6章-4
ようやく海に到着した。そこはさして名のある海水浴場ではなく、海岸や砂浜が特別きれいだったり、海の家以外にこれといった施設があるわけでもないようなところだったが、住んでいる町から一番近いということもあり(といっても車で二時間だが)、彼らにとって海といえばここというような場所だった。
彼らは広々とした駐車場に車を停めると、車内に充満していた重苦しさから逃れるかのように我先に外へと飛び出した。
「よし、泳ぎまくるぞ!」と光一。
「焼きトウモロコシに、焼きイカに、焼き蛤に、それからそれから……」これは河合。
「水着ギャルはどこだ?」言うまでもなく三島。
皆、それぞれの期待を抱いて砂浜に足を踏み入れた。
そんな彼らの目に真っ先に飛び込んできたのは、砂浜に打ち込まれた急ごしらえの立て看板だった。
『クラゲ大量発生のため、遊泳禁止』
視界全体に広がる海には、波に乗ってぷかぷかと漂っている半透明の生物の姿があちらこちらに見受けられた。
「…………」
「…………」
「…………」
彼らは唖然としていた。
思えば、ここに来るまでにも何かがおかしいと感じていたのだ。夏場の海水浴場だというのに人出はまばらだし、その少ない人々も浜辺で身体を焼いていたりビーチバレーをしてはいるものの、海には誰ひとりとして入っていなかったから。――その答えがクラゲだったというわけである。
「何なんだよ!」
「ふざけるな!」
「海のバカヤロー!」
二時間もあの狭い車内に閉じこめられてやって来たというのに、こんなひどい仕打ちをする海に対して彼らはさんざん怒鳴り散らした。それが一通り済むと、今度は疲れと脱力感でがっくりうなだれてしまった。
そんな彼らの様子を恵美は少し離れたところから眺めていた。
せっかく澤崎を元気づけるために海にまで連れてきたというのに、逆に落胆させる結果になってしまった。このままではいけない。ここはひとつ、発起人であるわたしが一肌脱がなければ!
そう思い、恵美は実際に服を脱いだ。といっても、別に裸になったわけではなく、あらかじめ下に着ていた水着姿になったのだが。
「みんな、わたしを見て!」
彼らにそう言うと、恵美は腰をひねってセクシーポーズを決めてみせた。彼女の水着は控えめな黄色いワンピースで、彼女自身の身体もグラビアで見る水着美女に比べたら正直たいしたことはなかったが、それでも出るところはちゃんと出ていたし、くびれるところはしっかりくびれていた。
「おおーっ!」
彼らは海で泳げない落胆を一瞬忘れ、恵美の水着姿に目を見張った。
恵美は恥ずかしさで耳たぶまで赤くしながらも、みんながとりあえず落胆から立ち直ってくれたことにほっとした。わたしもまんざら捨てたもんじゃないかもね、などと思いあがったりもしていた。
だが――
「まったく、クラゲのせいで泳げないだなんてふざけてるわよね」
「ホントよね。仕方がないから、今日は肌を焼くことに専念しましょ」
きわどい水着を着た美女二人が彼らの前を横切っていった。
「おおおーっ!」
彼らは自然とそちらに目移りした。歓声も恵美の時より数段大きかった。
「…………」
恵美は、キレた。
「うわっ、何するんだよ!?」
「星野さんが乱心した!?」
「こらやめろ、この砂かけハバア!」
「うるさい! このスケベ男ども!」
逃げる彼らを、恵美は砂を投げつけながら追いかけていった。
そんな仲間たちがはしゃいでいる様子を、山口は離れたところからぼんやりと眺めていた。
今朝、突然家にやって来た三島によってほとんど無理矢理部屋から引っ張り出され、手を引かれて河合の家まで連れてこられ、車に乗せられて地獄のようなドライブに付き合わされた上、今こうして海にいるという状況に、ただただ困惑せずにはいられなかった。今の自分は、こんなところで夏を満喫できる気分ではないというのに……。
ふと、山口は浜辺の遠方に目を向けた。その視線の先にある場所を発見する。
彼の足は吸い込まれるようにそちらに歩いていった。
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