第35話 疾風怒濤 その9


 今回の戦闘を経験して聖百合十字騎士団は更なるレベルアップを遂げた。負傷者は多かったけど、幸い死者は出ていない。一人も欠けることなく経験値を上げた意味は大きい。連携や団結が向上されただけじゃなく、騎士団の中にいい緊張感が生まれている。

 戦闘で使ったから魔力はあまり残っていなかったけど、飲み水にカクテルを施して疲労回復効果を付与しておいた。騎士たちだけじゃなく従者たちの分もある。ハーブとレモンの抽出液を混ぜておいたからスッキリゴクゴクいけるはずだ。頑張ったみんなに俺からのささやかなプレゼントである。

「一番頑張ったクロードさんには私がご褒美を上げなきゃいけませんね。スペシャルマッサージなんていかがですか?」

 シャツのボタンを胸元まで開けたリーンが迫ってきた。

「いや、俺はミリアに夕食を一緒に食べようと誘われているんだ。それじゃあ行ってくる」

 俺はリーンの横をすり抜けた。

「えっ、ちょっと、私は? リーンちゃんも頑張りましたよ」

「悪いけど、今日は久しぶりに兄妹水入らずで食べようって話なんだ。埋め合わせはまた今度な」

 ミリアと二人だけで食卓を囲むのは初めてのことだ。邸にいたときだって、妾腹の俺は別の部屋で食事だったからな……。いろいろ迷ったけど、服装は一番着慣れた神官服にした。これならちゃんとしているので、正式なディナーに着ていくにもおかしくない。

「どんなに尽くしても報われない女なのね、私は。でもいいの、いつかきっとあの人は振り向いてくれるはず……、そして私を性的に満足させてくれるの……」

 背後で小芝居を続けるリーンに別れを告げ、ミリアが宿泊している家を目指した。



 食卓には小さな花が飾られていた。遠征中ということで豪華なメニューではなかったけど、心のこもった料理が並んでいる。テーブルの反対側ではミリアがニコニコとほほ笑んでいた。

「イシュタル兄様、乾杯しましょう。我らの初勝利に」

 従者が俺たちのグラスにワインを満たしてくれた。

「ミリアは初陣ういじんとは思えないほど落ち着いていたな」

「そんなことはありません。内心ではずっと動揺していたんですよ。ですが、どうしたわけか、私も騎士たちも、この遠征が始まってからやたらと調子がいいのです」

 カクテルのことはみんなにも内緒にしている。バレるといろいろな厄介ごとが持ち込まれそうで怖いのだ。怠け者としては忙しくなることだけは避けたい。

「遠征で体力がついたのだろう」

「本当にそれだけでしょうか? 馬や従者たちまでやたらと元気なのですが……」

「きっと神のご加護をたまわったんだよ」

 神官らしく誤魔化しておいた。騎士団にはミリアのためにもっともっと成長してもらわなくてはならない。今後は馬の更なる強化、従者たちも強くして、武器への付与魔法、魔導兵器、モンスターのテイムもしたいな。飛行系のグリフォンやドラゴンを揃えればますます強化されるに違いない。

 ミリアをドランゴンライダーにするのもいい考えだ。でも、俺が勝手に決めるのはよくないよな。それでは兄のエゴになってしまう。ミリアの気持ちをみ取って、それに寄り添う形で強化してやりたい……。

「今後、ミリアはどんな騎士になりたいんだ?」

 唐突な質問にミリアは少し驚いていた。

「そうですね……、騎士団長としては団員の模範もはんになれるようさらに強くなりたいと考えています」

 ほうほう、全体的な強化だな。当面は腕力を3倍、魔力を5倍くらいにするのをめどに頑張ってみるか。瞬発力と素早さも忘れてはダメだな。最終的には常人の50倍くらいがいいだろう。……やりすぎか?

「ただ、私は治癒魔法が少々得意でもあります。できたらそちらの特性も伸ばしていきたいですね。傷ついた者を救えるというのはありがたい能力ですから」

 優しいミリアらしい考え方だ。なるほど、治癒魔法が使える機動力の高い騎士か……悪くない。となると防御力と魔力操作の技術も上げる必要がありそうだ。ミリアの馬もしっかりと訓練しなくては。特殊な甲冑と盾を作るのもいいな。反射効果リフレクトがある盾でも作ろうか? 作製には1カ月くらいかかりそうだから、この旅が終わってからになるだろうけど。

「どうしたのですか、兄様? なんだか楽しそうです」

「それは……こうしてミリアと食事をするのは初めてだからな。それに、ミリアと騎士団が成長していくことを考えれば俺も嬉しいんだ」

 不意にミリアは顔色を曇らせた。

「何か気になることでもあるのか?」

「明後日にはアスタルテに到着です。そうなればイシュタル兄様も任務完了なのでしょう?」

 つまりそれは、ミリアとの別れを意味している。

「たしかに俺の任務は聖百合十字騎士団をアスタルテまで護衛していくことだ。でもな、ミリアが許してくれるのなら、俺は聖百合十字騎士団の従軍神官にしてもらえるように転属願いを出そうと考えているんだ」

 雲間から日の光が差し込むように、ミリアの顔がパッと輝いた。

「本当ですか、イシュタル兄様!?」

「ミリアが受け入れてくれるのならな」

「言うまでもございません。イシュタル兄様が一緒ならどんなに心強いか! ぜひとも一緒にいらしてください」

「そうか、俺を受け入れてくれるか……」

 ミリアの横に俺の居場所ができるのなら、これほど幸せなことはない。

「ありがとう。だがその前にいろいろやらなければならないことがある」

「と、言いますと?」

「転属願いとか、引継ぎとかさ……」

 ここでは言えないがレギア枢機卿のこともある。奴は俺たちイルモア家に喧嘩を売ったのだ。断じて許しておくことはできない。証拠はないとはいえ、四大伯爵家筆頭のミリアを敵国に差し出そうとしたのだから、口封じに俺たちを狙ってくることも考えられる。だったら先手を打ってレギアを倒してしまおう。

「アスタルテに到着したら、一度グラハム大神殿へ戻るよ。だけど約束する。必ず戻ってくるからな」

「はい、ずっとお待ちしています……」

 ワインを飲んだせいだろう。燭台の灯にうつるミリアの瞳は少しうるんでいた。

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