第2話 出会い-1
森の中はとても静かだった。期待していたようなハプニングは起こらず、無事に森を抜けた。
見つけたのは、何かしらの車両が、通ったであろう轍が残されている、街道らしき場所。
やっと、人の痕跡を発見した。
安堵して、その場に座り込む。自分は座りながら、轍を観察した。
色々な種類の痕跡が残っている。その中で、一際幅の大きな轍があった。
「ん?これ、タイヤの跡でも、馬車の跡でもないぞ?履帯か?」
それはまるでショベルカーが移動したような跡だった。しかし、明らかにショベルカーよりも大きい、おそらく、戦車の物だ。
銃が落ちているのだから、あってもおかしくはない。
もしここが地球だとしたら、ここは相当やばい場所だろう。
下手したら、射殺されるかもしれない。
「軍の敷地内?それにしては静かすぎるしなー。いよいよ、分からなくなってきたぞ」
立ち上がって、跡の続く方を見る。すると、遠くから何かが、走ってきているのが見えた。
それは、大きく四角い、履帯を持つ、戦車…らしき物だった。
「あれは…Mark IV?にしては、速すぎるぞ!?」
戦車は時速50キロ程度のスピードで、自分の所へと走ってきていた。自分はゲームの知識で戦車や軍艦には少し明るい。
あの戦車は、おそらくMark IV、第一次世界大戦時のイギリスの戦車。
黎明期の戦車なので、ノロマなどん亀のはずなのだが、目の前に見えるあれは、現代の戦車並のスピードを出している。
呆気にとられて、立ち止まっていると、戦車はゆっくりとスピードを落としながら、目の前で停車した。
そのまま棒立ちしていると、戦車のハッチが空く。
中から出てきたのは、真っ赤な長い髪を後ろで括った、女性だった。
「なあ!あんた、こんなとこで、何してんだ?」
女性はこちらを見下ろしながら、聞いてきた。
開いた口を塞いで、背筋を伸ばす。どうやら、敵意は無さそうなのだ。
しかも、日本語が通じる!逆に、嫌な予感もするが。
女性は明らかに日本人では無い。
それなのに、戦車に乗った女性が、普通に日本語を話している。
「あ、えっと、気付いたら近くの平原で寝ていて…あの、ここは何国の、どこの地域ですか?」
そう質問すると、女性は笑いだした。
おかしい質問だが、今自分にとって1番重要な質問だ。
女性はひとしきり笑った後に、話し出した。
「魔族領と神歌王国の緩衝地帯の、ディアマントベルク付近だね。普通はこんな所で、1人でいるのはおかしいんだけど…まあ、大体予想つくね」
女性は手招きする。恐る恐る女性に近付いた。
「転生者って奴かい?王都ではちょくちょく見かけたからね。だけど…アイツらとは何か感じが違うねー、自信過剰な顔をしてないし」
見知らぬ地名と…転生者?
やはり、ここは異世界だ。
しかも、自分だけが転生者という訳では無く、転生者という存在そのものが、知れ渡っているようだ。
「ほら、とりあえず乗りなよ。どうせ、その鉄砲以外なんも持ってないんだろ?」
「え?まあ、そうですけど…」
女性は戦車の装甲を、コンコンと叩いている。
「私が見捨てて野垂れ死んでも、気分が悪いしね。街までは、送ってあげるよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて…よろしくお願いします」
本当なら、もっと疑ってかかるべきだが、今は四の五の言ってられない。
自分は戦車の側面を這い上がって、上面に登る。女性は中に入っていったので、自分も後を追って中に入る。
意外に中は広い。本物のMark IVは大きなエンジンが中央に居座っている筈だが、構造が違うらしく、エンジンは後部に収められている。
それに、Mark IVは1人では操縦できないので、Mark Vの方が近いかもしれない。
「まあ、適当に座って」
「はい」
女性に言われて、自分は戦車の横に付いている砲の近くに座る。
砲弾もきちんと置かれているが、この女性しかいないのに、誰が使うのだろうか?
「先ずは自己紹介でもしようか。あたしはカヤ・スピットファイア。あんたの名前は?」
「それが…自分に関する記憶が無いんです」
「本当かい?偶に、記憶を失った転生者がいるって、聞いたことはあるけど、何が原因なんだろうね」
カヤはエンジンを再始動させて、戦車を動かす。キュラキュラと言う履帯特有の音が鳴り、戦車はスピードを上げていく。
「んー、名前が無いってのは困ったね。なんて呼べばいい?」
「えーと、何でも良いですよ。自分の名前を考えるのは無理なんで…」
自分がそう言うと、カヤは首を傾げて、考え始める。暫く考え込んだ後に、指を鳴らす。
「そうだね!『マヤ』でどうだい?私って名前つけるセンスが無いからさ、自分の名前をもじったんだけど、どうだ?流石に嫌か?」
自分は首を横に振る。
「いえ!いい名前ですよ。本当の自分の名前がわかるまでは、その名前を名乗らせて貰います!」
カヤは嬉しそうに笑う。マヤ、日本の軍艦の名前で、聞き覚えがある。女の子っぽいが、折角つけてもらった名前だ、有難く使わせてもらおう。
やる事もないので、座って手に持った銃をいじる。どうやら、セーフティらしき物があったので、一応かけておく。
そんな事をしていると、自分の腹が鳴る。あまりの事態に気付かなかったが、相当腹が減っていたようだ。
すると、その音を聞いたカヤが、パンを投げてくれた。
「ほら、食べなよ。硬いかもしれないけど、我慢してくれ」
「ありがうございます!この恩は、いつかお返しします!」
カヤは快活に笑う。そして、こちらを振り返って片目を瞑る。
「ああ、期待してるよ」
自分は微笑む。まだこの世界の事が何も分かっていないが、優しい人に出会えて良かった。
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