6章-2

「……なあ河合、お前、車は五人乗りだって言ってたよな」

「言ったよ。現に今こうして、ちゃんと五人乗れているじゃないか」

「ああ、確かに乗ってるな。だけど……狭いんだよ!」後部座席の光一はたまらず叫んだ。

 河合の父親の所有するセダンは、想定上運転席と助手席に一人ずつ、後部座席に三人という具合で計五人が乗れることになっている。だが実際のところ、いい歳した男三人を後部座席に詰め込むと窮屈なことこの上なかった。

「狭いくらい我慢してくれよ。人の車に乗せてもらっている身分なんだから、贅沢は言わないこった」運転席を広々と占領している河合は、余裕しゃくしゃくといった調子で言う。

「おい星野、お前が後ろに来いよ! 一番細いくせに助手席で悠々としやがって」

 まさか唯一運転ができる河合に席を代われと言うわけにはいかないので、光一の不満の矛先は助手席の恵美へと向けられた。

 しかし、それには河合が反対する。「だめだよ。紅一点であるマネージャーを男がひしめく後部座席に押し込めるのはフェミニストの道に反するからね」

「何がフェミニストだ、アホ!」

 光一は毒づくが、河合の(オヤジの)車に乗せてもらっているという弱みもあり、それ以上文句を言うことはできなかった。

「まあ、海に着くまでの辛抱だよ」

 簡単に言う河合だったが、海までは車でも二時間はかかるのだった。

「忘れ物はないね? では、しゅっぱーつ!」

 河合は車のエンジンをかけると、アクセルを踏んで車を発進させた。……のも束の間、車は軽い縦揺れと共に停止してしまった。

「お、おい、どうしたんだよ!?」光一は狭い後部座席から乗り出して聞く。

 河合は、振り向いて気まずそうに言った。「エンストした」

「…………」

 河合は気を取り直して再びエンジンをかけ、車を発進させた。――が、またしてもエンスト。

「……おい、大丈夫なんだろうな?」心配になって光一は尋ねる。

「大丈夫。いつものことだから」

「いつものこと?」

「うん。いつも三回に一回くらいの確率で発車の際にエンストしちゃうんだよ」

「三回に一回って……すでに二回連続で失敗したじゃないかよ」

「だから、あくまで確率なんだって。でも大丈夫、次はきっとうまくいくよ。……後は坂道で停まらなければ――」

「な、何だよ、坂道って……」

「…………」

「黙るなよ!」

 不安に駆られて文句を言う光一に河合は何も答えず、再びエンジンをかけた。

 海に行くことになった際、車の免許を持っている河合の存在をありがたく思った光一たちだったが、よくよく考えてみれば相手は若葉マークが燦然と輝く初心者なのだ。こんな人間にまだまだ先の長い自分の人生を委ねてしまってよいものだろうか?

 答えは、否!

「お、俺は降りる!?」

「わ、わたしも!?」

 光一たちはあわてて車から降りそうとしたものの、こんな時にかぎって車はスムーズに発進し、彼らは下車する機会を失ってしまった。

 こうして、地獄のドライブは始まったのだった。

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