4章-3

「いやー、いい汗かいたなあ」

 光一は上機嫌で言った。額に浮かぶ汗をスポーツタオルで拭きながら、校舎裏のプレハブの部室が立ち並ぶ通りを闊歩していた。

「いい汗ねぇ……」

 そんな光一に、三島は呆れたように言う。彼のほうはバテバテで、いい汗を通り越して汗だくだ。

 無理もない。あの炎天下の中、光一のノックはその後二時間も続いたのだから。光一を手伝っていただけの三島ですらこの状態なのだから、ノックを受けていた部員たちは今頃部室で死んでいるのではなかろうか。光一の後輩じゃなくて本当によかった、と心底思う三島だった。

 今日の野球部の練習はいつも通りに涼しい午前中に行われたのだが、それでも充分すぎるほど暑く、終わる頃には部員たちは皆汗だくになっていた。それは監督である安田先生も同様で、練習後、彼はさっさと冷房の効いている職員室へと引き上げてしまった。

 部員たちが道具を片付けながら午後の予定について話し合っていたところ、光一が部室にやって来た。部員たちは突然の前キャプテンの来訪に戸惑いながらも挨拶した。光一はそれに満足そうにうなずくと、後輩たちに向かって告げた。

「よーし、今日は特別に俺がコーチしてやる! 全員守備位置につけ! 俺のノックは監督のように甘くはないぞ!」

 その宣言に部員たちは当然のごとく不満を漏らしたものの、そこは体育会系、先輩の――それも前キャプテンの命令に逆らえようはずもなく、仕方なく部員たちは光一のノックに受けるはめになったのだった。

「だけど、そんなに後輩を鍛えてどうするつもりなんだ?」三島が尋ねると、

「もちろん、甲子園に行ってもらうために決まっているだろ」当然だろといわんばかりに光一は答えた。「あいつらの実力じゃ、春はまだ難しいかもしれないけど、今から鍛えれば来年の夏には夢じゃなくなるかもしれないからな。あいつらには、ぜひとも俺たちに代わって甲子園の土を踏んでほしいものだぜ」

「甲子園ねぇ……」

 夢見心地で語る光一とは対照的に、三島はどこか冷ややかだった。

 光一の気持ちはわからないでもない。自分たちが果たせなかった夢を後輩たちに託したいと思うのは、引退した者の当然の心理だろうから。そのために後輩たちを鍛えようというのも、一種の親心といえなくもない。

 とはいえ、それを相手が感謝しているかといえば、必ずしもそうとはいえないだろう。よく親が子に言う「お前のためを思って――」なんて言葉は、えてして相手のためというよりは、言う側の自己満足のためである場合が多いのだろうし。

 ……澤崎、お前は本当に後輩のためを思ってこんなことをしているのか? それとも――

 やがて二人は、野球部の部室があるプレハブ小屋の前までやってきた。

「さて、と。人生の先輩として後輩たちに訓辞のひとつでも垂れてやるかな」

 光一が上機嫌でドアのノブに手をかけようとしたそのとき、部室の中から声が聞こえてきた。

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