第37話 アスタルテ その2


 戦場を冷静に観察していたミリアが命令を出した。

「フィッチャー、右側に空間が開いた。20騎連れて回り込め」

「承知しました! グレン、フウライ、ついてこい!」

 フィッチャーが部下を引き連れて敵の側面に回り込んでいく。ミリアは判断が早くなっているし、フィッチャーの動きもいい。よしよし、これなら俺が手を出さなくてもこの戦場は大丈夫そうだ。このままここで待機していよう。手を出したいのをグッとこらえて、見守るだけの愛もあるのだ。

 現在おれはミリアの従者に混ざって、戦況を観察中である。

「クロード様、よろしいのですか?」

 従者の一人が俺に訪ねてくる。彼女はミリア付きの従者でピアット・ロスという名前だ。さすがに従者たちは俺を兄上様とは呼ばないようだ。ピアットくらいかわいらしい子なら、俺を兄上様と呼んでも別にいいのだが。

「よろしいのでって、なにが?」

「いえ、従者のふりなどしないで、騎士としてご参戦した方がいいんじゃないですか?」

「俺は騎士じゃないもん」

 甲冑は重いから嫌いなのだ。あんなものを付けて戦うなんて面倒で仕方がない。正気の沙汰とは思えないぞ。

「クロード様は神官でしたね。でも、だからと言って従者の格好をされるのもどうかと。その、クロード様はイルモア伯爵家の次期当主だとミリア様がおっしゃっていましたよ。そんな方が従者の格好なんてまずくないですか?」

 ミリアが? あいつは俺の言うことをぜんぜん聞いていないな。俺は父上に会う気もないし、家を継ぐ気もない。

「それは嘘だ。当主はミリアで決まりだぞ。俺は神官だから世継ぎを作ることもできないからな」

「はあ、でもミリア様が……」

 ピアットは納得していないようだ。

「ピアットはロス爺の孫か?」

「そうです」

 やっぱりそうか。ロス爺は昔からイルモア家に仕えてきた従者だから俺も知っている。妾腹の俺を差別しなかった数少ない従者の一人でもある。

「だったらロス爺に訊いてみろ。俺はイルモア家にはいないことになっている人間なんだ」

「だったら、ミリア様が婿養子を取って当主になられるということですか?」

「えっ……」

 そこまでは考えていなかった。いや……、なんだ、この落ち着かない感情は。ミリアが婿を取る? そんなのは、ダメだろう。ん? なんでダメなんだ? そうしなければイルモア家は滅んでしまう。

 ……別に滅んでもいいか? うん、そうだな。イルモアの家が滅べばミリアが婿を取ることもない。って、俺は何を考えているんだ!? そもそもミリアはどう考えているんだろう。前も少し話したけど、きちんと話し合った方がよさそうだ。はあ……面倒だな。家のこととかになると、退魔の仕事よりも面倒だ。

「あ~、そう言う複雑な話はまだ先のことだ。今はとにかく戦闘に集中しよう」

「承知いたしました」

 ピアットは申し訳なさそうに頭を下げた。

 そうこうしているうちに側面に回り込んだフィッチャーの部隊がゴーレムに襲い掛かっていた。まだまだ突進力は足りていないが有効な打撃を与えられている。二方面から攻撃されてゴーレムの防御も甘くなっているようだ。

 従者たちが投げる石もいい感じで敵に損害を与えている。石というのは黒葬傭兵団に襲われた村で作った、あの破裂する石である。村に残していくのも危険なので残ったものを従者たちに支給したのだ。

 魔法を使えない歩兵にはいい武器になっているようで、今回も目覚ましい成果を上げている。ここまで役に立つのなら、『手榴弾』とでも名付けて従者たちの標準備品にしてしまおう。戦闘がない日にまとめて作っておけば便利だな。

「隊列を広げすぎるな! 一体ずつ確実に撃破していけばいい」

 ミリアの命令する調子も良くなってきている。騎士団をまとめるという点では俺なんかよりずっと優秀なのだ。今日は巻き込まれる形で戦闘に入ってしまったがそれもそろそろ終わりそうだった。

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