オレ、宝捜し(トレジャーハンター)。僕、騎士。立場も性格も両極端だけで協力して蛮族を倒します

@kisugiaoi

第1話 PROLOGU OUTLAW SIDE1-①         

 共和国標準時ザナドゥエデンスンタンダードタイム共和国歴RD30052年4月12日PM16:43。

 共和国辺境トレダスト星砂漠の遺跡最深部。


 オレの眼前にはのしかかってくるような巨大な石の壁がそびえていた。

 堅固な石灰岩だが数万年の時の流れによる経年劣化で、表面は荒れいくつも亀裂が走り、あちこちが剥離している。石面では何本も蔓がうねりわずかな隙間から草が生え、植物の生命力の凄まじさを示す。そのため刻まれたツゥアハー・デ・ダナンの神々と、アス・ヴァ・フォーモルの邪神達の闘争を描いた壁画はややわかりづらくなっていた。

 音響調査ソナーによって石の壁の厚さは二メートルを超えていることがわかっている。爆薬を使っても容易に破壊できない厚さだ。

 向こう側に目指す宝があるが、壁を突破しない限り手は届かない。

 ニヤリと唇を歪める。オレには秘密兵器がある。

 足元の石畳に置いたベージュのショルダーパックから、ゴーグルと酸素ボンベを取り出し、前者で目を覆い後者を口に咥えた。さらにコンパクトに折り畳まれて仕舞われていたノズルを取り出し、続いてパックから出した百五十ミリペットボトルぐらいの大きさのボンベに繋ぐ。  

 笑みが深くなる。これで準備オッケーだぜ。

 左手でボトルを保持し、右手に持ったノズルの先端――ノズルはゴム製だが先端は金属製だ――を石壁に向けた。

 左手でボンベの開閉スイッチを押し、遅滞なく右手の親指でノズル先端のボタンも押すと、噴射口から勢いよく白い液体が噴き出す。

 液体を浴びせられた石壁はシンナーを浴びせられた発砲スチロールのように、灰色の蒸気をあげて溶け崩れていく。もうわかったと思うがボンベの中身は強力な溶解液なのだ。

 蒸気は間断なく発生しているものの、溶解液の濃度を薄めにしているので、視界に支障が出るほどではない。そのため二メートルの厚さを攻略するにはある程度時間がかかる。濃度を濃くすれば短時間で突破できるんだが、崩落や酸欠、周囲の環境への影響を考慮してあえて薄めにしているのだ。

 タイムイズマネー。時間は有効に使わにゃいかん。石壁が溶け終わるまでこの場所やオレ自身について説明してやるぜ。

 ここはトレダスト星だ。共和国銀河既知領域ノウンリージョン未知領域アンノウンリージョンの境目――要するに辺境ってことだ――にある誰も訪れない無人の星だ。数万年前の旧時代ビフォアーリパブリックには文明の中心地のひとつだったらしいが、その時代の末期に行われた人族ヒューマン蛮族アスヴァロスの大戦――一説では神々も降臨したと言われてる――で壊滅して全土が砂漠化しちまって、いまじゃ人間が活動できるギリギリの酸素量になってる。所業は無常って奴だな。そしていまオレがいるのは旧時代に造られたツゥアハー・デ・ダナンの神々を祭る神殿だった遺跡だ。

 そんな場所でこんなことをやってるんだからもう察しはついてるだろうが、オレは宝捜し《トレージャーハンター》だ。副業で賞金稼ぎ《バウンティハンター》もやってるがそっちサイドビジネスだな。人間イノセントで名前はジュウザ・ハーフウィット・フリーベンチャーと言う。よく日焼けした肌に黒髪で紅い瞳、ワイルドさとスマートさを兼ね備えたイケメンなんで、世の女どもはオレを放っとかねぇ。いまは両目のふちと額、頬に赤い染料でメイクしてる。精神を仕事ビジネスードに切り替えるためと、こっちが本命だがもうひとつ目的がある。年齢は十六歳だ。共和国の首都星系の法律や常識ではまだ未成年ガキだ。しかし、自画自賛はちと照れるがかなりの凄腕なんで同業者の間じゃ、一人前以上の半人前ハーフセービングモアンザンワンセービングって呼ばれてる。オレが決して「一人前」と名乗らないからだ。実力と実績に自信があるなら名乗ればいいじゃないかって? ちょっと事情があってな。

「…………」

 カタッと固く軽い音がした。常人なら気づかないような小さな音だが、あらゆる危険に対処するために神経を張り詰めていたオレには、明確に聞こえた。

 音源を見やると土埃と風塵で汚れ、ところどころから草も生えた石畳の上に、白骨が転がっていた。さっき見たときと頭蓋骨の位置がわずかにかわってる。石壁の溶解によって生じたかすかな風の流れで、辛うじて保たれていた均衡が崩れ、脛骨から外れたらしい。

 その頭蓋骨には通常の位置以外に額にも眼窩があり、生前は三つ目だったことがわかった。額の両側に一本ずつ角も生えていて、人族ではあるが異星人エイリアンだ。何百光年も星の海を渡って宝まで後一歩まで迫りながら、本懐を遂げられず息絶えてしまったのだ。オレがいま戦ってる石壁に伸ばされた六本指の手が、彼――骨盤で男だということはわかってる――の無念さを表している。

 黙祷はしない。この商売で同業者の死体に遭遇するたびにそんなことをやっていたら偽善だ。それに……いつかはオレもああなる。

 さらに視線を巡らせる。ここは数十人の人間が同時にダンスを踊れるぐらい広い部屋だ。もとは礼拝堂か祈禱の間だったようで、壁と天井には半ば風化しているもののもとは精緻かつ荘厳だったろう装飾が施され、半壊しているが神像もいくつも飾られている。石畳には伸長すれば十メートルを優に超える大蛇の死体が転がり、その下にはどす黒い血溜まりができていた。内壁と神像には断面が真新しい破損や焼け焦げがいくつもある。すべてオレが作った。

 室内にはオレが持ち込んだ八個の浮遊照明球レビテートライトボールが浮かび、周囲を昼間の屋外のように明るく照らし出している。

 よくも私達の神聖な場を血と死で汚したな! 古代の敬虔で善良な人々の糾弾が聞こえた気がして、オレはかすかに顔をしかめた。

 オレは奥の壁の前にいる。視線を前方に戻すとすでに溶解液によって穿たれた穴の深さは1・5メートルを超えているが、まだ彼岸は見えない。もどかしさに軽く苛立ち眉を寄せる。

 オレはその気になれば石壁はおろかこの遺跡そのものを、爆弾や機械を一切使わず素手で破壊できる超常の力があるんだが、ある理由から使えねぇんだ。

 焦りは隙を産み場合によって死を招く。意志力で苛立ちをグッと抑え込む。

 十数秒後にようやく穴が壁を貫通する。

 ノズルを床に置き左上腕に留めていたペン型のレーザーライトで照らすと、穴の向こう側には金属製の宝箱がいくつも積み上げられていた。

  表面が固着するまでさらに一分待つ。

「っ」

 一分経った。穴の表面に右手で触れると硝子のようにツルツルで完全に固まっており、通り抜けるのに問題ない。

 だが、ここで満面の笑みを浮かべて財宝へ突貫するのは三流である。人間には不可能でもリーチ百足センチパート蜘蛛タランチュラ粘体生物スライムはわずかな隙間さえあれば容易に入り込む。また、宝の隠匿者が意図的に守護者ガーディアン配置していることも多い。ハンターの間では有名な話がある。財宝のある部屋は全体がはっきり見渡せて、危険はなにひとつないように見えたのに、実際には透明度の高い軟体生物が部屋全体にぴっちりと張り詰めてて、室内に入った途端取り込まれちまったのだ。

 八個の浮遊照明球のうち三個を先行させ、向こうの部屋も昼間の明るさにする。

 アーミーベストの胸のポーチのひとつから、直径三センチ厚さ五ミリの大きめの硬貨コインのようなアイテムを取り出す。表は青裏は赤なので表裏は一目でわかる。表の中央にある小さく薄いボタンを親指の先端で押し、穴の向こうへ放る。

 数歩後退する。投じてからきっかり五秒後シューという音がして、黄色い煙が穴の彼岸の部屋に広がっていく。

 コインの中には超圧縮された麻痺ガスが仕込まれてるのだ。身長二メートル半の食人鬼オーガーや体重五、六トンの大型動物でも十秒とかからず、行動不能できる強力なものだ。だが、空気より重いので穴から漏れても、下に滞留し上にくることはない。黄色という派手な色はガスの状況が一目でわかるためだ。

 一分強で黄色が霧消して穴の向こうが透明に戻る。

 それでもまだ完全には安心しねぇ。右手に光線銃レイガン左手には広範囲に熱線をばら撒ける広熱線銃ワイドブラスターを構え、右前腕にも通常は短いが合言葉キーワード一言で一メートルにまで伸長する特殊鋼のブレードを取り付け、慎重に進む。穴は直立して通れるほど大きくないので、背を屈めて潜る。

 穴の向こうの部屋は天井は高いもののいままでいた部屋より狭く、壁と床に装飾が一切なく、室内の風化劣化と植物の繁茂は前の部屋より格段に少なく密閉度の高さを窺わせるた。

 このシンプルさは間違いなく、財宝を保管することだけを目的とした部屋、宝物庫・・・だ。

  室内の中央に宝箱がピラミッド型に数十個積み上げられている。青銅製で四隅に鋼鉄の角当てがつけられていて、密閉度が高かったので錆びていない。周囲には運び込んだ人夫が捨てたらしい陶器の壺や皿の破片も転がっていた。

 てっぺんの一個を持ち上げてみると両腕にずしりと重く、大きさも一抱えもある。並の人間イノセントの女では動かすことは困難なんだろう。

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