第34話 疾風怒濤 その8


 近くまで寄ると、そいつは見上げるほど大きかった。

「でかいなあ。上半身の急所を狙うのが厄介やっかいそうだ」

「へへへ、悪いな。急な成長期ってやつだ。新しい力をお前で試させてもらうぜ」

 ロイムはせせら笑いながら剣を振り上げる。刃の厚いロングソードなのだが、奴が持つと細身のショートソードに見えた。こんなところで時間をかけるのもばからしいので、俺はさっさと決着をつけることにする。

 いつも通り身体強化魔法や空気の密度を変えて一気に奴に詰め寄った。最初に狙うのは脚の健だ。返す刃でひざの裏を切り、わき腹から鎖骨の方面へ切り上げて、首にも一太刀浴びせる。ところが手ごたえが普段とはまるで違い、急所にすら刃が入っていかないほど奴は硬かった。

「こいつは驚いたっ! なんて速さだよ。悪魔の力をもってしても動きのすべてを捕えられなかったぞ」

 ロイムはおどけたしぐさを見せている。驚いたのはこちらの方だ。俺の剣はこれでも名刀と言われる武具である。それなのに奴の肌にはかすり傷がついたのみなのだ。うっすらと血はにじんでいるが、致命傷ちめいしょうには程遠かった。

「今度はこちらから行くぞ」

 ロイムが攻撃を仕掛けてきた。受ければ確実に剣が折れる。おそらく俺の体にもダメージが入るだろう、そう判断した俺は回避に徹する。そして、回避しながらいくつか攻撃を入れたが、先ほどと同じようにかすり傷がつくだけだった。

「ずいぶんと丈夫だな……」

「おしゃべりしている暇はないぜ!」

 ロイムはこちらを休ませまいと怒涛どとうの連撃を仕掛けてきた。スタミナは自分の方がはるかにあると見切ったのだろう。そしてそれは事実である。魔力が尽きれば俺のスピードは低下し、奴のパワーにあたがすべはなくなる。

 体力と魔力はもって15分くらいか? それまでになんとか決定打をあびせたい。いちばんいいのは目を狙うことだけど、奴は顔面のガードだけはきっちりと固めている。それに、身長差があり過ぎて攻撃が届きにくいのも難点だ。ひたいに汗がにじみ、じりじりと太陽がそれを焼いていた。

 太陽? 見上げると、いつの間にやら雲が切れて青空が見えていた。久しぶりにあれを使ってみるか……。

 俺は全力でロイムの下半身を中心に攻撃を仕掛けた。すね、膝、太腿ふともも、時には股間こかんまでをも容赦ようしゃなく狙っていく。致命傷を与えられるとは思っていないけど、奴の意識を下にひきつけておくことが大切なのだ。

 口の中で呪文を唱え、大掛かりな魔法の準備をしていくと、真昼の空に青く輝く魔法陣が現れた。だが、魔法の発動まではもう少し時間がかかる。今は奴に空中を見上げさせないことに腐心ふしんしなければ……。

「無駄なことを。貴様の攻撃など虫にかまれた程度にしか効かんわっ!」

 魔法を展開しながらなので、俺の動きは少しだけ鈍くなってきている。先ほどからロイムの攻撃を避けきれず、肩や腕の服が切り裂かれ出した。わずかだが出血もしているようだ。

「どうした、もう限界か? なかなかやるようだが、俺様の力の前では役立たずだな!」

 ロイムはしゃべりながらも攻撃の手を一切緩いっさいゆるめない。このまま手数てかずで押し切るつもりなのだろう。だが、それもこれもここまでだ。ついに大規模魔法の準備は整った。

 大きく後方に飛躍ひやくして、高位神聖魔法の一つ「守護天使の翼」を発動する。すると俺の背中に六枚の光の翼が生えた。神殿の壁画に描かれた天使の翼によく似ている。

「背中に翼だと? 貴様……本当に人間か?」

「頭からつのを生やしたお前に言われたくないけどな」

「ふん、俺はとっくに人間を超越した存在だ」

 ロイムの口元に不敵な笑みがあらわれた。まるで人間などゴミのような存在とでも言わんばかりだ。

「俺が殺してきたヴァンパイアも人狼も、全員お前と同じようなことを言っていたぜ」

 強大な力は人のありようを変えてしまうのだ。俺もカクテルで限界まで自分の能力を上げているが、生まれつきのものぐさな精神が俺を人の領域にとどめてくれている気がする。力があるからと言って、わざわざ何かをする気にはなれない。しいて言えばミリアの役に立ちたいくらいだ。

「言っておくが空中から攻撃しようとしても無駄だぞ。さっきも見ただろう。俺の皮膚は魔法攻撃だってはじき返すんだ」

「へえ、これを見てもそう言えるかい?」

 俺は右手の人差し指を上げ、空中の魔法陣を指し示した。最後の命令が届き、魔法陣は一気に巨大化していく。その直径は5キロくらいあるだろう。ここまで大きなものは滅多にお目にかかれないはずだ。

「なん……だと? き、貴様はいったい……」

「もう疲れたから終わりにしよう。太陽神ラマナの裁きを受けるがいい」

 上げた手をロイムに向かって振り下ろすと、魔法陣の中心からロイムの脳天に細い光線が降り注いだ。光線はあまりに速く、地上のどんな生物でもこれを避けることはできない。

 シュボッ!!

 目もくら閃光せんこう、耳を圧迫する轟音ごうおん、体を吹き飛ばす衝撃しょうげきが俺を包む。まばゆい光の中でロイムが蒸発していく姿をかろうじて見ることができた。

「終わったか……」

 戦場に静寂せいじゃくが訪れていた。太陽神の閃光に、敵も味方も圧倒されてしまったようだ。ロイムがいたあたりは土が焼けてマグマのようになっている。奴は骨までなくなっていた。

「うおおおお、兄上様ぁああ!」

 騎士たちの間から歓声が上がった。逆に、傭兵たちは後ずさりをしだす。

「団長が……」

「ま、まずい。あんな攻撃をされたらひとたまりもないぞ」

 いや、こんな大魔法をポンポン撃てるかよ。冷静に考えればわかるだろう? だが、団長を討ち取られた傭兵たちに冷静な判断など無理だったようだ。

「逃げろおおおお!」

 奴らの陣形は一気に瓦解がかいしていく。それを勝機と見て取ったのだろう、村の方からミリアが率いる本隊が出撃してきた。これで勝敗は決まったな。うん、ナイス判断だぞ、ミリア。後でたっぷりとめておくことにしよう。


 ロイムが死んだ辺りを確認していると、少し離れた場所には黒く光る物体が落ちていた。まるで黒曜石でできた大きな卵のようだ。これは悪魔降ろしのアイテムか? たしか魔降臨のオーブとか言う名前だったはずだ。きっと爆風で飛ばされてきたんだな。近づいて慎重にオーブを拾い上げた。

「熱っ!」

 ラマナの裁きの熱線にさらされて、オーブは焼けた石のように熱かった。そのくせ壊れてはいないようだ。かなり強力なマジックアイテムだからだろう。表面は黒々と輝いていて、光る文字で10000という数字が浮かんでいる。これは捧げるべき生贄の数か……。持ち主のロイムが死んでリセットされたようだ。

 このまま捨てておくのは危険なので、俺はそれを持ち帰ることにした。神殿の危険物保管庫に持っていってもいいし、役に立つようなら俺のものにしてもいい。別に悪魔の力が欲しいわけじゃない。カクテルで別の効果のあるマジックアイテムに作り替えられるか実験したいだけだ。

「クロードさーん!」

 シルバーシップに乗ったリーンが迎えに来てくれた。

「さっきの魔法はなんですか!? あんなの初めて見ました!」

 リーンが退魔師見習いになったのは二年前だもんな。俺があれを使うのは四年ぶりだ。

「ラマナの裁きっていう高位魔法だよ。晴れた日の屋外でしか使えないから滅多に出番がないんだ」

「いやあ、あの威力には痺れました。かるくイっちゃいましたよ」

 いつものように無視だ、無視!

「それより戦況は?」

「傭兵たちは団長が討ち取られたのを見て散り散りに逃げ出しています。もう組織的な反抗はできないでしょうね。」

「騎士団は追撃しているようだが深追いはしていないだろうな?」

「それはもう、妹ちゃんの采配さいはいぶりは落ち着いていましたよ。タイミングよく追撃の指示を出していました」

「そうか……」

 いかん、ミリアの活躍を聞くと顔がにやけてしまいそうになる。とにもかくにも、聖百合十字騎士団にはいい経験になっただろう。こうやって実践を経験してさらに強くなってくれればいい。

 ミリアも疲れたかな? 今日のおやつは精神力を強化するレモンパイにしてやろう。魔力調整が上手くなる紅茶とセットで出すのが効果的だな。俺はあれこれと思案しながらミリアの待つ本陣へと帰ることにした。

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