5章-5

「見よ! 意地の悪い教官にも、まずい飯にも、ションベンくさい風呂にも、相部屋になった連中のいびきや歯ぎしりにもめげずにがんばった努力の結晶を!」

 河合学は自宅の玄関先で、取得したばかりの運転免許を水戸黄門の印籠もかくやという勢いで突き出してみせた。

 光一たち一行がやって来たのは、彼らと同じく野球部員であった河合学の家だった。

 一昨日、光一は河合に免許合宿から帰ってきたことを電話で聞かされていた。その内容は、無事免許をとることができたという報告以上に、劣悪な合宿生活に対する愚痴に多くが費やされていたが。

 光一が運転免許を見せてもらいに来たと言うと、河合は嬉々として免許を提示してみせたというわけである。

「うわっ、すげー」

「たしかに本物だね」

「へぇ、大したもんだな」

 光一たちは河合の免許を回し見しながら、しきりに感心していた。

 現実の河合は常にニコニコしている愛嬌のあるやつなのだが、運転免許の彼の写真は幼女に猥褻な行為をして逮捕された容疑者のようにしか見えなかった。

 光一たちは写真映りのことには触れないようにして河合を褒め称えた。

「合宿とはいえ、こんなにも早く免許を取得できるとは大したものだね」

「河合君、すごーい」

「わはは、もっと誉めてくれ」

 三島と恵美におだてられて高笑いしている河合の肩を、光一がポンッと叩いた。

「なあ河合、その運転免許をさっそく活用してみたいとは思わないか?」

「え? それはどういうことだい、キャプテン」

 そこで光一は、河合に海に行く計画について語った。

「いいねえ。海なんてもう何年も行っていないし、それになにより、今は運転したくてうずうずしていたところだからさ」

 幸いなことに、河合は自分が海までの足としてしか考えられていないのかと憤ったりはせず、この話に乗り気になってくれた。

「そうか。じゃあ、決まりだな」

 光一たち三人は密かに「これで足は確保できた」とほくそ笑んだ。

「行くのは三日後ってことってどうかな? その日なら父親の車を借りることができるからさ」

「そうだな。車一台レンタルするにも金がかかるしな」

「それに、三日後なら講習も休みだしね」

「……なんだよ、それは講習に出ていない俺たちに対する厭味か?」

「さーて、どうですかねぇ」

 その後、集合場所や時間など細かいことを決めていたところ、河合が訊いた。

「ところで、メンバーはオレを含めてこの四人だけなのか?」

「一応そのつもりだけど」と恵美は答える。

「うちの車っていちおう五人乗りだからさ。あと一人連れていけるよ」

「そっか。じゃあ、他にも誰か誘おうか?」

「別にいらないんじゃないか。俺たちとそりの合わないやつを無理矢理つれてきても楽しくないだろうしよ」

 そのとき、三島がみんなに向かって言った。「もしよけれは最後の人選は僕に任せてもらえないかな?」

「それは別にかまわないけど」と光一は答える。「でも、俺たちが知らない人間は無用に気を使うだけだからやめてくれよな」

「大丈夫だよ。このメンバーもよく知っている、スペシャルなゲストを連れてくるからさ」

 そう言って、三島は思わせぶりに笑った。

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