第36話 アスタルテ その1


 アスタルテ地方の国境はルンノワ川で東西に分断される。すなわち、川の西側がガイア法国、東側がオスマルテ帝国である。両国は川の両岸に大きな要塞ようさいを築き、100年近くに渡って戦争を繰り返していた。

 今回の戦はオスマルテがやや有利に進めている。今日もオスマルテ帝国が川を渡り、ガイア法国側の岸辺で軍を展開していた。

「敵の召喚獣が厄介やっかいだな」

 城壁から戦況を眺めているガイア法国軍総大将エルバラ将軍の表情はいかめしい。オスマルテは召喚獣の戦闘利用が得意なのだが、新たに呼び出されたゴーレム部隊はやたらと装甲が厚く、突撃した騎馬隊がにべもなく返り討ちにあっていた。

「報告します! 別の召喚獣部隊を確認しました。オスマルテは更なる召喚獣をよびだしたようです」

 伝令が将軍のところに駆け込んできた。

「詳細は?」

「体調5メートルの巨大トカゲが50体です。これらに人間の弓兵が10人ずつ騎乗しています」

 巨大トカゲは背中に台が取り付けられていて、人間が乗れるようになっていた。こうして高い位置から弓や魔法で攻撃してくるのだ。

「トカゲの皮膚は分厚く、矢や魔法の攻撃でもびくともしません。ピニマ子爵の部隊も退却を余儀なくされました」

 将軍が西の方へ眼をやると、子爵の部隊3000が城へ向かって逃げてくるところだった。

「あの者はもう少し踏ん張れんのか。役立たずが!」

 腹立たし気に毒付どくついた将軍だったが、すぐに自制し命令を出す。

「ピニマ子爵のところに援軍を送れ。ガドウィン男爵が率いる予備隊がいいだろう」

 ガドウィン男爵は防衛戦には定評がある。きっと戦線を立て直してくれるはずだ。

「報告します! 本国より援軍が到着しました!」

 新たな伝令が飛び込んできた。

「おお、どこの部隊だ?」

「グラハム大神殿所属の聖百合十字騎士団です!」

 到着した騎士団の名前を聞いてエルバラ将軍はあからさまにがっかりしていた。

「ああ、あの……」

 待ち望んでいた援軍だったが、やっと来たのは神殿のお飾り騎士団だったのだ。将軍の落胆らくたんは仕方がない。だが物事をポジティブにとらえるところがエルバラの長所でもあった。

「あそこには治癒魔法が使える神殿騎士が何人もいたな。救護部隊にでも編入するとしよう。騎士団長をここに通せ」

「それが、聖百合十字騎士団は戦場に現れましたので……」

「なんだと、直接参戦したのか?」

 たしか聖百合十字騎士団は500人ほどの小規模騎士団だ。そのような小さな騎士団がオスマルテの攻撃目標にされればひとたまりもあるまい。

「街道方面までオスマルテが侵攻していたので、やむなく戦闘に入ったのでしょう」

 エルバラ将軍は頭を抱えてしまった。

「まったく、厄介ごとが増えたな。だが友軍ゆうぐんを見捨てるわけにもいかん。そちらにも援軍を送る必要があるな。さて、誰を派遣したものか……」

「いえ、その必要はないかと」

 伝令の答えにエルバラ将軍は首をかしげた。

「どういうことだ?」

「聖百合十字騎士団は我々を苦しめたゴーレム部隊を撃破しつつあります」

「なんだと!?」

 将軍は城壁から身を乗り出して遠い戦場を見遣る。△形の隊列をした騎馬隊がゴーレム部隊を分断しているところだった。

「わずかな騎兵であのように……」

 信じられない光景にしばらく呆然ぼうぜんとした将軍だったがすぐに命令を下した。

「近くにいる部隊に伝えよ。聖百合十字騎士団が開けた穴にくさびを打ち込むのだ!」

「はっ!」

 駆け出していく伝令を見送ってから、エルバラ将軍は再び戦場に目を戻した。聖百合十字騎士団はお飾りの騎士団だと聞いていたがまったくそんなことはない。それどころか他のどの騎士団よりも統率のとれた動きをしていた。

「やけに駿馬しゅんめがそろっているな。どの馬も足が速い。あそこの騎士団長は誰だ?」

 尋ねられた側近は記憶を頼りにその名前を思い出す。

「イルモア伯爵のご息女、ミリア・イルモア様です」

「ほう、能力者を多く輩出するイルモア家の者か。あれは団長の働きが大きいのかもしれないな」

「たしかに。ですが、現当主のイルモア伯爵は武人ではないですよね?」

「ああ、イルモア伯爵は財務系の重鎮じゅうちんだ」

 イルモア伯爵はお金の計算をさせれば国一番の能力を発揮すると言われていた。このようにイルモア家の血筋でも発現はつげんはつげんする能力はバラバラである。イシュタル(クロード)のような能力もあれば、伯爵のような非戦闘系の能力もあった。

「おっ! 聖百合十字騎士団がゴーレム部隊の部隊長を討ち取ったようだぞ!」

 ゴーレム部隊は組織的な動きができなくなっている。聖百合十字騎士団はバラバラになったゴーレムを各個に撃破していった。


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