2章-6
「知らねえよ、山口のことなんて!」ほとんど怒鳴るように光一は答えた。
三島が山口の名前を出した瞬間、光一の胸はざわついた。体中の血が煮えたぎらんばかりになり、その熱を外に吐き出さずにはいられなかった。
だが発言した瞬間、急激にたぎっていた熱が冷め、頭の中はむしろ冷え冷えとしてしまう。なぜそこまで憤っているのか自分でも理解できず、呆然とせずにはいられなかった。
三島は光一の反応を予想していたのか、思いの外落ち着いた様子だ。
「そうなのか? だってキャプテンだろ?」
「前キャプテンだ」光一は訂正する。「だいたい、キャプテンだからってチームメイトのことをすべて把握しているだなんて思うなよな」
そうとも、あいつのことなんて俺が知るわけないんだ。――光一は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
三島はそんな光一の心の淵を覗き込もうとするかのようにしばし見つめていたが、やがて肩をすくめ、
「そうか、なら仕方がないな」そう言って立ち上がると、ズボンの尻に付いた埃を払った。「さて、そろそろ行こうか」
「何だよ? もう少しゆっくりしてこうぜ。ここはけっこう涼しくて快適だしよ」
「そうしたいのはやまやまなんだけどさ……」三島は困ったように首の後ろあたりを掻く。「どうやら、僕らが覗きをしていることが彼女たちにばれてしまったみたいなんでね」
その言葉にはっとして光一が体育館の中を見ると、女子新体操部員は練習を中断し、自分たちにいやらしい視線を送っていた不埒な男子どもを睨みつけていた。どうやら、光一が大声を出したことで覗いているのがばれたようだ。
「もう少し目の保養をしていたいという澤崎の気持ちは、同じ男として痛いほどよくわかるよ。だけど、今は退散した方が身のためだと思うな」そう言うやいなや、三島はさっさととひとりで逃げ出した。
彼女たちの憤りは理解できるものの、できるなら白い目で見る対象は三島ひとりにしてほしいと思う光一だった。
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