第38話 アスタルテ その3


 敵ゴーレム部隊を撃破した聖百合十字騎士団は、ついにアスタルテ城塞へと入城した。少数でオスマルテの軍を討ち取ったせいか割れんばかりの大歓声だいかんせいが響いている。どうやらガイア軍は劣勢だったようだ。それで歓迎されているのだろう。

「よく来てくれた、ミリア・イルモア殿」

 総司令官のエルバラ将軍までもが聖百合十字騎士団を出迎えてくれたのには驚いたが、それくらい今回の戦闘はガイア軍にとって小気味こきみのいいものだったようだ。ほら、小さな人間が巨人をやっつけるって心がおどるだろう? ジャイアントキリングって呼ばれるやつだな。

 これで俺の任務は終了したわけだ。レギアが命令してきたのは聖百合十字騎士団をアスタルテまで送り届けることだったからな。もっとも、それは俺たちイルモアの人間を敵に差し出すための罠だったわけだが、それもなんとか撃退した。この城砦に入ってしまえば、ミリアを誘拐なんてことはできないだろう。

 俺の中で再び怒りの炎が燃え上がる。俺はともかくミリアを敵に売ろうとしたことは許しがたい。すぐにでもグラハム大神殿へ戻って、レギア枢機卿に引導をわたしてやるつもりだ。くつろいでいるリーンに声をかけた。

「今夜、グラハム神殿へ行ってくる。野暮用やぼようを片付けてくるつもりだ」

「……レギア枢機卿と決着をつけるつもりですか?」

「ああ、やつを放っておくことはできない」

「でも、枢機卿のいる場所は特別警戒区域ですよ。忍び込めますか?」

 リーンの言う通り、あそこは衛兵と、何重もの結界で厳重に守られた場所だ。暗殺なんてそう簡単にはできないだろう。だが、俺は特殊部隊の人間であり、神殿の手の内は知り尽くしている。

「まあ、何とかなるさ」

 そう言うと、リーンは珍しく真剣な顔で俺を見つめてきた。

「何とかするんでしょうね、クロードさんなら……。でも、無茶だけはしないでください」

 今日のリーンはやけにしおらしい。思えばリーンには心配ばかりかけているな。

「ありがとう。誰にも知られたくないから出発は夜中にするよ」

「じゃあ、まだ時間はたくさんありますね。その間にいっちょうセックスでもキメときますか?」

「なんでそうなる?」

 しんみりした気分が台無しだぞ。

「だって、スッキリすれば賢者モードで暗殺にのぞめるじゃないですか!」

「賢者で暗殺ってなんだよ!? リーンとは絶対にしないって決めているから、いくら誘っても無駄だからな」

 相変わらずリーンと寝る気はない。リーンはかわいいし、スタイルだって申し分ない。だけどやっぱりその気にはなれないのだ。多分、身近になりすぎてしまったのかもしれない。なんだかんだで、神殿内で一番信用が置けるのはリーンなんだけどな。


 日が暮れると俺はミリアの部屋を訪ねた。

「一度グラハム神殿に戻ってくるよ」

 それについては前から話してあった。ただ、レギアを殺害することについては触れていない。ミリアが知る必要もないと思う……。

「こんな夜にですか?」

 今からシルバーで飛べば深夜には到着するだろう。暗殺にはちょうどいい時刻だ……。

「任務完了の報告を早くしたいんだ。それに新しい辞令を貰ってこなきゃならないから、早ければ早いほどいいだろう?」

 今度は騎士団付きの従軍神官の立場にしてもらいたい。

「そうですわね。イシュタル兄様が騎士団の従軍神官になれますように……。そうすれば、これからもずっと一緒に居られますからね。いざとなったらお父様に相談してください」

「父上に?」

「イルモア家のコネクションを使えば、それくらいの願いはかなうのではないでしょうか?」

 確かにその通りだが、わざわざ父上に会わなくても、その程度の辞令じれいなら何とかなる予定だ。神官を辞めて、聖百合十字騎士団に雇ってもらうというのも選択肢の一つだけど、レギア殺害と同時に辞表を出すなんて疑いの目をこちらに向けさせることにもなりかねない。ことは慎重に運ばなければならないのだ。

 それに神官であることにメリットもある。特に世継ぎの問題だ。神官である限りは父上が家を継げと言ってきても、それを理由に断ることができる。それに、神殿所有のレアアイテムを聖百合十字騎士団のために利用もできる。代わりに退魔の仕事を依頼されるかもしれないけど、そういったメリットは捨てがたい。だからもう少しだけ神官のままでいることにしよう。

「お戻りはいつになりますか?」

「シルバーシップが頑張ってくれれば明日か明後日には戻ってこられるよ」

 ミリアがおずおずと一歩前に進み出た。

「ミリア?」

 なにをするのかと思ったら遠慮がちに俺に抱き着いてくる。

「お戻りをお待ちしています……」

 ミリアの顔はとても不安そうだ。幼いころのように、また離れ離れになってしまうと考えているのだろうか?

「心配するな。どんな手を使ってでも従軍神官として戻ってくるから」

「はい」

 顔を伏せると、ミリアはもう一度抱き着いてきた。だが、その動きは先ほどよりずっと大胆になっていた。あれ……?


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