5章-4
恵美と三島は、光一の左右からステレオで「海へ行こう! 海へ行こう!」と誘いの言葉をかけてくる。ほとんど新興宗教の洗脳の手口である。
最初は無視を決め込んでいた光一だったが、そのしつこいまでの勧誘にしだいに耐えられなくなり、
「わかった! わかったって! 行きゃいいんだろ!」
最後は半ば自暴自棄になって二人の提案を受け入れた。
「ほんと、澤崎?」
「本当にいいんだな、澤崎?」
嬉々として尋ねる二人に、光一はうんざりしたようにうなずく。
「ああ。行こうぜ、海」
光一の説得に成功した二人は、してやったりとばかりにハイタッチを交わす。そんな彼らの様子を見ながら、洗脳って恐ろしいものだな……と思う光一だった。
しかし、気分は不思議とすっきりしていた。今まで自分の気持ちを重くさせていた問題が片づいたわけではない。だが、自分を元気づけようとして二人を見ていると、自分もいつまでも沈んでいる場合ではないな、と思えてきたのだ。そのことに気づかせてくれた二人には感謝したかった。
「でもよ、海に行くのはいいとして――どうやって行くつもりなんだ?」
光一のその言葉に、恵美と三島は我に返る。
彼らの住んでいる町は内陸部にあるため、海に行くには電車を乗り継いで三時間はかかってしまう。これでは行き帰りだけで疲れてしまって泳ぐどころではないだろう。
「どうしよう? まさか受験生なのに泊まりがけで海に行くわけにもいかないし……」
「仕方がないから近場の市営プールで間に合わせようか?」
「だめだよ! 若者の夏といえばやっぱり海じゃなきゃ」
「それじゃあ、親に車を出してもらう? と言っても、うちの親は日中は店があるから頼んでも無理だろうけどね」
「うちの親は、免許自体持ってないし……。そもそも、この歳になって海に親同伴ってどうなのよって話だけどさ」
「それを言ったら、そもそも澤崎を励ますために海に行こうという計画自体に無理があったんじゃないかな?」
「何よ! じゃあ、三島君には他にいい案があるとでもいうわけ?」
「そんなことを言われても、急には思いつかないけど……」
発起人二人の計画性がゼロだったことが露呈するのを光一は呆れたように眺めていた。一瞬でもこいつらのことをありがたく思った自分がバカだった。
光一は小さくため息をつくと、二人を黙らせるように手をパンパンと叩いた。
「ほら、くだらねぇお喋りはこれくらいにして、行くぞ」
「行くって、どこに?」
そう尋ねる恵美に、光一はニヤリと笑って答えた。
「足を確保しにだよ」
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