友人は何世?
翌日、相変わらずしょぼい呪いを続ける将門のおかげで、私のお気に入りの食べ物がまた一つコンビニから姿を消したのだった。今度はラムネソーダバーである。ぱちぱちしてて美味しくて気に入ってたのに。今日の授業終わりのご褒美がなくて不満丸出しのままコンビニを出ようとしたタイミングで、私は入口で人にぶつかりそうになった。
「すみません」
「こちらこそ……あ」
鉢合わせしたのは、昨日私に芯をくれた三つ編みの女の子だった。今日もきっちり編まれているそれは乱れもなく、毎朝結うのも大変だろうななんて場違いな感想を抱きつつも私は口を開いた。
「昨日はありがとう。助かったよ……えっと、」
そう言えば名前を聞いていなかったな、と思って言葉に詰まっていれば朗らかに笑った後彼女が助け舟を出してくれる。
「私は藤原郷美って言うんだ。故郷が美しいで郷美」
「ありがとう、郷美ちゃん。私は鮫島桔梗」
そう言葉を交わし合った後、なんとなく彼女に連れ立ってまたコンビニに足を踏み入れる。そして当たり障りのないことを話しながら二人で駅へと向かった。
道すがらふと郷美ちゃんが口を開く。
「でもよかった。違う中学の人ばかりだったから友達なんてできないと思った」
ああ、この子の中で私はもう友達なんだ。
嬉しさと驚きがないまぜになった気持ちのまま、それでも口は自然と心地良い言葉を返した。
「私も。こうやって話す人がいるだけでなんか違うよね」
その答えはどうやら彼女のお気に召したらしい。そうだねえ、と和やかな返事をしたタイミングで駅に着いたので、私たちは改札の前で別れを済ませる。
彼女の後姿を見ながら、私はほんのわずかな違和感で胸をチクチクとさせたのだった。
「なんだ、また来たのか。もう音を上げたかと思ったぞ」
翌日、授業終わりに首塚に来た私を見るなり将門はまた眉間に皺を寄せて呟いたのだった。
「せっかく来てあげたのにそんなこと言うんだ」
「誰も来てくれなんて頼んでない」
そう言いながら鞄からおまんじゅうを取り出して首塚の傍に供えれば、彼が怪訝そうにこちらを見つめる。
「お供え。そう言えばしてなかったなと思って」
そっけない私の言葉に、将門はと言えばますます不可解そうに口を開いた。
「呪われているくせに暢気なものだな」
「呪われてたっていいことはあるんだよ。新しい友達出来たり」
郷美ちゃんの姿を思い描きながらそう呟く私にしばらく目線を向けていたかと思うと、あざ笑うかのように息を吐いた。
「そのわりには随分浮かない顔をしてるんだな」
その言葉にぎくりと肩が跳ねる。心の内を見透かすような発言にじろりとそちらを向けば、ルビーの瞳が責めるように私を見つめていた。
「友ができたのならもっと喜ぶものだろう?」
怨霊のくせにそんなこと言うなんて!
けれど彼だって元は生きている人間だ。だからきっと言葉が通じると思って私は自分の心の内を吐き出してゆく。
「嬉しいよ。嬉しいけどさ……そんなずっと一緒にいるわけじゃないし、多分今だけじゃん」
友情でも愛情でもいつかは壊れるものだって、他でもないあなたならよく知っているはずだ。そのせいか、つい言う予定の無かったことまで口にしてしまう。
「ずっとなんてないんだよ。いつか離れるし、嫌な言い方をすれば気持ちを裏切るのが普通だから」
私がそうつぶやいた瞬間、しんと場が静まり返ったのがわかった。おそるおそる上を向けば、言葉に詰まる将門の姿が視界に入る。
「それを、お前が言うのか」
そうしてたっぷりの沈黙の後、将門はひっそりと悲嘆の言葉を口にしたのだった。その言葉にぎゅうと胸が締まって、私は驚きと共につぶやきを漏らす。
「……怨霊でも傷つくんだ」
「人をなんだと思ってるんだ」
怨霊というか、男の人というか……ともかく大人はそんな簡単に傷つくものではないと思ってた。
それなのに私の些細な一言で傷つくのだ、この人は。
そう思うとなんだか不思議でたまらなくって、同時に少し体がふわふわする。
大人というのは私が思っているより身近な存在なのかもしれない。血の通った、もっと歩み寄れる存在なのかもしれない。
そのことにようやく気が付いた私は、慌てて鞄からおやつ用のチョコレートを取り出すと将門に向けて差し出した。
「これもあげるから、元気出して」
「子どもじゃないんだぞ、俺は」
それでもずいと押し付ければ、嘆息の後彼の大きな手のひらが私の手からそれを受け取る。それを見届けると同時に私は鞄を肩にかけると踵を返したのだった。
「おい」
「それじゃあ」
引き留めようとする声も無視して私はすたすたと首塚を後にする。そうでもしないと胸の内のもやもやを今にでも吐き出してしまいそうだった。
将門はと言えばそんな私の後姿に向けて声を投げかける。
「もう来るなよ」
毎回同じことを言っていて嫌にならないんだろうかと思いながら私は小さくため息をついた。
そうして次の日寄ったコンビニでは、やっぱり昨日のチョコレートは忽然と姿を消していたのだった。
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