君は夏

イヴ

第1話

“運命の人なんていないと思ってた。でも今だけは少し信じてもいい、神様?”




何も変わらない日常。気がつけば、時は流れ私はもう高校2年生になっていた。電車での通学にも慣れ、”友達グループ”を居心地がいいとさえ思えるようになってきた。そんな何気ない日常に満足していたし、これからも変わらないと思っていた。



朝8時、いつもの電車。いつもと同じ席に座り、本を取り出す。

『ハローサマー、グッドバイ』

今の季節にぴったりでお気に入りの小説だ。この本は世の中に愛とか永遠とかは存在する、と私に信じさせてくれる。1章を読み終わり、あくびをして顔を上げると向かいの席に同じ学校の制服の人が座っていた。珍しい。一瞬目が合う。ほんの、ほんの一瞬目が合っただけなのに、今まで感じたことない感情が襲ってきた。火花を浴びたようで、ジェットコースターみたいに心臓が身体中を駆け巡ってる。もう一度見る。目は合わない。気づいていない振りをしてるのかな。そもそも最初から目は合っていなかったのかも。もしかして、信じたくないけど、これが俗に言う”一目惚れ”なのかもしれない、と思った。これは恋愛感情なの?それともただドキドキするだけ?私はそう考えていると急に恥ずかしく、隠したい、隠れたい気持ちになった。この気持ちは誰にも言わず黙っておこう。



帰りの電車に制服の人は居なかった。無意識に探してる自分に嫌気がさした。信じたくない。きっと他の子は恋をしても、こんな後ろめたい感情になっているはずがない。これは恋じゃない。何度も、何度も、そう言い聞かせた。でも、これが恋じゃないならみんなが話してる”ドキドキする”っていう感情はどんな感じなんだろう?



次の日も次の日も、また次の日も同じ時間の同じ車両、同じ席に座るとまた同じ制服の人を見つけた。あ、あくびしてる。移っちゃったじゃん。本にも集中できない。心臓がまたバクバクしてる。名前も声も好きな食べ物も何も知らないけど、これが夏の魔法なの?そんな馬鹿げた事を考えるのは嫌いだ。いつもより早起きしてヘアセットに時間をかけて背伸びしてみたことすらも馬鹿げてると思えてきた。1日の、この数分が、唯一の私たちの繋がりだ。目が合わないだけで泣きそうになる。もう自分の気持ちに気づいていないふりなんてできない。



それからまた何日も、何日も過ぎ、気がつくと制服の人もよくこっちを見るようになっていた。目が合う。もしかしたら、なんて淡い期待を抱いてしまう。違う、きっと私のことを気持ち悪いと思ってるんだ。でもそう思ってたら同じ電車には乗らないかな?やっぱり少しだけ期待してしまう。でももうすぐ夏休みだ。会えなくなる。こんなにも朝起きるのが楽しくて、夏休みになるのが嫌だなんて。この気持ちも全部暑さのせいにできたらいいのに。



夏休み前最後の登校日、私はまた同じ電車にのった。でもいつもの席じゃない。制服の人の隣に座った。こんなにも汗をかいてるのは暑さのせいだけじゃないのかもしれない。私は勇気を出して声をかけてみた。制服の人の声は思っていた通りの人だった。歌うような話し方やしぐさや、眠そうな顔でさえ全てが愛おしく感じた。制服の人の名前は玲、というらしい。レイ、れい、と何回も口に出してみる。玲が私の名前を同じように繰り返す。私の顔が赤くなってるのに気づきませんように。玲の耳が赤くなってたのはきっと幻だ。



その日、私たちは放課後も一緒に帰ることにした。途中の駅で降りて、2人で土手へ向かう。手を繋いでみたい気持ちをグッと抑え少し後ろを歩く。夕暮れのオレンジ色に染まった空が綺麗で、君を重ねたら何も言葉が出てこなくなった。綺麗。その一言すら言えない。やっぱりこれが恋なんだ、と思った。

私たちは川の近くで腰を下ろした。沈黙。何から話せばいいんだろうか。考えていると、玲が聞いてくる。


『ねえ、運命の人って信じる?』

『急にどうしたの?』

『運命の人って信じる?』

『…どうかな。今は少し信じてるかも』神様、お願い。

『私も。』


玲はそういうと私の手を握った。黄昏時、オレンジ色に照らされてる私たちはまるで映画の中にいるみたいだった。もしかしたらこれは全部暑さのせいなのかもしれない。でも、暑さのせいになんかしたくない。本当は運命なんかなくて、夏の魔法で恋に落ちただけで、いつかお互い別の人を好きになるかもしれない。でもきっと、夏が来るたびにこの事を思い出して彼女にまた会いたくなるんだろう。

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君は夏 イヴ @evecarmichael

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