第3話 出会い-2


 戦車はエンジンを唸らせながら、道を走り抜けている。

 カヤの横に座って、窓を開けて外を見る。異世界とは思えない程の、平凡な風景。

 …まあ、平原を見慣れている訳では無いが。


「なあ、マヤ。お前の能力ってなんだ?転生者ってやばい能力を持って、こっち来るんだろ?」

「いや…この弾が減らない銃以外は何も無いですよ」


 カヤは驚いて、操縦しながらこちらを見てきた。


「まじで?何か…可哀想だな。ごめんなー、せめて私が可愛い女の子だったら、救われたのにね」

「いえ、そんな事無いですよ。可愛い女の子見てても、腹は膨れませんから」


 そう答えると、カヤは吹き出す。

 戦車が少し揺れた気がしたが、そんなに面白かったのだろうか。


「マヤ、お前、本当に転生者か?私は転生者は嫌いなんだけど、マヤは嫌いじゃないな」


 カヤは戦車の方向を変えながら、そう言ってくれた。

 他の転生者がどんな奴なのかは分からないが、相当調子に乗っているのだろう。チート転生者…的な?


「マヤ!本当は街で放り出すつもりだったんだけどさ、私と一緒に旅しないか?1人で行動するのって大変でさ、どうだ?」


 戦車の荷物をよく見てみる。荷物は端に固められていて、寂しいくらいに少ない。砲も埃を被って、使われていないようだ。

 まだ出会って、1時間ほどしか経っていない人を、信用していいのか分からないが、カヤは孤独だ。

 何も無い自分が助けになるかは分からないが、恩は返したい。

 それに、目的が無いのに、街に残っても、暮らすあてが無い。このまま着いて行った方が、自分にとっても良いだろう。


「自分でいいならお供します。圧倒的な力も無いのに、生きていける気がしないので」


 答えると、カヤは手を差し出してくる。


「じゃあ、契約の握手だ。これで、マヤは私の仲間になる。裏切らないでくれよ?」

「はい!」


 自分はカヤの手を握って、固い握手をする。

 どうやら、自分は運が良かったらしい。頭の軽い美少女よりは、しっかりした姐さんの方が、今は必要だ。



 運転に戻ったカヤは、鼻歌を歌い始める。自分は横に座って、置いてあった地図を眺める。

 そこには、東西に長い大陸が描かれていた。今、自分が異世界にいるという実感が湧く。

 その地図の西側の3分の1程は黒く塗り潰されている。

 他の地図を見てみると、黒く塗られておらず、普通に地形が記入されている。


「魔族領?」


 呟くと、カヤは自分の持っている地図を見て、話し始めた。


「ああ、魔族領だよ。んー、そうだね。なんも知らないもんねー、どっから話そうかな」


 カヤは頭をポリポリ掻いてから、話し始めた。


「この大陸は、大体3つの勢力に分かれててね。悪魔や魔王が支配する地域の魔族領、宗教国家の神歌王国、どちらにも属さない小国の集まり。私は王国の方から、今は魔族領よりの街を目指して旅してるんだ」

「なるほど、目的はあるんですか?」

「ああ、王国が嫌でね。最近腐敗が凄いんだよ」


 てっきり王国が正義で、魔族が悪なのかと思ったが、そう簡単な話ではないようだ。


「魔族領の方が技術革新も凄いし、どんな種族でも差別されないんだってね。魔族領近くの街なら、住みやすそうだし、私にとっては理想郷って感じだ」


 カヤは戦車の内部を手でバンバンと叩く。


「これも魔族領の中の、ヨルムンガンド領って所で、作られた戦車を、密輸したんだ。だから、王国の人間にはできるだけ見つかりたくないんだよ。例えば、あいつらみたいなのにね」


 カヤはそう言ってから、正面を指差す。自分が目を凝らして、遠くを見ると、何やら大きな箱のような物が見える。


「え?あれは…A7V?ドイツ戦車の…」

「正解!王国の主力戦車だね。ドイツってのはそっちの国名だろうけど、こっちでも名前だけは有名だよ」


 カヤは砲弾を渡してきた。どうやら、横についている、6ポンド砲の物のようだ。


「え?撃てって事ですか?」

「そうだよ、流石に魔族製の戦車は見逃してくれないだろうし!…あ、でも人殺しは嫌だろうし…やりたくないなら、運転を変わってくれないか?」


 自分は首を振って、左側の砲の後ろに移動する。


「いや、自分が撃ちます。運転なんかできませんし、どうせ、手を汚す事から逃げても、良い結果は産まないと思うので」


 自分は砲弾を、装填して直ぐに敵戦車を狙い始めた。

 しかし、狙いを定める為の、照準器やペリスコープ等の上等な物は、着いていない。


「適当に撃つしか無いんだな」


 砲を発射する。砲弾は大きく逸れて、敵戦車の遥か後方で地面を抉る。思ったよりも、弾速が速かった。


「気付かれた!」


 どうやら、今の砲撃でこちらの存在に、気付いたようだ。ゆっくりと車体の向きを変えて、砲をこちらに向けようとしている。

 空になった薬莢を足でどかして、近くに置いてあった砲弾を、再度装填する。

 そして、もう一度調整して、敵戦車を狙う。


「マヤ、止まるぞ!!」


 既に敵戦車は形がはっきり分かる距離にまで近付いていた。戦車が急停止して、体が前につんのめる。

 どうにか体勢を立て直して、前方を確認する。既に敵戦車は砲を撃てる位に、角度を調整していた。


「早く撃て!」


 カヤは機関銃を撃ちながら叫ぶ。自分は急いで砲を調整する。

 砲弾を発射する。今回は止まっていた上に、距離も近かったので、狙い通りの所に飛んで行った。


「やった!」


 冷や汗を拭ってガッツポーズをする。

 どうやら、操縦手が死んだらしく、敵戦車は旋回したまま、自分達の方向を通り過ぎて、砲があらぬ方向に向いている。


「やばい、中の兵士が出てきたぞ!」


 カヤの叫びで自分はハッとして、覗き穴から敵戦車の方を見る。そういえば、第一次世界大戦時の戦車は10人以上乗っているのだった。

 ハッチを開けて外に出る。敵は銃では無く、鉄の棒を持ってこちらに走ってきていた。


「魔法の杖?」


 銃を構えながら、敵を観察する。どうやら、戦車に乗っている癖に、銃は配備されていないらしい。

 自分は銃をコッキングして、撃てるようにする。ゲームの知識も、偶には役立つものだ。


「敵は3人…」


 手早く狙いをつけて、トリガーを引く。銃弾は綺麗に敵の胴体を撃ち抜いた。自分でも驚く程の鮮やかさだった。


「俺、銃撃つの意外と上手いぞ。意外な才能だなー」


 次の敵に狙いをつけて、撃つ。

 命中。

 最後の敵に狙いをつけて、撃つ。

 これまた命中。


 銃を構えたまま、息を吐く。今、人を殺した。

 厳密には戦車の砲弾を当てた時点で、人殺しはしていたのだろうが、目の前で自分の銃弾で倒れるのを見ると、少し手が震えてしまう。


「マヤ、お疲れ。あの戦車の中漁ってくるから、この戦車の中で、留守番しておいてくれ。顔色悪いし、休んだ方が良さそうだしな」

「はい、ちょっと休憩します。あ、でも、人手が足りなかったら、遠慮なく言ってくださいね」

「あいよー」


 カヤが敵戦車の方へと歩いていったのを見届けて、戦車の上で座り込む。

 手の震えはもう止まっていた。意外と冷静な感情に、自分でも気味が悪くなってしまった。


「はあ、一旦寝よう。まだ心を整理できないし!」


 呟いて、戦車の中へと戻った。少し休んだ方がいいだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る