6章-3
河合は宣言通り三回に一回の割合でエンストを起こし、度々前方を走っている車に追突しそうになってあわてて急ブレーキを踏み、度々ウインカーを出すのを忘れ、間違って一方通行の道を逆走し、あやうく横断歩道を歩いている老人をひき殺しかけた。そして恐れていた坂道発進……。最初の一時間はまさに地獄だった。
「いやー、だいぶ慣れてきたよ。やっぱり車は実際に公道を走らせてみないとコツがわからないものだね」
運転している河合がそんな軽口を叩いているのをよそに、同乗者たちはげっそり憔悴しきっていた。それでも、最初の頃より多少は安心して河合の運転に身を任せられるようになっていた。
しかし、余裕ができたらできたで新たな問題が浮上してきた。車の中の雰囲気が芳しくないのである。
原因は明らかだ。後部座席に座っている光一と山口の存在である。二人の間に流れている気まずさが車内を包み込んでいた。
恵美は三島や河合にさかんに話しかけ、何とか場を暖めようと奮闘するものの、それも光一や山口に話を振ったとたん急速に冷却されてしまう。
「星野さん、音楽でもかけない?」光一と山口に挟まれ、一番気まずい空気を吸わされていた三島がたまらず提案した。
「そ、そうだね。河合君、カセットを物色させてもらうよ」
そう断りを入れてから恵美は助手席前のグローブボックスを開けた。中にはカセットテープがいくつか入っていたが、そのインデックスには『男の――』や『親父の――』、『――海峡』といった単語がやけに目についた。
「……言っとくけど、それ父親の趣味だからね」河合は言い訳めいたことを言う。
「ラジオ付けようか?」
グローブボックスを閉めると、恵美はカーラジオのスイッチを入れた。
『さあ、夏の高校野球もいよいよベスト八が激突です! 甲子園球場は早くも超満員! プレイボールの瞬間を今か今かと待ちかまえ――』
あわててラジオのスイッチを切った。これを光一と山口には聞かせてはいけないと思った。この二人の気まずさは野球が原因であるのだから。だからこそ、野球で繋がっているメンバーだというのに、これまで野球の話題はひたすらに避けてきたのだ。
しかしそんな恵美の努力もむなしく、気まずい空気の濃度はより一層濃くなったように感じられた。
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