9章-3

「たかが野球。でも、されど野球……か」

 光一は自分の野球バカぶりに呆れながらも、しかしそれは案外悪い気分ではないな、と思った。

「……なにニヤニヤしているのよ」

 不意に後ろから声を掛けられ、光一はあわてて振り返った。そこには予想していたとおりの相手――星野恵美が立っていた。

「まったく、ひとりでぶつぶつ呟いた挙げ句、不気味に笑っちゃったりしてさ。気持ち悪いったらありゃしない。この場に居合わせたのがわたしだけでよかったわね」

「うるさいな。お前には関係ないだろ」変なところを見られたばつの悪さもあり、光一はぶっきらぼうに言う。

「そんなことより、進路希望の紙、ちゃんと出してきた?」

「ああ。安田にはがんばれよってハッパかけられたさ」

「本当にそうだよ。結局あんた、一日も夏期講習に出なかったんだから、その分、人の何倍も努力しなきゃ追いつけないからね」

 まるで出来の悪い子どもを諭すように恵美は言う。

 光一はうんざりしてしまった。親や教師ならいざ知らず、なんでこいつにそんなことをくどくど言われなくちゃならんのか。

「勉強っていうのは突然できるようになるものじゃなくて、日々の積み重ねが肝心なんだよ。昔習ったものが後になって役に立つなんてことはざらじゃないんだから。そのためにも、毎日の復習が欠かせないってわけ。そうした努力の先に大学合格という栄光が……って、どこに行くのよ?」

 恵美が延々語っている途中で光一はその場を去ろうとしていた。

「教室。鞄取ってきて帰るんだ」

「あ、それなら」恵美は右手に持っていた鞄を差し出した。「ほら、あんたの。持ってきてあげたよ」

「……何で?」呆然と鞄を受け取りながら光一は聞く。

「最初は職員室に持って行ったんだけど、あんたの用事が思いのほか早く済んたせいか入れ違いになったみたいなのよね。それで校舎の中を探していたんだ。こうして見つけることができて本当によかったよ」

「そうじゃなくて! 何でお前が、俺の鞄を持っているんだって訊いているんだ」

 いきり立つ光一に、恵美は当然のことのように答えた。

「一緒に帰ろうと思って」

「……は?」

 その言葉に憮然とする光一に、恵美は最近下ろすようになった髪をの毛を指先でくねくねといじりながら、ほそりと言った。

「だってほら、わたしと光一って、付き合っているわけだしさ」

「…………」

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