きがよぎる。そうだ。本命は外れだが収穫は充分あった。

 外套が脱げる。宝箱はかなりの量だが、ここまでのトラップと障害物はすべて排除済みだから、トロい運搬用ドロイドでも問題なく運べる

 オレはドロイドを宝物庫まで連れてくるために踵を返した。


 眼前でドロイド達がガタガタと音を立てて次々と宝箱を運んでいく。

「ちょっと待て」

 ドロイド達が一斉に停止した。オレは一体のもとへ歩み寄ると屈み込み、そいつの落とした皿の破片を拾い、荷台に放り込んだ。

「行け」

 入口へ顎をしゃくると再びドロイド達が動き出す。

 皿の欠片は一クレジットの価値もない。むしろ場所を取るだけの”ゴミ”だ。宝捜し《ハンター》にはこういうゴミには一瞥もくれず放置する者も多いが、俺は違う。探索ハンティングの主目的が過程の冒険と、完遂による精神的充足である以上、努力の果てに手にした物はすべて等しく”トレジャー”だ。……それにこれらには宝を手に入れるためにオレが奪った人族や蛮族、知的生命体の命と想いが宿っている。捨てられるわけねぇだろう。

 それがオレの宝捜しとしての矜持のひとつだ。

 それ以外に一度狙った宝と引き受けた賞金首は、競合者に先に入手されない限り――他人の所有物を奪ったら宝捜し《トレジャーハンティング》じゃなくて窃盗になっちまう――どんな困難や危険があっても絶対諦めずに完遂するのも矜持である。

 そして最大の矜持は「プロとして信条に反したことは決してしない」だ。

(これで明々後日から学校・・に行けるな)

 精神を覆っていた感傷的センチメンタルの霧が晴れ鼻歌が零れる。

 脳裏に一人のクラスメイト浮かぶ。

 あいつ《・・・》をからかうのは目下オレの最大の娯楽のひとつだ。






 KNIGHTSIDE 1

 共和国標準時ザナドゥエデンスタンダードタイム共和国歴RD30052年4月12日PM16:01。

 共和国内人族軍と蛮族軍の最前線領域フロントラインリージョンダミエッタ星系首都惑星スターシステムキャプタルプラネットダミエッタ星地方都市裁判所第五法廷。

 

 僕の目の前には大勢の人間イノセントとそれ以外の人族ヒューマン、ドロイドがひしめく法廷が広がっています。

 壁は白で天井は茶色で実際の材質は強化プラスチックですが、天井には装飾のために木目が描かれていて、床にはベージュの絨毯が敷かれています。築二百年を超えているのに共和国の高度技術テクノロジー示すように経年劣化はほとんどなく、法と国家の権威を誇示するために清掃ドロイドが小まめに掃除もしているので、壁と天井にくすみはなく絨毯にも塵ひとつ落ちていません。

 どうしてプラスチックが多用されているかというと、共和国のなエネルギーは太陽光と水素、物質反物質の対消滅で石油はすでに需要がなく、文明発祥惑星の埋蔵量は文明が現在に至るまでの過程で消費されていますが、未開惑星には大量に存在するのですごく安価だからです。

 あっ、話が飛びましたね。僕は弁護人席に立っています。正面は検察官席で、僕と検察官の方の間には被告席と証言台があり、右側は裁判官席で左の傍聴人席にはマスコミの方々も詰めかけています。

 正面の席には一人の検察官だけでなく、この事件の被告の取り調べを担当された四人の警察官の方もおられます。裁判官は一人は金髪で耳の尖ったアールヴの女性ですが、他はすべて人間イノセントの白人男性です。警察官と検察官もそうです。

 対照的には傍聴席を埋め尽くしているのは九割が人間の黒人です。これは僕の弁護している被告の方が人間の黒人男性だからです。年齢は三十四歳で名前はジャン・ブライトさんとおっしゃいます。ジャンさんは十年前に殺人罪で逮捕され死刑判決を受けましたが、ずっと冤罪を訴えておられます。再審を求めましたがなかなか認められないので、ご家族が救星拳騎団メサイヤフィスト本部に救済を要請されて、僕が受理したのです。

 廷内を十数個の拳大の球形浮遊撮影機レビテートカメラが縦横に飛び回り撮影しています。撮影された映像と収音された音声はAIによって補正修正され、現実に等しいリアルな立体ホロ画像画像として、ダミエッタ星だけでなく、近隣惑星にも中継されています。

「っ」

 白人の検察官と記者は皆高級で趣味のよいスーツを着ています。ですがジャンさんと彼のご家族、傍聴席の黒人の皆さんは染みと繕いだらけの粗末な衣服です。

「…………っ」

 口内に苦いものが広がり、身体の前の机上に置いた手も無意識に握りしめてしまいました。

 もうすぐ判決が下ります。法廷の空気は前線へ突入する直前の宇宙戦艦のブリッジのように張り詰めています。いえ、ジャンさんの命がかかっているのですから、ここは紛れもなく戦場・・です。同時に静寂であり人々の吐息の音さえ聞こえます。

 ジャンさんは不安と期待の入り混じった表情で極度に緊張しているらしく、額に汗の玉をいくつも浮かべ、裁判官達から視線を逸らしません。後方から彼を見守るご家族も同じ表情で、細君は胸の前で両手を組み合わせて必死に、ツゥアハー・デ・ダナン神々に祈っておられます。二人のお子さんは蒼白な顔でジャンさんお父さんと裁判官を交互に見ています。

 冤罪が立証されれば彼らが罪に問われるので、緊張しているのは検察官と警察官達も同じです。防音設備があるので聞こえませんが、裁判所の外ではジャンさんを支援している黒人グループが、絶え間なくシュプレッヒコールを挙げているはずです。彼らの頭上には立体映像ホログラフティで裁判の水位がリアルタイムで中継されているので彼らも、いえ、この裁判はダミエッタ星全土だけでなく近隣惑星にも中継されているので、星系内すべての黒人が映像の前で固唾を飲んでいるはずです。

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