8章-2
帰りの車内は行きとはうって変わって大いに盛り上がった。彼らに勝って甲子園に出場した高校が一回戦で早々に敗退したことに触れ、「やっぱり俺たちが出た方がよかったな」と笑い合った。そこにはもはや何の屈託もなかった。
遊び疲れたこともあり、恵美はうとうとしかけたものの、河合の「実は、夜間に運転するのは初めてなんだよね」という発言で瞬時に覚醒した。
車は夜の山道をひた走り、あとはこの峠を越えれば彼らの町というところまでやって来た。
「河合、もう少し行ったところに展望台があるから、そこで停めてくれないか?」
三島が、あいかわらず狭苦しい後部座席から身を乗り出して言った。
「展望台?」
「ああ、たぶんいいものが見られると思うよ」
河合は言われた通り、カーブを三つほど曲がった先にある展望台に車を乗り入れた。
そこは展望台といっても何か特別な施設があるわけでもなく、ただ車が四、五台駐車できるスペースが設けられているだけの場所にすぎなかった。だが、そこから見える光景はそんな
車を降りた五人の目の前に広がっていたのは、彼らが住んでいる町の夜景だった。ミニチュアのような家の一軒一軒から煌々と光が漏れ、あたりを温かく照らし出している。家路を急ぐ車のテールランプが漆黒のキャンバスに無数の赤い線を引いていく。町で一番高い建物である電波塔のてっぺんでは航空障害灯が絶え間なく明滅している。色とりどりの光がチカチカ点滅しているのはパチンコ店のネオンだろうか。
「わぁ、きれいだね!」恵美は感嘆の声を上げた。
「百万ドルとまではいかなくても、なかなかのものだろ」三島は得意気に言う。
「ああ、悪くないな」
光一は頷くと、展望台を囲んでいるクリーム色の手摺りに寄りかかった。皆も並ぶようにして夜景に見入っていた。
彼らの町はごくありきたりな地方都市で、デパートやコンビニなどがあり、日常生活をおくる分には不自由ないのの、遊べる場所はあまりなく、若者にとっては退屈極まりないところだった。彼らが生まれる前から過疎化が深刻な問題になっていたし、彼らの何人かは、高校を卒業したらこんなちんけな町はとっとと出ていってやると考えていた。
しかし、こうして外から見る自分たちの世界はとても美しく感じられ、この町も案外悪くないじゃないかという気分にさせてくれた。
眼前に広がる光の渦を眩しげに眺めていた恵美の頬を、不意に一筋の風がさすっていった。それは夏の風にしては思いのほか冷たく感じられた。そのことが彼女にある感慨に至らせる。
「もう終わりだね、夏……」髪をかきあげなから恵美は呟いた。その声には一抹の寂しさを感じさせた。
「そうだな……」誰ともなく頷いた。
野球部の快進撃という熱狂から始まった輝かしい夏がもうすぐ終わってしまう。そのことが恵美だけでなく皆を切ない気持ちにさせた。
「なあに」そんな中、光一はしんみりした空気を振り払うかのように明るく言った。「夏なら来年もまた来るさ」
たしかに十八歳の夏は今年だけしかない。このメンバーで過ごす夏もこれっきりかもしれない。寂しいけれど、それはまぎれもない事実だ。
しかし、夏という季節がこれで終わってしまうわけではないのだ。また来年も、その次の年も、生きているかぎりは永遠に訪れるだろう。
これから先、今年の夏のような熱狂をまた味わえるかはわからない。だけど、その時々で新たな思い出を残していくことはできる。それらはきっと、自分たちにとってかけがえのないものになっていくはずだ。
だから、去りゆく夏をいとおしみはすれど、いつまでもそこに立ち止まったりはしない。明日へと、未来へと進むのだ。
「そうだね。夏はまた来るね」恵美は力強く頷いた。
「来年は彼女を作って、一緒に海に行くぞー!」山口は手摺りから身を乗り出して宣言した。
「今度は隣りの海の店のメニューを制覇してやるぜ!」河合は息巻いた。
「来年はちゃんとカメラを持ってきて、ギャルの水着を撮影しまくるぜ!」三島もノリノリだ。
「……しょうもねぇなぁ、お前ら」光一は呆れたようにため息をついた。
そして彼らは笑い合った。その笑い声は星の瞬く夜空へと吸い込まれていった。
こうして、彼らの今年の夏は終わった。
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